インタビュー

第5回「対話と熟議を通じて、科学技術への市民参加を進めるために」(三上直之 氏 / 北海道大学 高等教育推進機構 准教授)

2015.02.03

三上直之 氏 / 北海道大学 高等教育推進機構 准教授

「科学コミュニケーション百科」

三上直之 氏
三上直之 氏

JST科学コミュニケーションセンターフェローで東京大学教授の佐倉統氏が、様々な分野で活躍する人を迎え、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望についてインタビューします。今回は同センターフェローで北海道大学准教授の三上直之氏。科学技術への市民参加を進めるための対話と熟議の手法開発に取り組むようになった経緯やこれからについて伺いました。

―三上さんがかかわられた、World Wide Views(WWV、世界市民会議)(*1)について教えていただけますか。

 地球温暖化や生物多様性といった地球規模のテーマについて、同じ日に世界中の数十カ国でそれぞれ100人ずつの市民が集まって議論をします。共通の議題や材料を使ってディスカッションをして、そのテーマについて投票をしながら議論を進めます。世界共通で投票結果を見ることができるので、国別の意見を比較することもできます。

こういった地球規模で科学技術が関わるような問題については、これまではその問題に利害関係を持つ人や専門家だけが話し合って決めていましたが、普通の市民が話し合い、その結果を意思決定に反映させるべきという発想がここ10年、20年の間に出てきました。そのためのひとつの方法がコンセンサス会議(*2)です。

それを世界規模でやる方法として、デンマークのデンマーク技術委員会という組織がWWVを開発しました。デンマーク技術委員会は、科学技術の社会的な影響の評価を行うための、行政機関や産業界、大学から独立したテクノロジーアセスメント機関という組織のひとつです。

―三上さんはもともと社会学がバックグラウンドで、合意形成の問題を学生時代から研究されてきました。そのような問題に関心を持たれた背景を伺えますか。

 大学院では環境社会学という、環境問題の原因やその解決のための制度論などの社会学的な立場からの研究が専門でした。そこで、東京湾の埋め立ての公共事業と、それをめぐる地域住民の反対運動など地域の中の紛争を研究していました。

私がフィールドワークをしていた干潟では、「埋め立てをしない」という判断を行政がしました。その後、残された干潟をどう保全し再生していくかという議論が、地域で始まりました。当時としてはかなり徹底した住民参加でやっていたのですが、そういった住民参加型の環境保全計画がどのように成り立っていくのか、フィールドワークをしていました。そこで意見が対立するのは、干潟の環境、生物の状態への理解についてでした。また、技術導入時にその効果や悪影響の評価をめぐって、環境保護団体や漁業者らが対立していました。

社会学のフィールドワーカーとしてやっていましたが、結局問題になるのは科学や技術をめぐるコミュニケーションだということを意識するようになり、徐々に科学をめぐる合意形成や意思決定に関心が向かっていきました。

―あと三上さんはジャーナリストのご経験がおありで。

 そうですね。週刊誌の編集と取材に数年間携わったという経験と。あと学生時代なんですけれども、大学新聞の編集部にいたんですね。そこで毎週新聞を作っていたということがあって。

だから私の基本的なスタンスというか、すごく大きな要素だったのは、編集するというスタンスなんだと思うんですよね。いろんな知識とか情報を組み合わせて新しいものをつくるとか、あとは非常に面白いものの中から原石から一番面白い要素を要約して取り出すとか、そういうことができないかな、というのがたぶん僕の一番の関心なんですね。これはたぶん、科学コミュニケーションをやるときにはすごく必要な要素なんだろうと思います。

―コミュニケーションの話と合意形成の話は、ちょっと開きがあるような気がするんです。合意形成のためにはコミュニケーションをしなければならないと思いますが、コミュニケーションは必ずしも合意を作ることが目的になっていないことも多々ありますよね。

 科学に関わる話題についての議論の場づくりは、たとえば最終的にはある科学技術政策を決めるとか環境政策を決めるとかいう決定があるわけです。ただそこに至るまでに何か意見をインプットしようという過程の議論では、必ずしもきれいに合意するとは限らないわけですよね。むしろ違いがすごく際立ったり、対立していることがわかったりということもあるし、一定程度は歩み寄るけれども、でもやっぱり溝は埋まらないみたいなこともあるだろうし。

