インタビュー

第3回「課題を解決できるプロデューサーの登場を」(井口博美 氏 / 武蔵野美術大学 教授)

2013.10.22

井口博美 氏 / 武蔵野美術大学 教授

「あすのダ・ビンチを目指せ」

井口博美 氏
井口博美 氏

理系の思考法と芸術系のセンスを結び、融合させる中から新たな創造的人材を生み出そうとの挑戦が、東京工業大学と武蔵野美術大学の連携研究・教育として本格的に始まった。今年6月には両大学学長による正式調印にこぎつけた。「モノづくり」から「コトづくり」へ、そして大きな「社会デザイン」までを可能にするために、豊かな表現力を備え、異分野の相手を理解し、幅広い調整役をこなせる次世代リーダーやプロデューサーづくりを目指す。ひと呼んで和製「ダ・ビンチ作戦」に、早くも企業などから熱い眼差しが注がれている。東京工業大学・野原佳代子教授(第1、2回)と、武蔵野美術大学・井口(いのくち)博美教授(第3、4回)に、順次その狙いや展望を聞いた。

―東工大からの呼びかけをどのように受け止めましたか。

 当初は「科学技術とアートの融合」ということで声をかけられましたが、いきなり対極にある両者を結びつけようとするのではなく、その中間的な立ち位置にある「デザイン」を中心に考えるならば、時代や社会の要請も強くなっているので、苦労してもやりがいのある研究だと思いました。一般世間からすると、アートもデザインも一緒のカテゴリーに見えてしまうのでしょうけれど、美大に入学すると同時に「アートとデザインは成り立ちが違う」ということを学びます。

今年6月の東京工業大学・武蔵野美術大の協定締結式で握手する
三島良直・東工大学長(右)と甲田洋二・武蔵野美大学長
今年6月の東京工業大学・武蔵野美術大の協定締結式で握手する
三島良直・東工大学長(右)と甲田洋二・武蔵野美大学長

―東工大との大きな違いを乗り越えるために、どんな手法を考えましたか。

 当面の課題として、私は両者による「イメージの共有化」「感性と論理の往復運動」「集団創造力のためのトライアングル」という3つのテーマを提起しようと思います。

 それでは、1つ1つ説明しましょう。

 1つ目の「イメージの共有化」を推進するには、まずお互いの専門性を尊重するマインドが必要不可欠です。その上で言葉やビジュアルなどをツールとして意志疎通を図るわけですが、それらのセットアップがお互いにコミュニケーションを取るときの大切なパーツとなるわけです。

 世界観を共有するためには、「こんな風に考えたらどうだろうか‥」と投げかけのためのストーリーを両者が歩み寄って描くことです。イメージの共有が進まないのは、お互いの理解がまだ深まっていない証拠です。美大生にとっては、(得意な絵に頼ることなく)言葉やビジュアルやストーリー(ロジック)を駆使しながら多彩なコミュニケーションを取ることが大切な「デザインリテラシー」(基本能力)であり、しっかりと学生のうちに身に着けさせたい能力です。

 2つ目は、初対面の両大学生が集まってもすぐには議論が白熱化するわけでもないので、まずは自分が直感で描いたイメージなどについて、みんなの前で勇気を出して公表することから始まります。

 その口火を切るのがサーブだとすると、そこから「感性と論理の往復運動」、つまりラリー型のコミュニケーションが動き出すのです。感性的なことや論理的なことを、多少の無駄を恐れずにどれだけ相手の話を咀嚼(そしゃく)しながらクリエイティブなマインドを持ってやり取りできるか。

 そこで議論が加熱し「コミュニケーションの摩擦熱」が生まれれば、単なる直線的な往復運動だったものが、何かのきっかけで回転運動に変化して議論がぐるぐると活発に回り出すのです。相互理解のためには感性だけでなく論理性が必要であり、論理性の中にも潤滑油的な感情や感性が欠かせないという認識が求められます。

 3つ目の「集団創造力」というのは、企業における研究活動や商品開発の現場でもしばしば問題になっていることです。例えば商品開発などのクリエイティブな現場では、デザイナー、エンジニア、プロデューサーがプロジェクトチームを組んで仕事をするわけですが、お互いに理解し合うどころか日常的には時々反目することさえ起こります。

 その主張や意見のギャップを中立的立場から整理・解釈し、さまざまな要件を調整し、事業をうまく進めていくのがプロデューサーの仕事であり本来の役割なのです。こうしたプロデューサーが日本ではなかなか育たないために現場では苦労しているのです。

 その理想的なプロデューサーを育成するためには、大学教育においても(専門性の異なる)異分野コミュニケーションの場において、どのように創造的な議論をシンクロナイズさせるかという“同期性”の醸成が大切なように思います。

