コラム - ネクストブレイク -

[シリーズ]ImPACT 未来開拓者の系譜 第5回 革新的サイバニックシステムが実現する「重介護ゼロ®社会」(1/2)

ImPACTプログラム・マネージャー(PM)、筑波大学教授、サイバニクス研究センター長、CYBERDYNE株式会社代表取締役/CEO 山海嘉之 氏

掲載日:2016年6月14日

山海嘉之PMは、人とロボットと情報系が融合複合した新学術分野「サイバニクス」を提唱し、大学発ベンチャー企業のCEOとして「ロボットスーツHAL®」やさまざまな人支援デバイス・サービスの社会実装を推進中。日本社会が直面している超高齢社会における多くの社会課題に「重介護ゼロ」の観点から、革新的サイバニックシステムで応えていく。その先には、イノベーションの好循環スパイラルがもたらす未来が見えてくる。

ロボット開発者を夢見て理科実験に没頭する少年時代

山海嘉之 氏
山海嘉之 氏

岡山県に生まれた山海PMが、科学の道に進むきっかけとなったのは、ある一冊の本との出会いだった。

「小学3年生の時、風邪を引いて寝ていた私のために、母が何冊かの本を買ってきてくれました。その中にアイザック・アシモフの『われはロボット』(小尾芙佐訳)があったのです」

この本は、冒頭で有名な「ロボット工学三原則」が提示されるアシモフの代表作にして、ロボットSFの古典である。世界的なロボット企業の主任研究員へのインタビューという形で語られるロボット開発の歴史、三原則に従って作られているはずのロボットたちの奇妙な振る舞いの原因を探ろうと悪戦苦闘する研究者たち。その世界に山海PMは魅了されたという。

「自分も将来、こういうロボットを作り出す仕事をやりたいと思いました」

やがて山海PMは、理科の教科書に紹介されている実験を全て自分で再現してみようと思い立つ。自宅にさまざまな実験器具をそろえ、学校から帰宅するとすぐさま実験に没頭する。

写真1.小学生の頃の山海PM[右]
写真1.小学生の頃の山海PM[右]
写真2.アイザック・アシモフ『われはロボット』の各国語版
写真2.アイザック・アシモフ『われはロボット』の各国語版

「高校を卒業するまで、1日8時間は実験に取り組んでいました。有名なガルバーニの実験を再現するために、岡山城のお堀から大きなウシガエルを捕まえてきたこともありました」

山海PMは、物理、化学、生物のどの分野に偏ることなく、まんべんなく興味を抱いて実験を続け、理科という大きな枠組みから世の中を捉える視点を持つようになる。この経験が後の研究者としての生き方に大きな影響を与えているという。

社会が直面する課題解決のために「サイバニクス」誕生

『われはロボット』に感動して、人や社会のために貢献できる研究開発者になりたいと思っていた山海PM。筑波大学大学院工学研究科博士課程を修了したが、テクノロジーと人に関する新領域を開拓したいと考えていたため、「医学部に入り直そう」とも考えた。所属していた研究室の2名の教授の勧めもあり、工学と医学の連携を進めながら挑戦することにした。

そこからさらに自分の理想を形にするため、山海PMは思い切った決断をする。
「お世話になっている二人の教授に、一旦学会を辞めさせてほしいと頼みました」

若い研究者にとって学会を離れることは、キャリアの上で大きなマイナスになることは承知した上でのことだった。

「教授たちは複雑な表情でしたが、私の希望を認めてくれて、3年間ほど、研究のグランドデザインを作り上げる作業に打ち込むことができました。社会の課題はどれをとっても複合課題。研究領域の細分化では対応できないという問題意識を持っていました」

写真3.筑波大学大学院時代の山海PM
写真3.筑波大学大学院時代の山海PM

そこから生まれたのが「サイバニクス(Cybernics)」という今までにない新しい学術領域であった。

「サイバニクスは、サイバネティクス、メカトロニクス、インフォマティクスを中核として、IT、ロボット工学、脳・神経科学、生理学、行動科学、心理学、法学、倫理学、経営、感性学などを融合複合することで、私たちの社会が直面している課題を解決することを目指します」

サイバニクスは筑波大学のカリキュラムにも組み込まれ、大学院では、文科省主導による「グローバルCOE:サイバニクス」による人支援技術分野の未来開拓型人材育成の枠組みも整備されてきた。

「サイバニクスでは、社会課題を解決するための革新技術を自分たちの手で創り上げること、その技術を核とした新産業分野を創出すること、そして、その分野を開拓する人材を育成することを柱としています」と語る。

CYBERDYNE社を設立しサイバニクスの社会実装へ

サイバニクスを駆使して未来開拓に挑戦する人材育成と新産業創出は同時展開すべきであるため、2004年、大学発ベンチャーとしてCYBERDYNE社を設立した。CYBERDYNE社は文部科学省が指定する研究機関でもある。山海PMは、革新技術の研究開発と人材育成と新産業創出を同時展開するため、代表取締役/CEOとしての舵取りも行うようになった。

