インタビュー

シリーズ「再生医療研究 この人に聞く」第1回「骨髄細胞により肝臓再生能力を取り戻す新たな肝硬変治療を目指す(1/3)」(坂井田功 氏 / 山口大学大学院医学系研究科 教授)

2015.04.23

坂井田功 氏 / 山口大学大学院医学系研究科 教授

坂井田功 氏
坂井田功 氏

このシリーズでは、世界の再生医療を牽引している研究者の方々に日本の再生医療の現状から未来を伺います。第1回は、坂井田功(さかいだ いさお)山口大学大学院医学系研究科教授に聞きました。 

  肝臓は、人の体内で代謝、排出、解毒など多くの機能を担う臓器です。再生能力が高く、ウイルスやアルコールなどによって一部に障害が起こっても残りの部分がそれを補う「代償能」が働き、人の体に必要な機能を維持します。しかし、その再生能力を上回る障害を受け続けると肝炎から肝線維化状態になり、さらに進行すると肝硬変になります。肝硬変では、肝臓の強い線維化による機能低下が引き起こされ、その進行と共に初期は全身倦怠感、食欲不振などの症状が現れ、さらに進行すると黄疸や腹水、肝性脳症などの症状が現れます。このように人の体の機能を維持することができないほど線維化が進んだ肝硬変を「非代償性肝硬変」とよび、ここまで進行した肝臓病の機能を回復させる薬剤は現在存在しません。肝移植のみが根治療法となっています。坂井田氏は、患者自身の骨髄間葉系幹細胞を静脈から投与することで、肝機能を回復させる新しい治療法の確立を目指して研究を続けています。

図1. 自己骨髄細胞を用いた肝臓再生療法の作用機序のイメージ
図1. 自己骨髄細胞を用いた肝臓再生療法の作用機序のイメージ

 厚生労働省から、2013年には「C型肝炎ウイルスに起因する肝硬変患者に対する自己骨髄細胞投与法の有効性と安全性に関する研究」、2014年には「非代償性肝硬変患者に対する培養自己骨髄細胞を用いた低侵襲肝臓再生療法の安全性に関する研究」の臨床研究を実施する許可を受け、2015年4月に第1例目の患者への投与を行いました。

―坂井田先生は、肝硬変の患者さんに、肝移植以外の選択肢を提供すべく研究を行っていらっしゃいますが、先生のお考えをお聞かせください。

 慢性肝炎の患者さんは、日本に約400万人、肝硬変は約30万人いるとされています。そしてそのうち肝移植しか治療法の無い非代償性肝硬変の患者さんは数万人と推定されています。日本で実施されている肝移植は高い成功率を誇っていますが、開腹手術やそれに伴う合併症、組織適合性抗原の不一致によるリスクは無視できるものではありません。事実、肝移植の手術は年間約400件程度しか実施されていません。

 日本人の慢性肝炎はB型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルス由来を合わせて約350万人であり、その大半を占めていますが、これらのウイルスに由来する肝炎にはインターフェロンなどの抗ウイルス薬が高い効果を発揮し、肝硬変でもごく初期の患者さんに使うことができます。しかし、中期〜後期の肝硬変まで進行してしまうと、発熱などをはじめとする副作用が大きすぎて使うことができません。

 私たちは、現状では根治療法が肝移植しかない進行した(非代償性)肝硬変になってしまった肝臓の機能を、少なくともインターフェロンなどの投与が可能な程度にまで回復させることを目指しています。

―坂井田先生は骨髄間葉系幹細胞の投与という手法になぜ注目されたのですか。

 骨髄間葉系幹細胞に注目したのは、2000年にアメリカの研究グループがHepatology誌に発表した論文に端を発しています。その論文では、骨髄移植を受けた女性患者(XX)の肝細胞に、ドナーの男性(XY)のものと思われるY染色体が確認され、投与した男性の骨髄幹細胞が肝細胞になった可能性が示されました。

 そこで私たちは、まずは肝硬変を発症するモデルマウスを作製して、同系統のドナーマウスから骨髄液を採取し、そこから骨髄間葉系幹細胞を含む単核球を分離、精製して尻尾の静脈から投与しました。すると肝機能が改善し、生存率が向上したほか、肝硬変の原因となる線維の部分が減少しました。

 研究を開始した当初は、骨髄間葉系幹細胞が肝細胞になると考えていましたが、その後の研究で、投与された骨髄細胞が線維に集まり線維が溶けるような様子が観察され、それにより肝臓のもともとの再生能力が回復することがわかってきました。

 これら基礎研究を踏まえ、ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針pdfの審査委員会へ臨床研究計画の申請を行いました。骨髄間葉系幹細胞に注目する以前は、線維を減少させる薬剤の開発を目指して研究をしていましたので、骨髄細胞の投与で線維が減少したのは驚きでした。

―2003年から行われた肝硬変に対して骨髄間葉系幹細胞を含む骨髄単核球細胞を投与した国内初(世界初)の臨床研究である「肝硬変症に対する自己骨髄細胞投与療法」ですね。

 はい。この臨床研究は、血清総ビリルビン値が3.0mg/dL以下、血小板数が5.0×1010/L以上の重症度が中程度の患者さんを対象に行いました。最初の臨床研究でしたので、患者さんの除外条件は厳しく設定し、肝がんなどを合併している患者さんは含めていません。

 全身麻酔下で骨髄液を患者さんの腸骨から約400mL採取し、洗浄精製した骨髄単核球細胞を患者さんの末梢静脈から点滴投与しました。患者さんはその後6カ月間、定期的に経過を観察し、最終的に山口大学では19例の患者さんの結果が得られました。

 また独立した研究機関との共同研究として、山形大学や韓国の延世大学でも同様の臨床研究が行われました。これら臨床研究では、韓国で行われた臨床研究を含め、治療効果と安全性の確認を行いましたが、6カ月後の結果では、程度の差はありましたが、いずれも肝硬変の重症度の改善が認められ、問題となる有害事象はありませんでした。その後、類似の追試が英国やブラジルなどで行われ、同様の結果が得られています。

(ウェブサイト「iPS Trend」より転載)

(続く)

坂井田功 氏
坂井田功 氏

坂井田功(さかいだ いさお) 氏のプロフィール
1984年山口大学医学部卒業後、89年大学院修了、(87年-90年までの3年間米国トーマスジェファーソン医科大学留学)。山口大学医学部第一内科医員を経て、山口大学医学部第一内科助手、山口大学消化器病態内科学講師 、同助教授、2005年より教授。山口大学医学部附属病院光学医療診療部部長も併任。 12年より医学部長・医学系研究科長併任。日本肝臓学会認定指導医、日本消化器病学会指導医、日本内視鏡学会指導医、日本内科学会指導医、日本臨床腫瘍学会暫定指導医。日本門脈圧亢進症学会(理事)、日本肝臓学会(評議員)、日本消化器病学会(評議員)、日本内視鏡学会(評議員)、日本内科学会(評議員)、日本病態栄養学会(理事)、Imperial College of London客員教授(英国)、新エネルギー産業技術総合開発機構NEDO審査委員。

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