―社会が、科学技術とデザインとの新しい関係に大きな期待をかけているようですね。

 「ソーシャルデザイン」に代表されるように、デザインに求められる期待や要求はますます広がっていて、もはやその枠組は社会全体的なものとなり、さらにグローバル化が進んでいます。それに対して、デザイン教育の方が目先にある新しいテーマを取り込みつつも世の中のドラスティックな変化には追いつけていないというのが現状なのです。

 またこれまでデザインが対象としてきたものは目に見えるハード的なモノが主体だったのですが、昨今ではそれが目に見えないソフト的なものへとシフトしてきています。

―教育のどのような面が遅れているのですか。

 日本のデザイン教育が、未だデザイン分野ごとに分かれた作品づくりや、ハード的なモノづくり(造形教育)をベースとしており、時代変化に応じた新しい試みや発展性に乏しいのです。

 世の中はハードからソフトへ、単なるモノづくりからコトづくりへというようなスローガンだけは普及したものの、その有力な方法論が見いだせないままに、いつの間にか「ソーシャルデザインの時代」へと突入した感があります。

 もはやデザイン分野を越えた枠組みで、人々のより良きエクスペリエンス(経験)や感動をどうデザインするかという次元に高度化しているのに、デザイン教育の方が後追い状態で時代の変化にしっかりと対応できていないのです。

 「エクスペリエンスデザイン」(経験)や感動のデザインの代表的な成功モデルとしては、ディズニーランドやスターバックス・コーヒーなどがよく例に挙げられます。そこには快適な空間づくりから質の高いサービスや時間の過ごし方の提供など、すべてが集約された形で「感動」や「居心地の良さ」、「おもてなし」「思い出づくり」などが同時に利用者に提供されるようにデザインされています。

―これから目指すべき第4次産業の中核としても注目されますね。

 すでに“メイド・イン・ジャパン”の栄光は総体的に輝きを失っていますが、伝統的に培ってきた技術力やデザイン力は未だ産業的・文化的資産として残っているはずです。改めて、日本が世界のためにリーダーシップを発揮するには「日本式デザイン」の真価を問い直し、(トップダウンではない)「集団的創造力の育成」が必要なことだと思います。

 また“課題先進国”とも言われる日本にとっては、経験や感動のデザインだけでなく、少子高齢化やエネルギー問題、インフラの危機、社会保障制度などの深刻な社会的課題への対応も避けては通れません。それらをどのように解決していくのか、問題解決の処方箋そのものが「デザインの新手法」として求められているのです。

 これらがうまくいけばきっと海外からも注目されるだろうし、大々的なイノベーションを起こすきっかけともなるはずです。こうした解決方法自体を海外にもノウハウ移転し、それに伴う製品やシステム、社会インフラなどを輸出することもできるでしょうし、日本発の将来的なビジネスモデルとして大きな期待が持てるでしょう。

―社会に出てからでは遅いから、学生時代のうちにプロデューサーとしてのマインドを育てようというわけですね。エンジニアとデザイナーのマインドの違いはどう説明できますか。

 これはヤマハ・デザイン研究所の川田学所長との議論から生まれたものですが、ひと言でいうとエンジニアのマインドは“Can do 〜”(今できること)志向であり、デザイナーは“Want to do 〜”(やりたいこと)志向である、と説明するのが分かりやすいと思います。

 つまり、職能ごとに割り切った役割分担としては、「(こんなものをこんな風に)つくりたい」と理想形をかざすのがデザイナーの役割です。それに対して「(技術的に)できる、できない」を現実論で語るのがエンジニアです。その両者のギャップを客観的に掌握して「(妥協案ではない)やるべき‥」目標値を設定し合意形成を図るのがプロデューサーということになるわけです。

 実務社会では、リーダーシップを発揮できるプロデューサーの役割が求められていますが、エンジニア出身のプロデューサーが多い場合にはどうしても意見の隔たりや偏りが出てしまいます。

 その解決方法は、エンジニアのセンスを持ったデザイナーの育成であり、他方でデザイナーのセンスを持ったエンジニアをどのように育てるかにかかっているように思います。

 ちなみに武蔵美大では、今年から東工大との合同ワークショップへの参加者を全学科(11学科)から公募する方式を採りました。参加希望者の関心は高く、さまざまな学科にわたってかなりバラエティに富んでいたようです。

井口博美 氏
(いのくち ひろみ)
井口博美 氏
(いのくち ひろみ)

井口博美(いのくち ひろみ) 氏 プロフィール
福岡県生まれ。神奈川県立光陵高校卒、1979年武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。通商産業省(現・経済産業省)の外郭団体である日本産業デザイン振興会(現・日本デザイン振興会)勤務後、日産自動車が創設したデザインシンクタンク・株式会社イードを経て、2005年から武蔵野美術大学教授。専門は戦略的デザインマネジメント。趣味はドライブ・旅行。著書に『企業が変わるデザイン戦略経営入門』(共著、講談社)『デザインセクションに見る 創造的マネージメントの要諦』(共著、海文堂出版)など。

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