コラム - ネクストブレイク -

[シリーズ]ImPACT 未来開拓者の系譜
第2回 「若手研究者たちと挑む夢の細胞検索エンジン」(1/2)

ImPACTプログラム・マネージャー(PM) 、東京大学大学院理学系研究科 化学専攻物理化学講座 教授 合田圭介 氏

掲載日:2015年10月15日

海外で研究者としてのキャリアを重ねてきた合田圭介PMが挑むセレンディピティ(予期しない幸運な偶然)の計画的創出が、これまでの科学技術が超えられなかった壁を突破する。夢の細胞検索エンジン(セレンディピター)がエネルギーと医療分野に、非連続イノベーションをもたらす。

合田圭介 氏
合田圭介 氏

アメリカでキャリアを重ね、光の研究で研究領域を広げる

合田PMは北海道札幌市の出身。単身アメリカに渡り、カリフォルニア州のデアンザカレッジ(コミュニティカレッジ)で一年学んだ後、カリフォルニア大学バークレー校に編入する。同校の理学部物理学科を首席で卒業すると、次にマサチューセッツ工科大学(MIT)に移り、レーザーを用いた重力波検出器の開発に取り組んだ。

「小さい頃から『スター・ウォーズ』や『スタートレック』など宇宙を舞台にした映画を見て、重力に関心を持つようになりました。卒業文集では、将来は科学者や研究者になりたいと書いていました。その夢を実現させて、今も続けているわけです」

MITで博士号を取得すると、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に移り、フォトニクス(光科学)の研究に取り組むようになった。

「フォトニクスの研究は、さまざまな分野で行われています。物理、化学、生物などでフォトニクスは研究のための道具として関わることができ、さらに異なる分野の研究を橋渡しできることも分かってきた。光の研究は、汎用性が広いのです」

その後、研究領域を生体工学にも広げていった合田PMは日本に戻り、東京大学大学院理学系研究科の教授に就任する。加えて2013年からはUCLA工学部電気工学科にも籍を置き、日米で研究活動を続けている。

「現在は光を中心として、幅広い分野を対象に研究を行っていますが、特にエネルギーと医療の分野に力を入れています。この2つを選んだのは、日本だけでなく世界でもニーズがあると考えたからです」

アメリカでS・ホーキング博士の講演に出席
写真.アメリカでS・ホーキング博士の講演に出席

本当のグローバルとイノベーションのヒント

研究者としてのキャリアのほとんどをアメリカで積んできた合田PMは、文字通りグローバルな活躍をしている人物と言える。

「グローバルという言葉が至るところで語られています。私自身も学生たちをグローバルに活躍できるように育てていますが、誤解してほしくないのは、グローバルとはインターナショナルだけではない、ということです。グローバルとは、ローカルの対比語であって、いくつかのローカル集団を束ねるのがグローバルです。学術分野で言えば、物理、数学、工学など個々の研究領域がローカル集団であり、スポーツなら野球、サッカー、スキーなどがローカル集団です。どんな分野であれ、複数のローカル集団をつなげる能力を持つ人のことをグローバル人材と呼ぶことができます。一般的なのは国と国でしょうが、学術分野でもグローバルな人材による異分野を融合した研究が重要であり、そこにイノベーションを生み出すヒントがあると思っています」

ImPACTで挑む、セレンディピティの計画的創出

東京大学での研究が軌道に乗り始めた頃、ImPACTという新しいプロジェクトの情報が合田PMにも聞こえてきた。

「私もそろそろ大きなプロジェクトに取り組んでみたいと思い、応募することにしました。ImPACTの趣旨である、『非連続イノベーション』と『ハイリスク・ハイインパクト』という理念は素晴らしいものだと思います」

そして合田PMがImPACTで掲げたのが「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」という非常にユニークな構想だった。セレンディピティとは「予期しない幸運な偶然」のこと。人類の発明発見の歴史には、実験の失敗から思わぬ発見につながったエピソードがいくつもある。ノーベル賞受賞者が、最初のきっかけは「幸運な偶然」だった、と語ることは少なくない。では、社会に大きな変化をもたらすような研究は、セレンディピテ ィを待たなければならないのだろうか。