「大学でサイバニクスを学び、博士号を取得した彼らは革新技術を開発することで新しい産業を開拓していこうという意欲を持った人たちです。CYBERDYNE社はそんな彼らを積極的に受け入れる器でもあるのです」

CYBERDYNE社では博士号を持つ学生を優先的に採用。研究テーマは社会課題を解決することを目指したものであり、入社早々、自らプロジェクト・リーダーとなって新しい産業創出にチャレンジしてもらうという型破りな企業である。ビル・ゲイツのマイクロソフト、スティーヴ・ジョブズのアップルコンピュータのようなやり方はできなくても、日本には産官学が協力し合うという伝統がある。

「民間企業、政府、大学が、それぞれの役割を果たしながら新産業創出、イノベーションへと社会を動かしていく必要があります。CYBERDYNE社は、そういった社会変革・産業変革のための運動体のようなもので、次の時代を創り出すための先発隊なのかもしれません」

超高齢社会の課題に備えるために

世界初のサイボーグ型ロボットである「ロボットスーツHAL」は、発表とともに大きな反響を呼び、医療や介護分野で既に活用されている。

「HALを医療や介護分野で活用することは、サイバニクスの構想段階から決めていたことです。人類は他の生物と異なる進化戦略を取りました。それは自然淘汰ではなく、テクノロジー(科学技術)とともに生きるというものです。つまり、どんなテクノロジーを創るかで、人類の未来が決まってしまう。だからこそ、ビジョンが大切なのです。そうすることで直面する社会の課題も見えてきます。そのひとつが高齢化の問題であることは間違いありません。特に日本はこれから世界に類を見ないほどの超高齢社会がやってきます。一方で少子化の問題があり、社会を支えていく人たちも減っていきます」

超高齢社会に対するサイバニクスからの解答の一つが、HALである。人が身体を動かそうとした時、まず脳内でその動作を考え、脳から神経を通じて筋肉へと動作に必要な信号が送られる。この信号が流れる時、皮膚表面に微弱な生体電位信号が漏れ出てくる。HALは皮膚に貼り付けたセンサーによって、この生体電位信号を読み取り、その人がどのような動作をしようとしているかを認識する。HALは認識した動作を実現するため関節部分に備えられたパワーユニットを動かし、装着した人の動作をアシストする。

ImPACTプログラムでは、要介護者の身体機能を改善・拡張し自立度を高め、さらに、要介護者のベッドや車いすでの移乗介護の時に介護者の負荷を低減できる革新的サイバニックシステム(サイバニックインタフェース/サイバニックデバイス)の研究開発も推進されている。産業分野へのデュアルユース展開も行われ、建設現場での重作業の負荷低減にも活用される。

「HALの研究開発はまさに手探りでした。そもそもどんな形がいいのかが分からない。何度も試行錯誤しながら研究開発を進め、原理、仕組み、効果・効能を検証してきました。少しでも早く患者さんに使ってもらえる医療機器にできればと、大手メーカーを回ってみましたが、市場も顧客も産業もない状態では動いてくれるはずもありません」

また、HALのモーターやギアを世界のトップメーカーに発注しても、CYBERDYNE社の要求を満たす製品は作れなかった。

「それならもう自分たちで作るしかないと、社内で設計から始めてみたところ、小型軽量のモーターやギアを設計することもできた。『無ければ創る』、これがポリシーです」

CYBERDYNE社は世界中で誰もやったことのない挑戦を続け、2012年に医療機器の品質マネジメントシステムの国際規格「ISO 13485」の認証を取得。13年には、HALがEUにおける医療機器認証(CEマーキング)を取得し、世界初のロボット医療機器と認められた。そしてCYBERDYNE社は2014年に日本初の「複数議決権方式」で上場を実現し、理念を追求できる企業のあり方が評価され、IPO of the Yearを受賞している。

「株主の意見によって、経営方針が左右されることのないよう、株主の意見を聞きながらも設立の理念は追求できるような仕組みを作りたかった。一般企業なら、HAL開発当初のように開発に時間がかかり市場が見えにくい分野に事業展開しようとすれば、ステークホルダーがNOと言うでしょう。でもCYBERDYNE社はあえてそこに挑もうという企業です。これからも適切な管理をしながら、社会の中で重要な役割を担う組織であり続けたいと思っています」

(「ImPACT Newsletter」より転載)

山海嘉之 氏

山海嘉之(さんかい よしゆき)氏のプロフィール
1987年筑波大学大学院 博士課程修了。98年米国Baylor医科大学客員教授。2003年筑波大学大学院システム情報工学研究科教授。04年CYBERDYNE株式会社を設立。現在、代表取締役/CEO。2009~14年、内閣府「FIRST」プログラムの中心研究者。11年筑波大学サイバニクス研究センター長。14年よりImPACTプログラム・マネージャー。

ページトップへ