インタビュー

第1回「都市のなかの『水がめ』-下水再生水を活用しよう」 (浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授)

2013.07.16

浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授

「世界中から頼りにされる水再生利用学博士」

カリフォルニア大学 名誉教授 浅野 孝 氏
カリフォルニア大学 名誉教授 浅野 孝 氏

世界の各地で水事情がひっ迫している。異常気象や人口急増、森林破壊、産業の進展などによって、水不足や洪水、環境汚染が起きている。水問題の解決に優れた成果を挙げ、2001年に“水のノーベル賞”と呼ばれる「ストックホルム水賞」を受賞した浅野孝・カリフォルニア大学名誉教授が、JST戦略的創造研究推進事業「CREST」の領域アドバイザーとして来日した。再生水利用の技術アドバイザーとして米国をはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで活躍している。食糧や燃料は不足しても替りのものがある。だが生命にとって必須の水には代替物というものがない。「いつ起きるかもしれない渇水の恐怖に、日本もしっかり備える必要がある」と警告した。

―アメリカ在住も今年でちょうど50年目ですね。最近の生活はいかがですか。

私の勤めたカリフォルニア大学デーヴィス校の同僚と4年間かけて書いた水再生利用学の教科書、『Water Reuse: Issues, Technologies, and Applications』を2007年に出版し、この分野の講演やコンサルティングで大変忙しい生活を送っています。この本は日本語訳が『水再生利用学―持続社会を支える水マネジメント』(2010年)として、技報堂出版より出ました。また、中国語版も2011年に出版され、次はスペイン語版が計画されています。

そんなわけで、1970年代後半にカリフォルニア州水資源管理局の水再生利用専門官として始めた水再生利用技術や研究が良い同僚に恵まれて、カリフォルニア大学デーヴィス校で開花したのは幸せでした。

―ストックホルム水賞受賞から12年になりますが、その後の反響は。

授賞式では、カール16世グスタフ国王から賞金15万ドルとオレフォス・クリスタルの像を直接手渡されました。素晴らしい授賞式で、大変権威ある賞で胸が熱くなりました。賞金はカリフォルニア大学デーヴィス校の大学院に奨学金として寄付しました。

かつて、留学生として貧乏だった頃のアメリカの寛容さに対するご恩返しの気持ちでした。少し自慢話になってしまうのですが、大学は受賞記念に環境工学科のあるホールに「浅野受賞記念コーナー」を設けてくれて、関係業績が展示されています。

学生たちはジョークで、このコーナーを「アサノ・シュライン(神社)」と呼んでいます。また、私の名前を冠したセミナーが続いています。水資源工学、環境工学などの専門家が大学に招かれています。日本の若手の研究者も招かれていますよ。

大学外部の仕事としては、古巣のカリフォルニア州水資源管理局の会議に出席したり、公衆衛生省の水質基準作り検討委員会に出たりしています。

次世代のエンジニアや研究者が活躍してくれて、「学校の先生」として本当に嬉しく思っています。

―水賞は、どんな活動が評価されたのでしょうか。

水資源の総合管理のなかで、使用済となって川や海に放流される都市下水処理水の再利用です。高度技術で浄化し、再生水として農業や工業に利用したり、公園の環境や修景に生かしたり、地下水に人工涵養したりするための先駆的な基準作りに貢献した研究が評価されたのだと思います。

『カリフォルニア・タイトル22』と呼ばれる再生水基準があります。世界各地で再生水を利用するにあたって、この基準がお手本になっています。渇水や人口急増で水の確保に苦労しているカリフォルニア州は、再生水利用の研究、実践のリーダー格ですが、アリゾナ州、フロリダ州やヨーロッパの地中海沿岸でも先駆的な取り組みが進んでいます。また、アフリカのナミビア共和国の首都ウィンドホク市では、十数年前から下水を高度処理して実際に飲み水として使っています。

授賞式では、「浅野はパイオニアだ」と強調してくれました。それは有難いお言葉でしたが、私は世界各地で実践されてきた再生水利用を統合・理論化して水再生利用学として体系化したので、言わば、点から線につなげる仕事が評価されたのだと考えております。私の仕事は学問だけでなく、役所にもおりましたので実務を伴った総合的な水管理の実践の重要さが認められたのでしょう。

―最近発表した論文も評判を呼んでいるようで。

私の同僚の名誉教授2名と若いポスドクとの連名で、カリフォルニアの水問題の解決策を論文にしました。

ロサンゼルス市など州南部は元々が砂漠で、水資源が極めて少ない地帯です。州北部やコロラド州の山岳地帯から、延々1,000キロ以上も導水路で導水しているのです。日本でいえば青森-福岡間の距離にも相当しますね。

このため北部のサンフランシスコ湾・デルタ地域の環境破壊が問題になり、また送水のポンプアップには州全体の約19%にも上る膨大な電力を消費しています。地震やテロで破壊される危険性も残されています。

将来にわたってサステイナブル(持続可能)な水利用を目指すには、こうした“遠い水”に大きく頼ることなく、もっと“近い水”に目を向けるべきです。海に捨てられてきた下水処理水を、最新の技術で高度処理し、病原菌や環境ホルモン物質などを完全に除去して、その地方の安全な飲料水として再利用すれば、カリフォルニアの環境問題も水資源確保も解決できると提言したのです。

―そうした再生水利用の提案は、これまではなかったのですか。

かんがい用水などの水資源としての提案は、過去にもたくさんありました。だが、10年に1度くらいの渇水や水不足では、その時だけのひと騒ぎで終わってしまうことが多かったのです。しかし、以前と比べ水の浄化技術が大きく進歩したことと、持続可能でローカルな水資源を確保する重要性について、住民の理解も進んだように思います。

論文は、行政などの公的なデータを基に、難しい数式を避けて分かりやすく書いたことも良かったのでしょう。最近の膜処理技術なども急速に進歩し、実用化の整備は整ってきたといえます。米国のこの分野の技術は日本より10年は先行していますから、おおいに期待をもっています。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

浅野 孝 氏
(あさの たかし)
浅野 孝 氏
(あさの たかし)

北海道札幌市生まれ。道立札幌南高等学校卒。1963年北海道大学農学部農芸化学科卒。65年カリフォルニア大学バークレイ校工学部土木・環境工学科工学修士、70年ミシガン大学土木環境工学科で工学博士。81年カリフォルニア大学デービス校教授。78年から99年までカリフォルニア州水資源管理局で特別研究職の水質高度利用専門官を兼務。水循環、再生水利用のパイオニアとして、アメリカをはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで水の技術アドバイスや講演を続けている。2009年からCREST水領域のアドバイザーを務める。1999年米国水環境連盟よりMcKeeメダル、2001年ストックホルム水賞。北海道大学名誉博士(2004年)、スペイン国カディス大学名誉博士(2008年)、瑞宝重光章(2009年)などを受けた。

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