インタビュー

第4回「若手に、アジアの明日を託したい」(沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー)

2014.07.28

沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー

「サイエンス・ハートでおもてなし 若手の交流でアジアの発展に一石」

沖村憲樹 氏
沖村憲樹 氏

「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」がこの6月にスタートした。東南アジアの高校生、大学生、若手の博士研究員らを夏休みにかけて招待し、日本の科学技術の最先端の現場に触れてもらい、科学者たちとの交流を図るのが狙い。国の将来を担う俊英たちに日本を良く知ってもらい親睦を図ると共に、日本の国際化、グローバル化にもつなげようと一挙両得を目論んでいる。別称は「さくらサイエンスプラン」。ちょうど産地ではサクランボの実がたわわのシーズンでもある。この交流プランが将来どんな花を咲かせ、果実をつけるかが楽しみだ。発案者の科学技術振興機構 特別顧問、沖村憲樹氏に聞いた。

―大人数の外国人学生が来るだけに、滞在中の事故や病気、安全確保が心配ですね。

 確かに万が一の事故がないとはいえません。もちろん保険をかけるなど必要な対策は執っていますが、それで安全が確保されるわけではなく、細心の注意を払わざるを得ません。

 数年前に外務省が各機関に依頼して5000人規模の若者を招いた前例はあります。私もそこで何回か講演をしました。それは霞が関の省庁や関連機関を訪問し、日本科学未来館を見せ、銀座で買い物をして帰国する、という見学コースだったのです。

 今回は個人と個人、組織と組織をしっかり結びつけるためのプログラム作りをしました。非常に受け入れやすい形式なので理解され、企業などにも広がるものと思います。

―受け入れ機関はこれからも増やす方向ですね。

 招きたいアジアの大学は、まだまだたくさんあります。日本側の受け入れも主要大学にもっと積極的に参加してもらいたいのです。おかげさまで企業にはかなり浸透し、前向きに取り組んでくださるところが増えました。

 例えば堀場製作所の会長さんは、環境計測器の関連ビジネスを広げるには、とても良いチャンスになると喜んでおられました。このプランは企業が前面に出るのではなく、公的な事業ですから信頼感が高いはずです。

 アジア各国にとって、今ほど持続的な発展が望まれている時代はありません。環境と調和しつつ経済発展を実現させるためにも科学技術を担う若手の科学者の力が必要です。日本はこうしたアジア諸国のためにしっかりと協力し、支援をしなければいけません。もっと多くの企業に参加していただき、官民一体で進めていきたいですね。

―近隣国との関係が難しくなっている時代に、ここまでうまく実現させたコツは何ですか。

 とにかくこの事業は、JST中国総合研究交流センター長の有馬朗人先生のお力なくしては実現できませんでした。有馬さんは大変喜んでくれて、積極的に支援してくれました。中国物理学会などには有馬さんのお弟子さんや学問上のファンが多く、最も尊敬されている日本人科学者の一人です。文化面でも日中の俳句の会「漢俳(かんぱい)」を続けています。こうした人柄や、長く地味な交流の蓄積、信頼の醸成こそが、実現を可能にした背景だと思います。

―このプランの前段として設けた、7日間の「高校生特別コース」第一陣が7月26日に終了しました。

 高校生は、韓国、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピン、モンゴル、カンボジア、マレーシア、中国からの270人です。第一陣は約40人ずつに分かれ、都内の博物館やつくば市の高エネルギー加速器研究機構などを見学しました。

 日本人のノーベル賞科学者の講演も設定し、白川英樹先生、鈴木章先生、益川敏英先生、野依英二先生、根岸英一先生の話にそれぞれ感銘を受けていたようです。都内のスーパーサイエンス・ハイスクール(SSH)の高校生との交流もしました。日本科学未来館では元宇宙飛行士の毛利衛館長との対話や記念撮影を楽しんでいましたので、日本の雰囲気をかなり知っていただけたのではないでしょうか。

 さらに都内の大学食堂では、昼食体験もやりましたが、胃袋でも日本の良さを感じ取ってもらえたと思います。

―話は変わりますが、科学技術系の研究費(ファンド)配分機関のJSTに、中国総合研究交流センターを設置したそもそもの狙いはなんですか。

 このセンターは私がJSTの理事長のときに作りました。JSTが中国科学院、上海の精密工学研究所(ICORP)と大きなプロジェクトを始めたのを機に初めて中国に行き、とてつもない大きな将来性を感じたのです。それで学術系の機関として初めて13年前にJST北京支所を作りました。