「科学は再現性のある現象を研究することで発展してきました。誰がやっても同じ結果が得られるのが科学の条件でした。ところが自然界には再現性が取りにくい現象というものがあるのです」

いくつかの幸運な条件が重なった時、あるいは膨大な時間をかけた時に初めて観測できるような現象は確かにある。しかし現在の科学は、それらを科学として扱うことは現実的に難しい。

「再現性が高いものだけを科学とし、取りにくいものは排除してしまう。その基準は何かというと、要は時間です。観察までに10年、20年かかるような現象は科学の領域に入れるのが難しかった。人間のタイムスケールでは再現性が取りにくいというだけの話です。ならば10年かかるものを1分に縮めることができたら、話は変わってくるはずで、再現性の高い現象として科学の領域に持ち込むことができます。そうなれば、産業化への道も開けてくる」

合田PMがImPACTのプログラムで構想しているのが、「細胞検索エンジン(セレンディピター)」である。この装置は膨大な数の細胞群の中から、単一の細胞を瞬時に探し出す能力がある。

「現在でもフローサイトメーターという細胞を個々に観察できる装置がありますが、ノイズが大きく精度に難があります。本当に細胞ひとつひとつを解析しようとするなら、顕微鏡で見ていくしかないのですが、これでは時間がかかりすぎる。速いけれど不正確、正確だが遅い。どちらかしか選べないのが、従来技術が越えられない壁でした」ところが合田PMの挑戦するセレンディピターは、越えられなかった壁を越えた、容易に高速かつ正確に細胞ひとつひとつを解析できる装置である。

細胞検索エンジン「セレンディピター」がもたらす非連続イノベーション
図.細胞検索エンジン「セレンディピター」がもたらす非連続イノベーション

高速で見ることができるなら、多くのものを見ることができる

では細胞を高速に検索できるセレンディピターという発想はどこから生まれてきたのだろうか。

「私の研究室では、これまで高速でものを見ることができる技術を開発してきました。動きの速い現象を観察しようと高速なシャッター速度とフレームレートを持つ装置を作ってきたわけです。これを逆に考えてみると、速く観察できるということは、その分多くの対象を観察できることでもあります。これまではひとつの対象を高速で見ることだけを目標にしてきましたが、多くの対象を短時間で見ることにも使えるなと思ったのです」

装置が高速になったことで、干し草の中の針や砂浜の中の砂金を現実的な時間内で発見できる可能性が見えてきた。「セレンディピティに頼らなければ突破できなかった、人間的な制限から来る壁も、それを越えられる装置があれば、壁では無くなります。セレンディピターの開発も一見無謀な挑戦に見えるかもしれませんが、技術的課題をひとつひとつ克服していけば、不可能ではないと考えています」

合田PMの原点である天文学も、無数の星々の中から、新しい星を発見するものだった。星を探す行為と細胞検索には共通項が多いように思えるし、どちらもフォトニクス無しには成立しない領域である。

「インターネットの検索エンジンは、今は誰もが当たり前に使っていますが、少し前までは知りたい情報にたどり着くには、ものすごく時間がかかっていました。ところが今では一瞬で検索できてしまう。セレンディピターが細胞の解析に革新的な変化をもたらすでしょう。その先に我々の生活を大きく変えるイノベーションが待っています」

神岡ニュートリノ検出実験カムランドにて (岐阜県飛騨市神岡町)
写真.神岡ニュートリノ検出実験カムランドにて (岐阜県飛騨市神岡町)
合田圭介 氏

合田 圭介(ごうだ けいすけ)氏のプロフィール
2001年カリフォルニア大学バークレー校理学部物理学科卒業。07年マサチューセッツ工科大学理学部物理学科博士課程修了。12年東京大学大学院理学系研究科教授。14年よりImPACTプログラム・マネージャー。

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