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人と人とのコミュニケーションをもっと豊かに(榎並和雅 氏 / 情報通信研究機構 けいはんな研究所長)

2009.01.14

榎並和雅 氏 / 情報通信研究機構 けいはんな研究所長

報通信研究機構 けいはんな研究所長 榎並和雅 氏
榎並和雅 氏

 少子高齢化、温暖化など社会的な課題が山積しており、これらに対しバリアフリーや省エネルギーなど様々な施策が施されているところである。しかし、これまでの右肩上がりの成長や豊かな生活をあきらめ、耐乏生活を強いられているようで、どうも閉塞感がある。高齢者でも積極的に社会参画できたり、エネルギー消費を抑えながらも心豊かな生活ができたりするようなアクティブで明るい社会が築けないものだろうか。私は新しいコミュニケーション手段によってこれが可能だと確信して研究を推進している。

 情報通信研究機構(NICT: National Institute of Information and Communications Technology)は、情報通信技術の研究開発を、基礎から応用まで一貫した統合的な視点で行い、合わせて情報通信分野の事業支援などを総合的に行う独立行政法人である。そのNICTが、2008年4月、京都の南端、大阪・奈良に隣接する学術・研究都市に「けいはんな研究所」を新設した。けいはんな研究所の研究者の専門性は、言語処理、音声処理、テキスト処理、映像・音響処理であり、「人と人とのコミュニケーションをもっと豊かに」をキャッチフレーズに研究を進めている。

 いつでも、どこでも、大容量の情報を流通させることができる情報通信基盤が整備されつつあるが、この通信基盤を活用すれば、「だれとでも、多様な」情報を自由自在にやりとりできるかという観点から見ると、様々な「壁」があることに気付く。たとえば、

  • 言語の壁:インターネットを使えば世界中の情報にアクセスはできるが、言葉が分からないため折角の情報が有効に利用できず、また円滑にコミュニケーションを図ることができない。
  • 情報の質の壁:インターネット上には価値ある情報だけでなく、誤った情報や、場合によっては人をだますための情報などが含まれ、膨大な量の情報から真に信頼でき役立つものをうまく選別することができない。
  • 能力の壁:高機能化、多機能化によってシステムの操作が複雑になり、よほどの知識・経験がないと複雑化したシステムを使いこなすことができなくなっており、デジタル・デバイドが広がってきている。
  • Cyber-Realの壁:情報ネットワーク社会の重要性が増すに連れ、情報ネットワークによる仮想世界と実世界におけるさまざまな不整合が大きな問題を引き起こしている。情報ネットワークを使うことが当たり前になる時代においては、それを実世界に積極的に活用していくことが求められる。
  • 時空間の壁:人々の行動範囲や関心の分野が拡大しつつある中で、グローバルな情報、異文化の情報などをより精緻で素早く取得・発信することが重要であるが、これまでの文字・音声を中心とした通信では限界がある。立体映像・音響や触覚、嗅覚などの五感を伝送する超臨場感コミュニケーションへと進展させることによって、距離や時間の壁を乗り越え、あたかもその場にいるかのように感じられる環境が求められる。
  • これらの壁は、情報ネットワークシステムが発展すればするほど、その存在がより顕在化することとなる。けいはんな研究所では、こうした壁を打ち破り、より人間中心のコミュニケーション環境を実現することを目指して研究を推進している。

 こうした新しいコミュニケーションが実現すると、冒頭に述べたように、種々の社会的課題の解決のみならずより豊かでアクティブな社会を実現することができると考えている。たとえば、超臨場感コミュニケーション技術により、高齢者でも自宅に居ながらにして、しかも難しいコンピュータシステムを使わずとも、後輩、子孫に技能、ノウハウ、知識を伝達できる。機械翻訳により、世界の人々と容易に意思の疎通や文化交流でき、世界平和のみならず世界の人々との融和の道がひらける。子供たちが世界中の有益な(有害でない)情報を得たり、実体験しながら学習できる。健康を害するかもしれない情報をいち早くキャッチし、病気予防さらに健康的な生活の持続ができるようになるとともに、たとえ病気にかかっても、遠隔医療で地域格差なく受診できる。

 研究推進にあたっては、国内外の産学官が連携して進めることが重要であり、当研究所はその支援的役割も果たしていきたいと考えており、読者の皆さんのご協力をお願いしたい。

報通信研究機構 けいはんな研究所長 榎並和雅 氏
榎並和雅 氏
(えなみ かずまさ)

榎並和雅(えなみ かずまさ) 氏のプロフィール
1971年東京工業大学理工学部電子物理工学科卒、日本放送協会(NHK)入局、同協会放送技術研究所先端制作技術研究部長、同総合企画室(デジタル放送推進)担当局長を経て、2004年放送技術研究所長、06年独立行政法人情報通信研究機構ユニバーサルメディア研究センター長、08年から現職。映像信号処理技術、デジタル放送技術、並列コンピュータ、コンテンツ制作技術など。工学博士。日本学術会議連携会員、IEEEフェロー。

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