でもそうやって違いを発見したり、違っているんだけれどもどこが共通しているのかということを見出そうとしたりとか、そういうプロセス自体を私は見ていきたいと思っているし、そこに関心があるんだと思うんですよね。それはまさにコミュニケーションなんだと思うんです。

私のバックグラウンドは社会学なので、人間がある種の意味づけを持って、いろんな制度をつくったりある行為をなしたりということが面白いと思うんです。だから、そういった話し合いのプロセスも社会現象としてすごく面白い。でもその話し合いのプロセスから何かの意味を読み取って、それで最終的に意思決定が行われて、その意思決定がいろんな仕組みの中で正当性を持って行くと、それはなぜなのかということがまた非常に興味深いわけです。

科学コミュニケーションセンターで私が担当している調査・研究のユニットは、市民が科学技術について話し合う場を、どうやったらいろんなところにつくれるのか、そういうふうに話し合っていくことが科学技術に関わるいろんな社会的な意思決定をどういうふうによくしていくことができるのかと、そういうテーマなんですね。

そういう話し合いの場をつくるには、ここ20年近くいろんな手法が研究されて提案されて、代表的なのはデンマークから持ち込まれたコンセンサス会議という方法があるのですが、実際にはなかなか用いられない。政策を決定するときにコンセンサス会議を開く、というふうに制度化されている国は、たぶん世界中を探してもないのですけれど、テクノロジーアセスメントというような仕組みがある国では、それを市民参加型でやることで政策決定のときの材料として使っていたりします。

―科学技術の側からすると、民主主義にしても法治主義にしても、その骨格ができたときは、今ほど科学技術が世の中全体にとって重きをなしていなかった気がします。今科学技術が大きくなってきたときに、それまでの制度や骨格でどこまでいけるのか、よくわからないのですが、三上さんはどのようにお考えですか?

 これは科学コミュニケーションという視点だけじゃなくて、たとえば政治学の研究の中でも専門知と民主主義の関係は盛んに議論されています。狭い意味での科学技術だけじゃなくて、たとえば経済政策もですね。そういう民主主義による統治と専門性との関係は、社会科学においても非常に重要なイシューになっていて、そこを考えるのが科学コミュニケーションの研究のすごく大事な部分なんじゃないかと思うんですよね。これは理論的にもそうですし、今の民主主義の仕組みができてきたときにはそれほど大きくなかった科学技術というものがこれだけ肥大化している中でそれとどう向き合うか、どう橋渡しするかという問題もすごく大事なテーマなのかもしれませんね。

―これから三上さんは、どういうご研究や活動をされていこうと思っていらっしゃいますか?

 今WWVなんかで開発してきているような話し合いの手法をより使いやすいものにして、いろんなところで使えるようにしていくと。そういうところでの話し合いの場で見出された新しいアイデアとか知見というのを、いろんな物事について社会で方向付けを決めていくときに生かせるような仕組みづくりを提案していければいいなと思っています。

*1. World Wide Views(WWV、世界市民会議):地球規模課題を解決するための国際交渉の場に、世界市民の声を届けるための参加型世論調査。
*2. コンセンサス会議:新たな科学技術に関する政策決定に役立てるために、その技術の社会的影響や効果を事前に評価する仕組みであるテクノロジーアセスメントの一手法。テーマに関する専門知識や直接の利害関係がない一般市民が主役となって議論するのが特徴。

(2012年12月26日にインタビュー実施)

(続く)

三上直之 氏
(みかみ なおゆき)
三上直之 氏
(みかみ なおゆき)

三上直之(みかみ なおゆき) 氏 プロフィール
北海道大学 高等教育推進機構 准教授
北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授などを経て、2008年から現職。専門分野は科学技術コミュニケーション、社会学。科学技術への市民参加を進めるための対話と熟議の手法開発や、その制度化の方策が、現在の主な研究テーマ。科学コミュニケーションセンターでは、フェローの八木絵香さんや日本科学未来館のスタッフとともに、課題研究「科学技術をめぐる参加型の議論の場を不断に創出するシステムの開発」に取り組んでいる。

佐倉 統 氏
(さくら おさむ)
佐倉 統 氏
(さくら おさむ)

佐倉 統(さくら おさむ) 氏 プロフィール
東京大学大学院 情報学環 教授
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、フライブルク大学情報社会研究所を経て、現職。
専攻は進化生物学だが、最近は科学技術と社会の関係についての研究考察がおもな領域。長い人類進化の観点から人間の科学技術を定位するのが根本の興味である。

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