インタビュー

[シリーズ] ウイルスの制圧目指すリバースジェネティクス 第2回「Save the World!(世界を救う)」(河岡義裕 氏 / 東京大学医科学研究所 教授)

2015.06.17

寿桜子 / サイエンスニュース事務局

 2009年に起こった新型インフルエンザウイルスの世界的流行、パンデミック。アフリカで猛威をふるうエボラウイルス。ウイルス感染症は今なお、人類の生存を脅かす最大の脅威だ。

 科学技術はウイルスをどう理解し、その脅威と戦おうとしているのか。今年3月に発表されたインフルエンザウイルス”Color-flu(カラフル)”、そして新しいエボラウイルスワクチン、さらに話題のLabミッション”Save the World!”まで、ウイルス学者の河岡義裕(かわおか よしひろ)東京大学医科学研究所教授に聞いた。

サイエンスニュース2015「ウイルスの制圧を目指す リバースジェネティクス(2015年6月3日配信)」より

―新しいエボラウイルスワクチンの効能や一般社会への普及についてはいかがでしょうか。

写真.サイエンスニュース2015「ウイルスの制圧を目指す リバースジェネティクス」より
写真.サイエンスニュース2015「ウイルスの制圧を目指す リバースジェネティクス」より

 安全性とワクチンの効果はサルの実験によって確認できたので、次にやることはヒトで確かめることです。ヒトで安全性を確かめるためには、ヒトに接種できないと駄目で、ヒトに接種するためには特別の施設で作らないといけません。そこをこれからやるところで、ヒトに接種しても安全なワクチンができたら、次は限られた人数で確認することになります。「普及」という表現が適切か分かりませんが、それまでには踏まなければならない手順と獲得しなければいけない資金がまだまだあります。

―資金といえば競争的資金ですが、河岡先生はエボラウイルスワクチンの研究資金はNIH(米国立衛生研究所)と厚生労働科学研究費から、インフルエンザの研究資金は科学技術振興機構(JST)のCREST*1とERATO*2から、さらに日本医療研究開発機構(AMED)からも資金を獲得されています。これらの使い勝手はいかがでしょうか。

 JSTの研究費は、融通を利かせてくれて使いやすく、特にCRESTは一番良かったです。ERATOも資金規模が大きいので、「ありがたい」の一言です。最もひどいものでは、鉛筆1本を買うのも大変という資金もありました。世の中のいわゆる研究費不正で一番困るのは、ちゃんとやっている人が迷惑することです。まともにやらない人のために、まともな人が余分な作業をしなければならなくなるのです。

研究成果の社会還元と役割分担

―昨今の競争的資金にはアウトプット、アウトカムといった要件が並んでいます。取り組んできた研究成果が最大または最速の社会的還元をもたらすことを望んだとき、次にバトンタッチするタイミングを察知する瞬間があるのではないかと思うのですが、これついてお聞かせください。

 基礎研究にも応用やアウトプットを求める傾向はここ5〜10年米国から始まり、いま日本でも盛んに言われています。われわれも「そこまでやらないといけない」と思っていろいろやり始めた段階になって企業の方々と話すと、実は彼らの方が圧倒的に応用技術に優れているんですね。やればやるほど、基礎研究を行う大学の研究者には限界があることに気づきました。われわれが基本的な方向性を示して、あとは企業のほうがたくさんのノウハウをもっておられるので、そこでバトンタッチをすればいいのだ、と。その分かれ目を、研究資金を出す方が理解しないと、無駄が増えると思います。

河岡研究室のテーマ

―この分野は、例えば製薬会社や民間の研究所のほうが研究に集中しやすいのではと想像しますが、河岡先生のモチベーション(動機づけ)は何でしょうか。

 実は研究職を目指していたわけではないんです。僕はもともと獣医で、当時4年で卒業してすぐ働くという心の準備ができていなかったので修士課程に進学しました。そこで研究を始めたら面白かった。当時私が抱いていたイメージから「大学の先生にはなりたくない」と思っているところに教授が助手の話を持ってきて、お断りしたこともあります。企業の研究所の見学に行ったりしました。最終的に大学の助手になって研究を続けているうちに、「世の中の役に立ちたい」と思い始めました。それで今、私の研究室のテーマは“Save the World!”

―もう少し具体的な活動に言い換えるとどうなりますか。

 物事を進めるうえで重要なものが二つあって、一つがMission(使命)です。“Save the World!!”と掲げると、やるべきことが見えてくるし、やる必要のないことも見えてくる。Missionがしっかりしていると、世の中で騒がれている捏造(ねつぞう)なんてことはありえない。もう一つはPassion(情熱)。モチベーションというのは外から与えられる刺激なのでそれが必要では駄目なんです。内面から湧きあがるPassionをもって研究に当たることが重要だと思います。これはどんな分野でも同じだと思います。MissionとPassionの二つが合わさって何かができると思っているんです。私の研究室は今、そうやって動いています。

写真.エボラ出血熱から回復した患者たちと(シエラレオネ)
写真.エボラ出血熱から回復した患者たちと(シエラレオネ)

パンデミックが起きた時は

―最後に、パンデミックが起きた時、一般市民にどんな姿勢を求めますか。

 パンデミックが起きたら、政府が流す指示に従ってください。政府が流す情報は、専門家がいろいろ議論した内容を基に政府が決めた方針です。例えば2009年にインフルエンザのパンデミックが起きた時、学級閉鎖をしました。これに対する一般の反対や批判もたくさんありましたが、あの時に流行したウイルスは学級閉鎖によってそこで消えたのです。学級閉鎖が感染拡大を食い止めたのです。

 政府が決めたことに従っていただけると、パンデミックの被害は少なくなると思います。

  1. *1 CREST(Core Research for Evolutional Science and Technology, クレスト):
    JSTの戦略的創造研究推進事業の一つ。インパクトの大きなイノベーションシーズを効率的に創出するため、一つの研究領域で優れた強力な研究者群がチームで研究に臨む。研究実施期間は5年以内、研究費は年間平均3千万円程度から1億円程度。
  2. *2 ERATO(Exploratory Research for Advanced Technology, エラトー):
    同じくJSTの戦略的創造研究推進事業の一つ。卓越した研究者(プロジェクトリーダー)が独創的に研究を推進し、新たな科学技術の源流をつくることを目指す。研究実施期間は5年を基本とし、研究費は総額12億円を上限とする必要額。

(完)

河岡 義裕 氏
河岡 義裕 氏

河岡 義裕(かわおか よしひろ) 氏プロフィール
1978年北海道大学獣医学部卒、80年鳥取大学農学部獣医微生物学講座助手、83年米セント・ジュード小児研究病院ポスドク研究員、85年同病院助教授研究員、89年准教授研究員、96年教授研究員、97年ウイスコンシン大学獣医学部教授、99年から現職。2008年から新型インフルエンザが宿主内でどのように強い病原性を獲得するかを解明するJSTの戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト」の研究総括。インフルエンザウイルスを人工的に作り出す手法を開発した研究成果で、06年ロベルト・コッホ賞受賞。著書に「インフルエンザ危機」(集英社新書)。13年多くのノーベル賞受賞者を輩出する米国科学アカデミーの外国人会員に選出されている。

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