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コラム - オピニオン -

これからの月探査

宇宙開発委員会 委員長 松尾弘毅 氏

掲載日:2008年4月9日

宇宙開発委員会 委員長 松尾弘毅 氏

松尾弘毅 氏

 

わが国は月周回探査機「かぐや」の打ち上げに成功し、貴重な月面情報の量産態勢に入りつつある。「かぐや」の成り立ちは10年ほど前にさかのぼる。当時の宇宙開発事業団の人類の活動圏拡大への意欲と、宇宙科学研究所の月への科学的関心とが結びついて、両組織による大型共同研究として開始された。前者の意図は最も近い天体である月を目標とすることで体現され、実際の計画は科学探査の色彩が非常に濃いものになっている。

アポロは人を送ることを目的とした計画であり、科学的成果については限定的であった。すなわち、月の起源は依然謎として残されており、また、小さいがゆえに地球のような大きな変成を経験していない月は太陽系初期の状態を知る有力な手がかりでもある。大ざっぱに言って月についてわかっているのは全体の1/3という言い方もあるようで、厳密にはいろいろと文句のつきそうな表現であるがわかりやすい。

「かぐや」は14の観測機器を搭載しており、月の全表面の観測、重力分布の観測などを行う予定で、今後10年間「かぐや」の観測が月の表層データの世界標準になるであろう、というのが関係者の意気込みだ。月利用なるものが実現するとすれば、その準備にもなる。若いこの分野を育てる配慮から、観測機器については、わが国の独自開発を原則としているのも特徴である。

高度のロケット技術、衛星技術と、ハレー彗星探査以来培ってきた月・惑星空間航行能力とが下敷きにあって初めて可能なミッションであったことは、言うまでもない。

「かぐや」の1カ月余り後に、中国が同様な月探査機「嫦娥(チャンア)」を打ち上げた。太陽系の45億年の歴史を論ずる身が数カ月の後先を気にすることもあるまい、とは言えるが、長年準備を進めてきた立場からは、ホッとした部分があったのも事実であろう。今春にはインドも月周回探査機の打ち上げを予定しており、宇宙開発がある水準に達した時、その象徴として、よりチャレンジングな月・惑星飛行を目指すというのは、ひとつの必然かもしれない。

一方、2004年に米国のブッシュ大統領はいわゆるブッシュヴィジョン(Renewed Spirit of Discovery)を発表し、太陽系諸天体、特に火星への有人飛行を目標とし、2020年までに月への有人飛行を再現して、そのためのステップとすることを提案した。国際宇宙ステーション計画に代わる宇宙活動の柱である。

同ヴィジョンでの国際協力の呼びかけに応える形で、わが国を含む14カ国の宇宙機関が2006年に国際探査戦略検討グループを結成し、検討を開始した。現状、米国が望む方向に一致して邁進ということには必ずしもなっていないようであるが、国際協力調整メカニズムの構築についてなど、一定の進展が見られている。

わが国のこれまでの月・惑星探査計画は、科学的あるいは技術的ないわば明確な価値に基づいて実施されてきた。しかし、各国が指向する中での月探査にあっては、宇宙先進国としての地位、月面利用活動での発言権など新たに考慮すべき要素が出てくる。

月についてほとんど語られることのなかった時代にスタートし、諸般の事情でようやく打ち上げにこぎつけた「かぐや」は、今や堂々たるフラッグシップ・ミッションとして、国際的な潮流の中でピッタリの位置を占めることになった。しかし、月探査の今後のあり方については、十分に賢明で柔軟でなければならない。

本記事は、「日経サイエンス誌」の許諾を得て2008年4月号から転載

 

宇宙開発委員会 委員長 松尾弘毅 氏
松尾弘毅 氏
(まつお ひろき)

松尾弘毅(まつお ひろき)氏のプロフィール
1962年東京大学工学部卒、67年同大学大学院博士課程修了、東京大学宇宙航空研究所助手、73年同研究所助教授、83年宇宙科学研究所教授、2000年宇宙科学研究所所長、03年宇宙開発委員会委員、07年から現職。工学博士。専門は航空宇宙工学。06年まで科学衛星打ち上げに使用されたM-Vロケットの開発で中心的役割を果たす。

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