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21世紀は感性の世紀 -ユーザー感性学専攻の設置目指し(梶山千里 氏 / 九州大学 総長)

2008.03.12

梶山千里 氏 / 九州大学 総長

九州大学 総長 梶山千里 氏
梶山千里 氏

 九州大学は2011年に、九州帝国大学設立から100周年を迎え、百年の伝統を基盤とした「知の新世紀を拓く」を目標に事業を展開している。そのなかで、九州大学と九州芸術工科大学の統合の特長を生かしたユーザー感性学の創設は、知のフロンティアとして進化する新生九州大学を代表する構想である。

 九州大学は平成16年度科学技術振興調整費戦略的研究拠点育成プログラムで、ユーザーサイエンス機構(以下:USI)を設立し、知の活用主体であるユーザーの視点に立ち、技術と感性を融合してユーザーがよりよく生きることを支援する研究を行ってきた。USIは味センサー、感性材料、技術とユーザーの感性を突き合わせる感性テーブルなどを開発し、子どもプロジェクトが3回のグッドデザイン賞受賞に輝くなど多彩な成果をあげている。研究・教育両面で、この成果を発展させる拠点づくりが求められている。

 20世紀に科学は大躍進したが、その陰で専門分化が過度に進展し、知の交換は相互理解と交流が困難になってきた。また、人間と技術、環境問題など個別科学では解決が困難な重要課題が叢生している。こうしたなかで21世紀は感性の世紀としてフロンティアを切り拓いていくことが期待されている。産業界においても国際競争が激しくなるなかで、これまでの品質や機能にかわる新しい価値観が求められており、日本的な感性や自然観、伝統的な美意識に対する再評価の機運が高まりつつある。九州大学ではこのような時代の変化や流れを受け、工学、芸術工学、人間環境学、心理学など多様な自然・社会・人文科学を組み合わせ研究するUSIの方法を発展させるべく、知を統合する新たな大学院「統合新領域学府」を平成21年度に設立することを計画している。

 統合新領域学府は、まず2つの専攻からスタートする。ユーザー感性学専攻は、外界(ひと・もの・こと・場)に対する感受性及び感受性に基づく統合的な心の働きである感性について、その感覚的・感情的・直感的・創造的という特性に注目して、USIを継承発展した研究と教育を行う。もうひとつのオートモーティブ・サイエンス専攻は、自動車を対象に技術、人間、社会の統合的な知を探求し、産業界を中心に高度な専門人材を育成する。両専攻は、いずれも現代の社会や科学に問われている現実の課題から出発し、単独での研究活動では解決できないこれらの課題に文理横断的な知の統合で取り組むものである。

 ユーザー感性学専攻設置の背景は、

  1. ポスト工業化社会において「もの」に対する欲求は相対化し、かわって「こと」の魅力や「こころ」に関わる満足に社会の関心が転換、ユーザーや生活者の感性に働きかけ、感動や共感を呼び起こしていくことが強く求められるようになったこと
  2. 今の日本社会においては、少子高齢化、格差拡大等を背景として、家庭、地域社会、教育現場、企業、行政等の広汎な場面で、いじめ、自殺・犯罪の多発、引きこもり、「うつ」等の「こころ」やコミュニケーションに関する問題が急激に増えており、コミュニケーション力・共感力、構想力・俯瞰力、協働力等を持つ感性豊かな人材育成が必要とされていること
  3. 禅や茶、アニメなどの日本文化の基盤にある日本の感性の持つ力や日本文化の持つ魅力や可能性について、国内外から注目が集まっており、日本がグローバル社会において存在感と影響力を維持し行使していく上で、欠かせなくなっていること
  4. 急速な人口減社会を迎え、団塊の世代の大量退職がはじまった現在、日本の伝統的な感性の伝承が難しくなっていること

 このような時代に対応し、人間そのものへの理解を深め、人間に密着した価値形成と個人と社会の満足創造を推進していくことのできる人材が求められていることにある。

 「統合新領域学府」と呼ぶ所以は、従来の学問の縦割りにそった学府専攻の枠組みでは捉えることが難しい、複合的かつ根源的な課題に取り組み、その知的成果を社会に還元するとともに、自らそのような知の担い手として活躍する高度な専門人材の養成を目指すことにある。

 具体的には、

(1)感性を科学的な視点から捉えることのできる力
(2)人と人・人ともの・人と環境のあいだの関係性を豊かにしていく方法という観点から感性を活用していくことのできる力
(3)ユーザーの視点に立って感性価値創造のプロセスをマネジメントすることのできる力

 このような力を持ち、21世紀をリードしていく人材を育成するため、それぞれの能力涵養に対応した「感性科学」、「感性コミュニケーション」、「感性価値マネジメント」の3つの教育課程(コース)を設ける。修士課程定員30名で、卒業生は研究所、企業、行政、NPOなどで活躍することが期待される。

大学院の詳細の問い合わせ先は以下のとおりである。
九州大学ユーザーサイエンス機構 広報委員会 Tel:092-642-7249
九州大学のこれらの活動に各位のご指導ご鞭撻をお願いしたい。

九州大学 総長 梶山千里 氏
梶山千里 氏
(かじやま ちさと)

梶山千里(かじやま ちさと)氏のプロフィール
1964年九州大学工学部応用化学科卒業、69年マサチューセッツ大学博士課程修了、Ph.D.取得、75年工学博士、84年九州大学工学部教授、2000年九州大学大学院工学研究院長、01年11月から現職、03年6月国立大学協会副会長、07年3月内閣府知的財産戦略本部員、専門は高分子構造・物性、有機材料。

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