インタビュー

第4回「日本発のコンセプトを“サッカー型”で実現する」(井口博美 氏 / 武蔵野美術大学 教授)

2013.10.29

井口博美 氏 / 武蔵野美術大学 教授

「あすのダ・ビンチを目指せ」

井口博美 氏
井口博美 氏

理系の思考法と芸術系のセンスを結び、融合させる中から新たな創造的人材を生み出そうとの挑戦が、東京工業大学と武蔵野美術大学の連携研究・教育として本格的に始まった。今年6月には両大学学長による正式調印にこぎつけた。「モノづくり」から「コトづくり」へ、そして大きな「社会デザイン」までを可能にするために、豊かな表現力を備え、異分野の相手を理解し、幅広い調整役をこなせる次世代リーダーやプロデューサーづくりを目指す。ひと呼んで和製「ダ・ビンチ作戦」に、早くも企業などから熱い眼差しが注がれている。東京工業大学・野原佳代子教授(第1、2回)と、武蔵野美術大学・井口(いのくち)博美教授(第3、4回)に、順次その狙いや展望を聞いた。

―最近、一般の大学でもデザイン教育に力を入れるようになったと聞きますが。

 芸術系大学だけでなく、工学系、情報系も含めて一般(総合)大学もかなり「デザイン教育」に取り組むようになりました。東京大学ではイノベーター育成を目的に2009年から「i.school(アイ・スクール)」を始めており、これは現実社会で解決が困難な問題やそれを取り巻く複雑な状況に直面した時に、課題解決へのプロセスを主体的にデザインできることを目指しています。

 また京都大学は「デザイン学大学院連携プログラム」で、異分野の専門家との協働によって「社会のシステムやアーキテクチャ」をデザインできる博士人材を育成しています。情報学や工学の基礎研究を結集し、複雑化する問題を解決するための、新たなデザイン方法論を構築しています。

 慶応義塾大学も、「大学院メディアデザイン研究科」や「大学院システムデザイン・マネジメント研究科」などがあり、それぞれに現代社会で複合的な問題解決をできる人材育成を、グローバルなネットワークを強化しつつ推進しています。

 その他にも大学の学部や学科間でローカルに協力し合うことはあるでしょうが、今回のように専門の異なる大学同士が「デザイン教育」に関して正式に協定まで結び、しかも、両大学の学長が握手を交わすセレモニー(大学協定締結式)まで催されるケースは初めてではないでしょうか。

―これまでのデザインは、商品をよりよく見せるためのような、やや付け足しのイメージがありましたが。

 最近の先進的な企業では、経営戦略の中核にデザインが据えられるようになってきました。確かにデザイン面でも中国や韓国脅威論がありますが、中、韓はテレビやパソコンなど、既に世の中に存在する製品を急成長した技術力とコストダウンで躍進しているわけで、全く世の中に存在しない新しいモノやサービスをコンセプト段階から作り上げることは、やっぱり日本にしかできないことです。少し大胆に言えば、日本は世界のために(技術だけではないところの)イノベーションを巻き起こすトリガー的存在なのです。

 もう古い話になりますが、ソニーのかつての携帯型カセットプレーヤーの「ウォークマン」などがその典型例です。「いつでもどこでも好きな音楽を持ち歩き、楽しむ生活スタイル」というソフトウエア・オリエンテッドな製品開発はデザイン部門主導で生まれたものであり、あっという間に街はウォークマンを身にまとう若者で溢れ、やがてそのスタイルは世界を席巻しました。

 ウォークマンは人と音楽の関係性にイノベーションを起こしただけでなく、ビジネス的にも大きな功績をもたらしたことは周知のとおりです。アップル社の今は亡きスティーブ・ジョブズなども若いころからソニーに憧れ、ソニーを徹底的にマークするとともに、日本の企業やデザイン組織を研究し尽くしていたと言われています。

 またアップル社はiPodの戦略展開に際して、「本来はソニーが先鞭をつけるべきところをその潜在市場に気が付いていなかったので、自分たちが出し抜く結果となった」という類いのコメントすら見受けられるのです。

 そのような歴史的事実から、日本が「技術力」や「品質の良さ」に裏付けられた「デザイン」で世界をリードした黄金時代は終わったかもしれません。しかしイノベーションにチャレンジすることを目標に掲げた新しい時代のモノづくりやコトづくりを興すためには、まだまだ日本がリーダーシップを発揮できるのではないでしょうか。

