インタビュー

第2回「研究者が市民と社会と関わることで、新しい学問を切り拓く」(東京工業大学 名誉教授 / 星 元紀 氏)

2014.08.04

「科学コミュニケーション百科」

星 元紀 氏
星 元紀 氏

JST科学コミュニケーションセンターフェローで東京大学教授の佐倉 統 氏が、様々な分野で活躍する人を迎え、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望についてインタビューします。第2回目は同センターフェローで東京工業大学名誉教授の星 元紀氏。生命科学の研究から、科学コミュニケーションに関わるようになった経緯、星さんの科学に対する考え方について伺いました。

―星さんは、生命科学の研究者でいらっしゃいますね。

もともとは動物学が専門でしたが、生物の研究者としては珍しく化学に近いことをやっていて、糖脂質の構造決定で学位を取りました。その後、アメリカ留学を経て北海道大学低温科学研究所に新しくできた生化学の講座に赴任しました。そこに8年いましたが、わが青春時代です。厚岸にある北大の臨海実験所でカキの脂質を調べたり、ホヤの受精の研究をしたりしました。

その後はイタリアのナポリにある臨海実験所で研究をしたり、名古屋大学に赴任したりして研究をしていましたが、東京工業大学に生命科学の学科ができるということで、東工大に移りました。理学部と工学部それぞれに生命科学関連の学科ができて、最終的に4学科に増えたときに生命理工学部として学部になりました。東工大には定年になる一年前まで15年間いました。その後、慶應義塾大学へ移り、生命情報学科というバイオインフォマティクスなどを研究する新学科に参加しました。

―そこから、現在取り組まれている科学コミュニケーションとか科学リテラシーといったことへの関心に、どのように結びついていったのでしょうか?

東大で助手になったときに博物館委員に任命され、そこで「野外科学のすすめ」という連続講演会をやりました。そのころから日本では科学を非常に偏って捉えているのではないかと考えていました。

そういうことから始まってほかにも講演会などをやるようになり、大学の先生も含めていろいろな人に会うようになると、やはり科学を非常に狭く捉えているのではないかと感じました。また、科学とはあまり縁がない人たちと話していると、自分たちとは関係ない世界と思っているようで、その一方で公害などの問題があると科学者が何かうさんくさいことや悪いことをするという印象を持っている人が多いということを実感しました。そうじゃないんだ、ということを僕は言いたくて。

―東工大は、もともと人文系にも力をいれていますね。

ええ、高名な方もたくさんいらっしゃいます。工学では人が人のためのものづくりをしますね。だから、人とは何かを本当に知らないと工学は成り立たないのではないでしょうか。それを知らないと公害などにつながるのでは、と。

人間とは何かと言うことは、人文科学だけでは不十分で、自然科学のほうからも人間とは何か、生きるとは何かを学ぶのが必要なんじゃないかと考えています。東工大は、人文科学や社会科学としては、その点をいろいろと教育をしていますが、自然科学としてはほとんどしていません。それはおかしいだろうと、東工大の学生全員に基礎的な生物学を必修にすべきだと僕は主張しました。はねつけられましたけれど(笑)。

日本では理工系というと生物学が入らないことが多いのですが、海外の大学では昔から工学系の大学でも生物学を学べるようになっています。カリフォルニア工科大学は1928年に生物学部をつくっていますし、マサチューセッツ工科大学では19世紀末には生物の教育をしています。東工大ではだめでしたけれど、慶應大では当時の学部長が後押しをしてくれて、理工学部の学生には基礎的な生物学が必修になりました。

日本人は好奇心がないと言われることがありますが、全くそうではなくて相当好奇心が高いと思っています。江戸時代に園芸が盛んになりましたが、経験的にメンデルの法則のようなことをやっている。遊びとしてやっていました。たぶん世界最初の女性生物学者の一人は「虫愛づる姫君」なんだと、私はよく言っています。

そういう意味でも日本人は好奇心があるし、自然に対する関心ももともとあります。ただ、科学という立場から言うと、情緒的ですね。科学につながる好奇心は持っているけれど、たぶん理屈が嫌いなんですよね。

―星さんは、科学コミュニケーションセンターでは非常に幅広い科学コミュニケーションを展開されるのですね。

僕たちのチームでは、そもそもコミュニケーションとは何なのか、科学とは何なのかも含めて、基本的なところに立ち返って議論していきたいと思っています。コミュニケーションの専門家、異文化コミュニケーションの専門家、リスクに関わる専門家、科学リテラシーの専門家などヘテロなチームでやろうとしています。日本の文化ではどのような特質があるかというところまで見ていきたいです。

―アメリカやヨーロッパの科学コミュニケーションとは違った形の科学コミュニケーションが日本では必要で、それを発展させていかなければならない、ということですね。

(続く)

星 元紀 氏
(ほし もとのり)
星 元紀 氏
(ほし もとのり)

星 元紀(ほし もとのり) 氏 プロフィール
1965年東京大学大学院生物系研究科修士課程修了。 東京大学教養学部助手、北海道大学低温科学研究所助教授、名古屋大学理学部助教授を経て85年から東京工業大学理学部教授、同大学理学部・生命理工学部教授、を経て同生命理工学部長、同学長特別補佐兼広報室長をつとめた。2000年慶應義塾大学理工学部教授、退職後、2006年放送大学教授を経て現職。
専門は発生・生殖生物学および糖鎖生物学。

佐倉 統 氏
(さくら おさむ)
佐倉 統 氏
(さくら おさむ)

佐倉 統(さくら おさむ) 氏 プロフィール
東京大学大学院 情報学環 教授
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、フライブルク大学情報社会研究所を経て、現職。
専攻は進化生物学だが、最近は科学技術と社会の関係についての研究考察がおもな領域。長い人類進化の観点から人間の科学技術を定位するのが根本の興味である。

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