インタビュー

患者目線の医療維新を目指して 第3回「研究費の使い勝手を改革する」(末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長)

2015.06.17

末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長

末松 誠 氏
末松 誠 氏

 医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。

―AMEDには、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3省のほか科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からスタッフが集められました。出自による文化の違いなどもあって舵取りは大変なのではないですか。

価値観の違う人が集まるのはすごく恵まれたことです。一つの課題を解決するために複数の知識や経験などの背景を持ったメンバーが、一つ屋根の下で、あるいは一つの机の周りで議論ができるからです。どんな課題についても同じように取り組めることが、AMEDの特長となり始めています。

JSTから移られたスタッフは、中村道治理事長から「二度と(JSTに)帰ってくるな」と言われて来ました。すごいことです。そういう気持ちでやりなさいということでしょう。

正直いえば誰でも出身母体の省益などを多少考えはするでしょうが、それよりもAMEDがうまく機能し、しっかりした成果を挙げることが、各人の業績になることに気づいているはずです。

―3省から研究費を一元化し、初年度は調整費を含めて約1,400億円の予算でスタートしました。研究費の使い勝手は良くなりますか。

僕は今年3月までは第一線の研究者でした。その立場からみると、日本の公的なグラント(研究費補助金)の仕組みは極めて使いにくいですね。米国のNIH(国立衛生研究所)のグラントの審査を受けたことのある研究者や、審査でいったん落とされて敗者復活を経験したような人たちは誰しも、日本のグラントシステムがこんな実態でいいのかと疑問に思っているはずです。

例えばある研究者がゲノムを解読する「次世代シーケンサー」という装置をある事業で購入したとします。大変高額で簡単には購入できないものですが、これまで購入した事業以外では「目的外使用」とされて使うことができませんでした。

超高齢社会を迎え、これから国の税収も厳しくなります。研究費も無尽蔵に出るわけではありません。大半の研究者は少額の研究資金を、爪に火を灯すように苦労しながら使っているはずです。たまたま巨額の研究費を手にした一部の研究者だけが、自分の研究のためにだけ何億円もする設備を独り占めして大量のデータを収集し、論文だけを書いて終えているようでは、納税者に研究成果や医療応用の恩恵が還元されません。実におかしなことです。

装置や測定器は本来の目的に沿って使うのは当然ですが、使われず空いていれば支障のない形で他の研究者が利用してもよいはずです。その方が国民に対する説明責任が果たせるし、プロジェクトの連携も加速すると思います。僕は研究者としてずっとこのことに問題意識を持ち続けてきました。いまや多くの研究者がみんなそう思っていることでしょう。

昨年秋にAMED理事長予定者の辞令をいただいてから半年間、AMEDの設立に関わった方々と「最優先事項」としていろいろな相談・議論もしてきました。その結果、当初は「できない」と後ろ向きだった考え方の人たちが、今では意識が変わってきたことはうれしいことです。

―では、設備や機器の多目的使用や共用なども取り入れるのですね。

5月末にAMEDのホームページで公開しましたが、複数の研究費を少しずつ集めて大きな機械を購入することも認められるようにします。(「研究費の運用について」)

このほかにも研究者にとって使い勝手が悪いとか、おかしいと思われる費用の運用ルールがたくさんあるので、使いやすくするようにしていきます。

一例として、直接研究費の内訳ですが、これまではあらかじめ費目を精密に分類して、その通りに研究費を使うように縛られていました。「会議費」「印刷製本費」「通信運搬費」など細かく決められていて、印刷製本費が余って会議費が足りなくなっても、費目間の流用はできませんでした。不便でしたので、AMEDでは費目を「物品費」「旅費」「人件費」「その他」のたった4つに簡素化しました。費目間流用も、その研究費全体の50%まで認めることにし、実質的な完全自由化が実現しました。

来年度からは全面的に変えます。また臨床研究の場合、人間に適用する前の非臨床の試験でたまたま毒性が発見されると、その薬の開発はストップするので、残りの期間の研究費は余ります。従来は「配分した研究費なので、最後まで使い切るように」言われましたが、これは変ですよね。

また化学合成などの再委託を行うタイミングがいつも年度の途中とは限らず、年度末に近いこともあるはずで、予算の一部を日本学術振興会の科学研究費補助金のように「年度越え」する必要があることもまれではありません。こうしたケースは数限りなくあるので、具体的な対応策を提案して合理的運用を導入するつもりです。

また研究期間も検討課題だと思っています。例えば、うつ病とか脳神経疾患、精神神経疾患では、臨床的な経過を5年から10年間は追跡しないと、実際の薬の効き目はわからないことがあります。ところが国の研究費は、3年から5年程度で成果を出すことが求められているので、こうした長期的なフォローを必要とする研究領域の育成が進みません。

毎年の研究費はさほど多額でなくとも、長期間にわたって使えるような仕組みも必要です。このようなことは英国でも問題になっているようです。

―産学連携はどのように取り組みますか。

ここでは医療機器の開発を目指します。創薬というものは基礎研究の成果から生まれたシーズ(タネ)から作り上げます。候補になる分子があって、そこにいろいろと化学的な修飾を付けてより良い薬に育て上げます。これに対して医療機器開発は、現場の病院で患者さんからこうしてほしいと要請のあったニーズをくみ上げるものです。どんな治療機器を作ればその病気がうまく治せるか、迅速・的確な診断をするためにどんな検査機器を作れば救急で役に立つか、などについて考えるところです。

つまり医療の現場のニーズをリアルタイムに拾い、医療機器の研究開発の戦略を練れるようにすることが仕事なのです。産学連携は、産業界とアカデミアの連携を促進するだけでなく、現場の医療ニーズを効果的に拾い上げ、日本の高い技術力で世界に通用する医療機器を最大の速度で開発するための「伴走コンサル制度」を始めました。

6月以降、産学連携部から新たな施策も提案されますが、それらが総合的に効果を発揮し、結果として産業の活性化につながることを狙っているのです。

―現役の研究者から、研究管理者の立場に変わったことについての気持ちは。

悲しいですね。研究者の皆さんから毎日のように、自分の研究がいかに素晴らしいかを聞かされていますから、なお苦しいですよ。一方で、こういう仕事を託されて、ほとんどミッションインポシブル(手に負えない任務)のように思えますが、やってみれば結構できるじゃあないかという可能性が、この1カ月の間に見えてきたのです。

―手ごたえですか。

まだ手ごたえまでいきません。光が見えたわけでもない。だが全く不可能というわけではなさそうです。スタッフの皆さんが結構頑張ってくれて、積極的に交渉を進め、難問に風穴を開けようとしてくれているのです。

基礎研究は自分の好奇心が大きな原動力になる。一方で全ての臨床医は患者さんに多少でも役立っているかどうか、あるいは感謝していただけたかどうかのほうが、生きがいとして大きいかもしれません。双方の先生方のエネルギーが互いの化学反応を起こせるようにどう研究開発費を配分し運営するのか、それが本当に生きがいとなるように頑張りたいと思っています。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

末松 誠 氏
末松 誠 氏

末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授( 医学部医化学教室) 、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。

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