インタビュー

患者目線の医療維新を目指して 第2回「地域や災害医療で患者に向き合う研究を」(末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長)

2015.06.15

末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長

末松 誠 氏
末松 誠 氏

 医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。

―AMEDは「日本版NIH」とも呼ばれていますが、どうなのですか。

(苦笑しながら)全然違うんですけどね。米国のNIHは年間予算が3兆円レベルで、AMEDは約1,400億円です。約20分の1以下ですから比較になりません。医療の研究開発を推進する機関であるということは共通していますが、その他は全く違うので、日本版NIHと呼ばないでほしいですよね。

3月22日にAMEDのプレオープニング・シンポジウムを開催しました。ゲストとして出席いただいたNIH主席副所長のローレンス・タバックさんに、「AMEDの予算はNIHの3、4%しかないから、競争なんてできません。これからいろいろと助けてください」とお願いしました。

それに対してタバックさんは、「NIHには病棟などの入ったビルディングが27、8棟もあって、それぞれに消防署や警察署が配置されている。その人件費も全て含んでのNIHの巨額の予算なのだから、比較するほうが無理だ」と言っておられました。

米国のシステムのまねをしてもかなうわけがありません。勝つとか負けるとかではなく、協力し合ってお互いの良いところを相互に利用していければいいのです。NIHとは難病研究などの面で協力したいですね。問題は患者さんを救えるかどうかなのです。そういう気持ちでやっていきたい。

―では理事長は、どんなキャッチフレーズがいいと考えますか。メディアなどにはどう呼んでほしいのでしょうか。

ひとことで言えば、「3つのLIFEを具現化する研究の支援者」ですね。3つのLIFEとは「生命」「生活」「人生」の具現化を目指す研究開発です。ちょっと長いかな。NIHになぞらえられるのは、他に類するような医療の研究支援組織がないからでしょう。

同じ研究資金配分組織のファンディング機関としては、米国より英国の方がAMEDに近いような気がします。英国も日本も研究所や病院を持たないので身軽です。英国の医療の基礎研究機関である「医学研究会議」(MRC)と「国立衛生研究所」(NIHR)などを合わせた予算に対して、日本の文部科学省関連の医療分野の研究費やAMED予算、国立研究開発機構の研究所の独自予算を加えれば、英国と日本はほぼ同じような規模になるはずです。

日本には世界に冠たる国立高度医療研究センターが6つもあります。加えて医薬基盤・健康・栄養研究所や理化学研究所、産業技術総合研究所など優れた研究所もある。それぞれ個性的で多様な研究の中から芽が出たものをAMEDでお手伝いし、大学などの力を活かし、国全体として仕組みが動くようにすればいいのです。

―どこかで起きた誤解が、いまだに独り歩きしているようですね。これまでの話では、理事長は「患者に研究成果を届ける」ことに力を入れています。かなり研究コストの問題にも踏み込もうとしています。この発想は、理事長が国立大学ではなく、研究費の乏しい私立大学に身を置いていたから生まれた考え方とみてもよいのでしょうか。

それはぜひとも強調してほしいですね。私立大学には、国立大学のような運営費交付金がありません。私学助成金はありますが、それも慶應義塾大学全体で年間90億円未満で、医学部に回ってくるのはたった16億円です。苦しい中を、病院経営の合理化などでしのぎながらやり繰りしているのです。

そんな苦しい経営状態でも、東日本大震災などの災害復興の医療支援には、私立医科大学29校は国立に勝るとも劣らない貢献をしてきました。私立大学も地域医療や災害医療にきちんと貢献しているということをもっと知ってほしいですね。

国立大学は研究力も人材育成の基盤もあります。東京大学は最も恵まれていて、リベラルアーツ(一般教養)や数学、文系学部でもゲノムを学べるカリキュラムがあり、うらやましい限りです。

