コラム - オピニオン -

宇宙基本法で日本の宇宙開発は変わるか

筑波大学大学院 准教授 鈴木一人 氏

掲載日:2008年5月21日

筑波大学大学院 准教授 鈴木一人 氏

鈴木一人 氏

 

5月21日に成立した宇宙基本法は、40年以上の歴史を持つ日本の宇宙開発のパラダイムを変えることを目指した法律であり、日本の宇宙開発に制度面と認識面で革命的な変化を起こす起爆剤となるであろう。

 

これまでの宇宙開発の問題

これまでの日本の宇宙開発は、科学技術庁・文部科学省、宇宙開発委員会、NASDA・JAXAが政策を実施し、産業界は国家予算を基にした受注を続けることで成長してきた。日本の宇宙開発が「キャッチアップ」の時代は、研究開発省庁が担当し、外国から技術導入を行い、技術開発に邁進することで、極めて短期間で限られた予算にもかかわらず高度な技術を習得し、世界に伍する水準へと駆け上がっていった。それを可能にしたのは、宇宙開発は人類の夢であり、子供たちの未来であるといった国民的コンセンサスであった。そのコンセンサスを維持するために、1969年の国会決議で「平和の目的」に限った宇宙開発を行うと誓約し、「平和」の解釈を「非軍事」すなわち防衛省・自衛隊が宇宙システムを利用しないことである、とした。また、「自主、民主、公開」の原則を打ち立て、透明性の高い宇宙開発を進め、一部の技術者だけでなく、全ての技術者が宇宙開発の技術的成果を得られるようにした。

 

グローバルな構造変化と宇宙開発

しかし、21世紀に入るとグローバルな構造が変化し、日本の宇宙開発もこれまで通りに行かなくなってきた。目に見える変化は宇宙予算の削減である。高度経済成長とバブルの時代は終わり、経済は低成長時代に入り、財政再建が不可欠となっている。その中で少子高齢化が進み、年金や医療への支出が増大する事態に直面して、宇宙予算が年々拡大することを想定することは非常に難しくなっている。

また、冷戦が終焉することで、他国に対して技術的優位を誇示する必然性がなくなり、国際宇宙ステーションの建設は立ちおくれることとなった。また、日本の安全保障問題も日米関係を基調としながら、国連PKOへの参加や国際貢献が求められるようになり、これまでのように自衛隊が専守防衛のみを目的とするのではなく、日本の領域を超えて、遠方に展開するようになった。

さらに、日本の技術開発の水準が世界的なレベルに到達し、これまでの「キャッチアップ」戦略から、「はやぶさ」のような世界をリードする立場へと変わっていった。

 

新時代の宇宙政策へ

このような時代変化を受けて成立したのが宇宙基本法である。宇宙基本法では、何よりもまず、研究開発のための宇宙開発では、限られた国家予算を投入する価値を生み出せず、投入された予算が何らかの社会的便益や戦略的価値を生み出さなければならない、という理念の下に作られている。

そのため、「開発」ではなく「利用」に焦点を当て、文科省だけでなく、国交省や農水省、外務省や防衛省といったユーザが積極的に宇宙を利用するための制度改革を行い、宇宙開発担当大臣を司令塔に、宇宙開発戦略本部が宇宙予算を一括計上し、内閣府に置かれる事務局にユーザ府省からのスタッフも参加することで、国家戦略としての宇宙政策を練ることとなる。

また、「利用」の中でも大きな役割を担う安全保障分野での利用を可能にするために、宇宙条約等の国際的約束と日本国憲法の理念に従って、平和利用の再解釈を行い、平和維持や国際貢献目的の自衛隊活動を支援する通信や偵察、早期警戒等を可能にする。また安全保障には防災や環境といった広義の安全保障分野ならびに外交を通じた国際貢献やODAなどのプログラムへの宇宙利用も広げることとなる。

これまでの日本の宇宙開発は「開発」を軸としていたため、コスト意識が低く、リスクの高い新技術へのチャレンジが是とされてきたが、「利用」を軸とすることで、ロバストで低コストな機器を作るノウハウを獲得し、グローバルな市場で勝負できる競争力を得ることが可能になるであろう。また、世界的な水準に達した日本の技術を全て公開することは、産業競争力の観点からも、軍民両用技術である宇宙技術の不拡散の立場からも、望ましいとはいえず、「公開」の原則については一定の制限が必要となるであろう。

 

パラダイムシフトが不可欠

宇宙基本法が目指す変化とは、単なる制度を小手先でいじることでも、文科省やJAXAの予算を奪うことでもなく、新たな時代状況に即した宇宙開発をしなければならない、という使命感から生まれるものである。そのためには「これまでの宇宙開発が良かったのだから、これからもこのままでよい」という安易な現状維持や、現在の体制から得られる利益を維持したいという既得権益保護の姿勢は、日本の宇宙開発を危機にさらすことになるだろう。今、日本に求められているのは、過去の慣習から意識を転換するパラダイムシフトなのである。

 

筑波大学大学院 准教授 鈴木一人 氏
鈴木一人 氏
(すずき かずと)

鈴木一人(すずき かずと)氏のプロフィール
1970年長野県生まれ、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から現職。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究。主な著書・論文は、「グローバリゼーションと国民国家」(田口富久治共著)、「EUの宇宙政策への展開:制度ライフサイクル論による分析」、「経済統合の政治的インパクト」など。
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