 中国のことをいろいろと調べていて、日本には驚くほど中国情報が不足している実情を知りました。これではいけないと、日中両国の科学技術分野の交流を通じて相互理解を進めるためのプラットホームとして、2006年に「中国総合研究センター(現中国総合研究交流センター)」を開設しました。

 ここで人や情報の強固なネットワークを築き、科学技術の発展に寄与するための基盤を提供し、環境問題やエネルギー問題、少子高齢化など日中両国の共通の課題を解決するためにも役立てたいと考えたのです。

―JSTのホームページの「サイエンスポータル・チャイナ」もその一環ですね。

 ここには中国と日本の最新ニュースを載せています。いま1日に3万人ページビューもの視聴者があって盛んに利用されています。また日本の情報を中国語で発信している「客観日本」は、科学技術、経済・産業、教育・留学、社会・生活、中日交流、日本百科など豊富な内容を盛り込んでいて、今朝は10万(1日)のページビューがありました。

 日本の真の姿を良く知ってもらうことが狙いです。日本がいかに中国の発展の歴史に尽くしてきたかとか、科学技術の最先端の情報、留学希望者に向けて日本の大学の活動内容などを紹介しています。科学ものだけでなく、例えば新幹線の紹介やファッション、流行など社会的な幅広いニュースも載せています。台湾やアメリカ在住の中国人も見ていますが、やはり8割は中国本土からの利用者でしょうね。

―どこでも近隣国同士は何がしかのトラブルを抱えています。そうした感情的なものではなく、科学技術は基礎学問ですからそれをベースにした交流は必要です。アジアの若い科学者は、10数年もたてば中堅の指導者になります。息の長い適切な努力は、両国関係の改善に役立つはずですね。

 中国側は産学連携に非常に関心を持っています。この9月にはJST主催で大学の成果を企業に公開するための「イノベーション・ジャパン2014」を東京で開催します。中国からは30大学ほどが参加する予定です。

 尖閣列島問題が起きてから、両国はこんな論争のままでいいのだろうかと考えました。中国の実態や考え方をリアルに踏まえたうえでの冷静な議論が必要かと思います。

 詳しい学者に日本の中国研究の実態調査をしてもらいました。そこで分かったことは、戦前の中国研究は超一流だったが、現在はレベルが格段に落ちて、アメリカよりはるかに劣位です。国際性や総合性がなく、ばらばらであるとの結論が出ました。

 中国とはこれからも深く付き合っていかざるを得ません。今後をどのように展望し、関係を改善するか、本格的な中国研究と共に、息の長い新たな取り組みも考えたいのです。

―具体的には。

 日本には中国関連の学会が60近くあります。まずはその学会誌を全て電子化し、誰でも利用し活用できるようにしようと考えています。

 JSTのデータベースJ-STAGEは日本の学会発行の電子ジャーナルを蓄積して世界に公開しています。これは理工系の論文が専門で人文社会関連は入っていません。ここに人文系の論文を流し込むのはこれまでは煩雑で難しかったのです。いま、簡単に安価なシステムを作るようにしています。もちろん経済学や政治学の切り口の論文も必要です。どの領域が必要になるのかの議論からしていくつもりです。

 その後に、日本の中国研究を深化するためのグランドデザインを描きたいのです。論文の電子化だけではなく、研究者が自分の足で現地調査するような態勢が欲しいですね。テーマを決めてチームワークで集中的に取り組むなどの研究体制も再考しなければできません。

―さて話を戻して、さくらサイエンスプランの第2期の募集も締め切られました。

 これには200件を超える応募がありました。この中から何件を選ぶかは、8月中旬の審査委員会で決めます。いずれにせよ、初めての催しのわりには、アジア各国からの熱心な希望と、国内関係者の温かい協力が得られてほっとしているところです。研究交流は第一の目的ですが、日本への幅広い関心を持つ若手のファンを増やすことにつながることを何よりも願っています。

―地味な事業ですが、その着実な積み重ねが将来、大輪の花を咲かせるようになることを期待しています。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(完)

沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)
沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)

沖村憲樹(おきむら かずき) 氏 プロフィール
県立千葉高校卒。1963年中央大学法学部卒、科学技術庁入庁。研究開発局長、科学技術政策研究所長、科学技術振興局長、官房長、科学審議官を経て99年科学技術振興事業団専務理事、同理事長、2001年独立行政法人科学技術振興機構理事長、12年同特別顧問、同中国総合研究交流センター上席フェロー。

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