でも、AMEDは国立大学と同等に私立大学や地方大学の力も欲しいのです。患者さんに直接つながる医療を目指していますから、「研究のための研究」ではなく、地域医療や災害医療の現場で患者に向き合っている研究者の研究成果に期待したいのです。

典型的なのはゲノム研究です。たとえ100万人を集めてゲノムのコホート研究(要因と疾病発生の関連を調べる分析疫学)をやろうが、それだけでは役に立ちません。最も大切なのはそのデータ解析の結果を利用して、がん治療の最適化を実際に行ったり、重症の薬疹などの被害を未然に防いだり、診断の難しい病気をしっかり診断し、治療の糸口を探したりすることで、できるだけ速やかに臨床現場に研究成果を戻せるような体制を整えることなのです。

日本の医療体制の素晴らしいところは医療資源の公平な配分であり、世界に誇るべき制度があります。もちろん限界はあるでしょうが、ゲノムコホート研究のエコシステム(それぞれが有機的に結びつき共存共栄すること)の確立や民間企業の活用を進めつつ、限られた資源の範囲でどうやってがんのゲノム研究の成果を患者さんに返すかを、本気で考えて実行すべきです。特定の有名大学だけでなく、金銭的には相当厳しい事情を抱えている地方の国公立大学や私立大学が、等しくその仕組みを、それぞれの立ち位置からどのように利用できるかを考える時が、やっと来たのだと思います。

―それをAMEDの具体的なプロジェクトにも組み込んでいくのですか。

もちろんです。今年度はすでに使途が決められている研究費の枠組みの中で動いていますが、来年度以降は新たに組み換えをします。日本全体を考えたもっと良い枠組みの提案があればどんどん変えていきます。

また、これまでとは違う研究の評価軸も考えていくべきでしょう。幾つ論文を出したかは重要な評価軸の一つではありますが、それより臨床研究に登録した患者さんの人数や、最初の提案通りの研究成果が臨床に還元できた件数とかが大事です。また、期待した成果がたとえ出ない場合でも、将来の研究にそれが役立つようなデータ利用への貢献など、もっと多彩な評価軸があってしかるべきなのです。米国や英国でも新たな取り組みが始まっています。医育機関や研究所の方々、民間企業の方々、AMEDの職員とも今後議論を深めていきたいと思っています。

―あくまでも患者本位の姿勢がよく分かります。医療研究システムに大きな変革を起こしそうですね。

「神は細部に宿る」と言われるが、「悪魔も細部に宿る」とのことわざもあるようです。前回お見せしたAMEDの縦横連携図の中の縦横の35カ所の交差点には、どこにも仕掛けられたワナや障害物、石ころが転がっていますよ。それを一つ一つ取り外していかねばなりません。できれば一番難しい課題を先に解決できれば、あとはもっと簡単な問題なので一気に処理できるはずです。そういうことをやっていきたいですね。

―医学部長として改革を断行した経験があるから、ここでも挑戦するのですね。

誰もやったことのない研究を遂行するのは大変なことです。研究の最初は個人の興味から始まります。「できるわけがなかろう」と皆にいぶかしがられ、関心すら持ってもらえません。面白い結果が出てくるようになると、ようやく同志が集まり、だんだんと研究の成果が蓄積されるのです。これが基礎研究の姿です。

良い薬のネタが出ると、研究者は「これは素晴らしい薬だ」と言い張ります。ところが製薬会社はどの程度の利潤が生み出せるのか、患者さんに新たな光明を与えられる有効な医薬品となりうるのかなど、研究者とは別の評価軸で判断するわけです。

基礎研究と応用研究に携わる人たちの間には、当然ながら意識のギャップがあります。AMEDは黒子役としてできるだけ早い時期から、各大学で研究されているアカデミア創薬について、良い意味で口出しをさせてもらいます。それは結果的には患者さんに一刻一秒も早く成果を届けることにつながるし、公的研究費の有効利用にもつながるからです。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

末松 誠 氏
末松 誠 氏

末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授( 医学部医化学教室) 、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。

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