インタビュー

第3回「研究者のためにも、科学のためにもなる科学コミュニケーション」(小泉 周 氏 / 自然科学研究機構 研究力強化推進本部 特任教授)

2014.08.11

小泉 周 氏 / 自然科学研究機構 研究力強化推進本部 特任教授

「科学コミュニケーション百科」

小泉 周 氏
小泉 周 氏

JST科学コミュニケーションセンターフェローで東京大学教授の佐倉統氏が、様々な分野で活躍する人を迎え、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望についてインタビューします。第3回目は同センターフェローで自然科学研究機構研究力強化推進本部特任教授の小泉 周氏(インタビュー時は、自然科学研究機構生理学研究所広報展開推進室准教授)。広報アウトリーチ活動といった科学コミュニケーション活動に関わるようになったきっかけ、中学校での出前授業のために作った「マッスルセンサー」、科学コミュニケーションに研究者がかかわる意義やメリットについてお伺いしました。

―こちらの装置はなんでしょうか?

 「筋電位」という筋肉から出る電気信号を捉えて、豆電球を光らせる教材です。中学校の理科で習う内容ですが、普段は筋電位を感じることがなかなかないので、中学校の理科の教材として使ってもらおうと作りました。

 岡崎市の教育委員会が理科教育に力を入れていて、出前授業のニーズがありました。ただ行って話すだけでは中学生はおもしろがってくれないので、こういった教材を持っていって実際に実感してもらうと作りました。岡崎市内のすべての中学校でマッスルセンサーを使った出前授業をやりました。

―小泉さんはもともと脳科学者、神経科学者としてずっと研究をされていましたが、2007年から生理学研究所(生理研)の広報展開推進室で准教授として広報アウトリーチ活動を始められました。

 アメリカはボストンに5年いて、研究はそのときに非常に頑張りました。その一方で、ハーバード大学の有名な研究者が普段から科学コミュニケーション活動をしているのを目にしました。それを見て子どもたちは喜んでいました。また、ボストンにはミュージアム・オブ・サイエンスがあり、幼稚園くらいの頃から子どもたちは最先端の科学に親しんでいました。

 ちょうどその頃に日本のニュースを見ると、科学の予算が減らそうとしているとか、応用できるものじゃないと科学は意味がないとか、そういった風潮を感じました。国民のためにならない研究にはお金を出さないで、国民のためになる研究に集中投資すると言う話が出ていたのですが、それは科学の本質とは全然違います。科学は何なのかをみんなで考えて、科学リテラシーということになると思うのですが、それをまず向上させないと10年後、20年後に僕自身が研究者として生きていけないのではないかという思いがありました。そんなとき、生理研の広報担当のジョブの話しがあり、そのために、じゃあ日本で頑張ってみようかという思い、帰ってきました。

 科学や科学コミュニケーションでは、バベルの塔を作ってはいけないと思っています。一点集中で高い塔を作るのではなく、裾野を広げて砂山を作るように、少しずつ少しずつ、広く広く集めて、富士山型の頂点というのを作っていかないと頂点もできないと思います。

 それを感じていたので、当時の国の政策を見ていると、頂点だけあればいい、周りはいらないみたいな感じで、それでは倒れてしまうと。

―日本に戻って広報アウトリーチ活動をするために生理研に赴任して、一番苦労したことはありますか?

 関係者のニーズを合わせていくのが、やっぱり大変でした。教育委員会の先生の思いと、研究者の思いと、プレスリリースしたときのメディアの方々の思いと、そういうのをマッチさせていくという作業が一番大変でした。そこがうまく回るようになれば、科学コミュニケーションというのはうまく進んでいくと思うのですが、皆さん思いがあるんですがそれがばらばらというのは、日本に来てすぐ感じたことです。やっぱり足繁く通って話さないといけないと思いました。

 ただ一方で、研究者、特に若い研究者の皆さんも、自分の成果をいろんな人に知ってもらいたいという思いが結構あります。そこで、それぞれの思いやニーズをうまくマッチングさせるのが自分の仕事と思ってやっています。

―アウトリーチ活動となると「研究者にとってどういうメリットがあるのか」とよく聞かれます。研究者にとってはどんな意義がありますか?

 僕の経験をお話しします。僕は視覚生理学の研究をしているのですが、すぐに何かに応用できるわけではない分野です。ただ、研究テーマとしてもその分野の中に閉じこもってしまうと、なかなか抜け出せなくなります。研究はどうしても重箱の隅をつつくようになってしまう。そうではなくて、そこでもうちょっと広い形で、いろんな研究者の意見を聞きながら科学コミュニケーションをやっていく中で、そういった自分の殻を破っていけるんじゃないかと実感しています。

 僕はアウトリーチ活動をするようになって、ほかの様々な研究分野の人と話すことで、研究者としてのアイデアや発想も広がりました。「あ、この研究はこっちとつながるかもしれない」といったような発想が出てきて、自分が勝手に作っていた科学の限界を超えるような方向へ向かっているのは、科学コミュニケーションをやっていて感じたことです。

 そうなんです。そのあたりの研究者の意識が高まれば、研究者の科学コミュニケーションはもっと進むのではと思っています。ただ、研究者は、自分の科学の知識が自分の成果だと考えがちですね。

 でも実は科学の知識は、国の予算で皆さんの税金でやっているというのもありますが、そうじゃなくてもそもそも科学の知識は人類の英知としてみんなに共有されていくべきもので、自分一人のものではありません。自分一人のアイデアだと思っているかもしれないけれど、その後ろには過去の偉大な先人たちの知恵が詰まっています。自分は単なるワンブリックを加えただけ何だという意識を研究者が持つ必要があります。

 なので、さらにそれをみんなで共有することで自分の研究も広がるし、人類の研究も広がっていきます。完全に外部と遮断して一人でずっと研究をやっていくのは、今の時代はあり得ません。それを研究者はもう少し意識していかないといけないのかなと思います。

―科学コミュニケーションというのは、結局研究者のためでもあり、科学のためでもあり、まさにそれが重要ということですね。

(続く)

小泉 周 氏
(こいずみ あまね)
小泉 周 氏
(こいずみ あまね)

小泉 周(こいずみ あまね) 氏 プロフィール
自然科学研究機構 研究力強化推進本部 特任教授
1997年慶応義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。
同大生理学教室で、電気生理学と網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院・ハワード・ヒューズ医学研究所のリチャード・マスランド教授に師事。07年自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授。同研究所・機能協関部門准教授併任、総合研究大学院大学・生理学専攻准教授も兼任。09年8月から文部科学省研究振興局学術調査官(非常勤)も。02-06年日本生理学会の常任幹事などを務める。2013年から自然科学研究機構研究力強化推進本部特任教授。

佐倉統 氏
(さくら おさむ)

佐倉統(さくら おさむ) 氏 プロフィール
東京大学大学院 情報学環 教授
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、フライブルク大学情報社会研究所を経て、現職。
専攻は進化生物学だが、最近は科学技術と社会の関係についての研究考察がおもな領域。長い人類進化の観点から人間の科学技術を定位するのが根本の興味である。

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