コラム - ネクスト・ブレイク -

[シリーズ] ImPACT 未来開拓者の系譜 第1回「しなやかなタフポリマー(1/3)」

ImPACTプログラム・マネージャー(PM) 、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授 伊藤耕三 氏

掲載日:2015年5月14日

革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)とは、実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指し、ハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を推進することを目的として創設された。総合科学技術会議が策定する方針のもと、科学技術振興機構が本プログラムを推進している。
このシリーズでは、世界に挑む12人のImPACTプログラム・マネージャー(PM)にスポットを当て、その人となり、生い立ち、研究、そして将来について探っていく。
第1回は、ポリマーの超薄膜化、強靭化に挑戦する伊藤耕三(いとう こうぞう)PMを取材した。

伊藤耕三 氏
伊藤耕三 氏
趣味はテニス、座右の銘は「人間万事塞翁が馬」

 

 タフを英和辞典で調べると、「頑丈な」とか「固い」とかに訳される。しなやかでタフ?相反するような表現は、分かるような分からないような、しかし妙に心惹かれる何かを感じさせる。この「しなやかなタフポリマー」の実現に挑むのが、伊藤耕三PM(兼 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)だ。

 

ポリマーとの出会い

 「小学生の頃は、外で遊ぶのが嫌いで、部屋の中で本を読むことが大好きでした。小説よりも百科事典を好んで読むような変った子だったのです。当然、おなかも空きませんから、少食を心配した親に小言を言われる食事の時間が嫌いでしたね。だから忍者に憧れました。一粒食べたら一週間満腹が続く丸薬を持っているなんて羨ましい、って」

少年時代の写真

少年時代の写真

 伊藤PMは、自らの少年時代をこうふり返った。親の勧めで入っていた少年野球チームでのポジションはライトで9番。ドラえもんではノビタ君の指定席だ。伊藤少年は、いわゆるタフさとは程遠かったらしい。

 「挫折もありました。もともと宇宙や素粒子が好きだったのですが、大学1年生のときです。伊豆山健夫先生の自由研究ゼミで友人たちとアインシュタインの一般相対性理論について勉強を始めたのですが、全く分からない。でも周りの友人達は理解している。とてもかなわないな、と当時はかなり落ち込みました」

 その後、宇宙や素粒子の研究に進むことを諦め、次に興味を持っていた生物物理学の研究の道を選んだのだという。

 「『研究一筋』という理学の雰囲気よりも応用を見据えた工学研究の方が自分に合っているように感じ、物理工学科和田八三久先生の研究室でポリマーの研究を始めました。ただし実用化に向けた研究ではなく、DNAやポリアミノ酸といった、電荷を帯びたポリマーの構造に関する基礎研究でした」それが、伊藤PMとポリマーとの長い付き合いの始まりだった。

 

白川英樹先生との出会い

 「応用にも興味があったので、修士課程を修了したら就職しようかとも思っていたのです。しかし基礎研究も面白かったので、博士課程を修了した後も研究に未練がありました。そのような思いもあって、通産省の繊維高分子材料研究所(現在の産業技術総合研究所)に就職したのです」

繊維高分子材料研究所の仲間達との写真

繊維高分子材料研究所の仲間達との写真

 研究員となった伊藤PMは、早速、1981年に開始されていた2つの国家プロジェクトに関わることになった。ひとつは「高結晶性高分子材料」、もうひとつは「導電性高分子材料」だ。当時は、米国デュポン社がケブラー繊維の生産拡大に莫大な投資を行っていた時期であり、高分子材料に対する期待は大きかった。そのプロジェクトで、後にノーベル化学賞を受賞する白川英樹(しらかわ ひでき)筑波大学教授(当時)と出会う。

 「当時から自分にとっては神様のような方だったのですが、実際に一緒に研究をさせていただいて、お人柄も素晴らしい方なのだなと感激しました。まだ若輩の私を、研究者として常に対等に扱っていただいたのです」

 材料の性質を調べることを得意とする伊藤PMと、新しい物を合成して作り出す白川先生。二人で協力し、高分子材料における導電性の仕組みを解明しようと奮闘していたそうだ。 普段温厚な白川先生が本当に怒った姿を伊藤PMは覚えている。

 「学会で、ある企業が発表に対する質問に明確に答えなかったのです。『知的財産に関わること』という言い分はあったのでしょうが、『議論できない状況ならばこのような場で発表するな』と叱っておられました」

 今なら企業の気持ちも分かるようになってきた伊藤PMも、当時は企業がどうして研究内容を隠そうとするのか全く分からなかったらしい。このような経験が、今回のImPACTを運営する上でも参考になっているという。

 「同じプログラムの中で、同じテーマを複数の企業が別々に行うことは難しいと感じました。競争関係にあると、自身の研究成果を出し惜しみするようです。ImPACTでは、1つのテーマを行う企業は1つに絞って、全力で取り組みやすい環境を整えたつもりです」

 

ポリロタキサンの不思議

 その後、1991年に講師として古巣である東京大学の研究室に戻っていた伊藤PMだったが、1995年の偶然が、研究テーマを劇的に変えることになった。大阪大学の原田明(はらだ あきら)教授(当時は助教授)との出会いだ。

 「国際会議の帰りの飛行機の中で、たまたま隣の席になったのです。そこで高分子の長いひも状の分子が、リング状の分子の中に自然と入っていく、という不思議な研究内容を聞きました。ポリロタキサンという物質です」

 ありえないと思った、と力説する。物理学の見地からは、分子が勝手に自分の自由度を減らすようにふるまうのは異常なことだという。これは例えば、コーヒーに入れたミルクが混ざらずに、勝手に分かれてしまうようなものだ。エントロピー増大の物理法則に反するこの現象を、最初は半信半疑で聞いていたという。

 「もし論文で目にしただけだったら興味を持たなかったかもしれません。ただ、ご本人とお話し、論文に載せなかったいろいろなデータを教えていただいているうちに、これは本当かもしれない、と興味を惹かれていきました」

 

伊藤耕三 氏

伊藤耕三(いとう こうぞう) 氏のプロフィール
1986年東京大学大学院博士課程修了。1986-91年繊維高分子材料研究所 研究員。2003年より、東京大学大学院 教授。2005-14年 アドバンスト・ソフトマテリアルズ(株)(ASM) 取締役。1999年に、架橋点が自由に動く高分子材(スライドリング・マテリアル:SRM)を発明。同材料の驚異的なタフネス特性に着目し、2005年にASMを設立。新材料の開発とともに、事業化に向けたマネジメントにも従事。

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