 私は、その「日本式デザイン」の復活に期待する一人です。

―日本にしかできない新しいコンセプトについて、もう少し説明してください。

 日本市場は一部で“ガラパゴス”という言われ方もしますが、市場を構成している日本人自体が生活者として新しいものを受け入れたり、細かいところにもこだわりを持ったりするという国民性で、文化レベルが高いというのが定説です。

 海外からは、日本(市場)で成功することが即ち世界で成功することの近道と見られている向きもあります。したがって韓国メーカーの中には、日本市場に投入するかどうかも分からないのに、テスト・マーケテング的な場として日本をターゲットにしているケースもあるくらいです。

 世界のトレンドを見ても、クリエイティブ発想の源泉として日本発のものが結構あるのです。例えばファッションといえばパリとかニューヨーク、ミラノが情報発信地だと見られていますが、世界有数のデザイナーやクリエイターが新しいコンセプトを発見し創造するために、渋谷や原宿のトレンド観察は欠かせません。

 最近では、それらのエリアに秋葉原も加わっているのかもしれませんね。もはや日本の「カワイイ」文化は世界にもそのまま通用する言葉となり、宮崎駿監督のアニメ映画をはじめ海外でも人気のゲームやコミックなど日本のサブカル系のパワーにも凄さを感じます。

―ジョブズの話が出ましたが、日本でジョブズ的な天才が活躍する場は難しいでしょうか。

 日本の経営者にとっても、経営トップ自らがデザインとビジネスを結ぶマインドを持ち、経営戦略の中心にデザイン戦略を置いて大成功し、誰もが知るところとなったのはジョブズの大きな功績です。これはジョブズの独特の才覚とキャラクター、ならびにアメリカン・ドリーム的な文化風土が開花させたもので、同様なかたちで日本でも成功するかどうかとなると現状のままではちょっと無理でしょう。

 創造力を持った「カリスマ経営者」としての代表がジョブズです。つまりジョブズは、経営者としても天才かもしれないが、さらにデザイン戦略家としても類い稀な才能の持ち主であったからこそ、その称号に相応しいのです。

 その天才の出現が難しいとなると、新たに日本の経営風土に合ったかたちで創造力を培う必要が出てきます。それが私の主張する「集団創造力」という考え方であり、そのプロジェクトチーム化を目指す意味でも、東工大と武蔵美大の協力体制にはますます重要な意味が出てきます。

―天才が能力を発揮できるのがアメリカの風土ですね。日本では天才が出ても、さまざまな波風が立ち、保守的勢力に阻止されるために個人プレーは難しいようです。これからの日本型モデルを、サッカーに学ぶチームプレー型で作り上げるというのはどうでしょうか。

 全くその通りだと思います。それが日本的経営の強みにつながり、日本的なデザイン活動の復活スタイルの有力なモデルになるはずです。統一・固定化された組織力、直線的な動きによって戦うこれまでの「野球型」から、これからは有能な個々人の柔軟な発想による個人プレーとチームプレー(連携力)を生かした「サッカー型」に、時代の要求は変わってきています。

 時々刻々と変わる情況変化をスピーディーに読み取り、まずはチャンスメークするための的確なパス回しが求められます。とかく目立ちたがり屋はすぐにシュートを打ちたがるのですが、その決定力が問題です。一方で自信のない人はすぐに誰かにパスを出そうとしますが、これから注目されるのはゲームメーカー的存在でしょう。

 いわば、いつでもキラーパスを出せる能力があり、信頼感の持ち主でありながら、チームにそのチャンス的局面がないと見れば自らドリブルで仕掛けて突破するか、“タメをつくる”ことができる人材を生み出したいのです。

 実は、この“タメをつくる”という概念には、野原先生も私もお互いにこだわりを持っているような予感がありますので、最終回の議論に取っておきたいと思います。

―科学とデザインの新しい関係の意味合いがますます深まってきますね。次回が楽しみです。

井口博美 氏
(いのくち ひろみ)
井口博美 氏
(いのくち ひろみ)

井口博美(いのくち ひろみ) 氏 プロフィール
福岡県生まれ。神奈川県立光陵高校卒、1979年武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。通商産業省(現・経済産業省)の外郭団体である日本産業デザイン振興会(現・日本デザイン振興会)勤務後、日産自動車が創設したデザインシンクタンク・株式会社イードを経て、2005年から武蔵野美術大学教授。専門は戦略的デザインマネジメント。趣味はドライブ・旅行。著書に『企業が変わるデザイン戦略経営入門』(共著、講談社)『デザインセクションに見る 創造的マネージメントの要諦』(共著、海文堂出版)など。

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