インタビュー

第5回「まず、逃げましょう」(河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員)

2012.08.30

河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員

「復興は徹底した話し合いから」

河田惠昭 氏
河田惠昭 氏

東日本大震災を機に防災、特に自然災害対策に多くの人々の関心が高まっている。新聞やテレビを介した地震学者をはじめ防災研究者の発信量も急に多くなった。一方、6月に閣議決定された科学技術白書は、大震災を機に科学者・技術者に対する信頼感が低下したことを指摘している。科学者・技術者がそれぞれ個人の立場で発信する意見の中に、責任ある立場にある指導的科学者・技術者の見解が埋もれてしまっていると感じる人も多いのではないだろうか。中央防災会議「防災対策推進検討会議」は7月31日、「災害対策のあらゆる分野で「減災」の考え方を徹底することが大事だ」とする最終報告書を公表した。「防災対策推進検討会議」の有識者委員をはじめ複数の中央防災会議専門委員会で座長も務める河田惠昭・関西大学社会安全学部長に「今、急がれる論議」と「やるべきことは何か」を聞いた。

―東日本大震災をきっかけに、政策決定者である政治家と、それに対して科学的なデータを提供する科学者・技術者の関係をきちんと整理し直そうとする議論が活発化しましたが、実際には何か変わったことはあるのでしょうか。

昨年10月に首相官邸に「防災対策推進検討会議」という専門調査会ができました。座長の藤村官房長官以下閣僚が8人、民間から12人の委員で構成されています。そのうち4人が私を含め学識経験者ということになっています。意思決定において何を大事にしなければいけないかという議論に、省益が優先されるということは決してありません。全てがこうなっているとは思えませんが、政策決定者と科学者・技術者との役割分担を見直す芽生えはあるということです。

昨年9月に中央防災会議「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」の座長として中間報告をまとめたのに続き、この7月には防災対策推進検討会議の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」の主査として中間報告をまとめました。南海トラフでの地震・津波に対しても、発生頻度は比較的高い津波と、発生頻度は極めて低いけれど発生すれば甚大な被害が起きる津波の両方を想定した対策を提言しています。こうした座長や主査を務めさせていただいているのも、40年くらい防災をやってきて、防災研究者の皆さんが「河田だったら大丈夫」と言ってくださるからです。

専門調査会や作業部会などをつくるにあたっては、学界における信頼関係というものをきちんと前面に出していくことが大事です。妙な理由で委員会などをつくってしまうのはいけません。

―委員の選任にはまず学界の推薦が必要という形になってほしいですね。

少なくともそうしてほしいです。本当は学界が全て責任を持つようにするのが一番いいと思います。同時に国民がそうした仕組みになっていることを知ることが重要です。政府も意思決定において「これから日本はこうしていくのだ」という広報をぜひやっていただかないと困るのです。東日本大震災が起こって、あるいは原子力発電所の事故が起こって、これまでの日本の意思決定にこういう問題があった、ということをきちんと明らかにし、「その轍(てつ)を踏まないために政府としてはこうしたいのだ」ということをもっと国民に向かって問いかけていただかなければいけませんね。

―今回の大震災であらためて、自然災害を理解するには不可欠な地学が初中等教育で軽視されているのでは、と感じました。地球科学と言ってもよいのでしょうが、地学の教育、人材育成に問題はないのでしょうか。

5月に幕張で日本地球惑星科学連合の大会があり、私も話をしました。地学の人たちも地学というフィールドの中だけでどうこうという提示の仕方ではまずいのです。地学と社会の接点の所をもっと分かりやすく説明すべきです。活断層や火山の噴火が社会の人間の生活の営みとどうつながっているのかにもっと目を向けないと、単なる知識に終わってしまうのです。自分の近くに流れている川は淀川で、生駒山が高さ何メートルかといった知識よりも、自分の足元に上町断層帯があって、この断層帯が動いたらマグニチュード7.6の地震が起きる、といった情報こそ必要なのです。

しかし、その情報が必要かどうか、多くの人はすぐにはピンときません。地震のエネルギーがマグニチュード7.6ということよりも、この断層が動いたらこんなインパクトがあって、こんな被害が出るのだということも示してくれないと分からないのです。「私は地震のメカニズムはやるけれど、被害に関することはやらない」では、自分の住んでいる世界とは全く関係のない、まさに教養でしかありません。災害の問題は生活につながっているから、教養だけにとどめておいてはいけないのです。それは物理でも、化学でも同じことです。

私たちの日常生活とどうつながっているかを検討せず「それがサイエンスだ」なんて言っていたら、頭の中の知識だけで、何の役にも立たないじゃないですか。理科教育がわれわれの生活を豊かにする、あるいは安全にすることにどうつながっているのか、ということに関心を向けないと、自分と理科との間に境界をつくってしまう結果になるだけです。

例えば大雨警報が出ている時、「ああ、そうだ。マンホールから雨水が逆流するかも」と思うことで、初めて大雨洪水警報というのが役立つわけです。ただ「大雨が降っているな」ではなく、「これから帰る道路にガードをくぐる箇所があったら、車が水に浸かるかもしれないな」と思いを巡らすことで情報として生きてくるわけです。

「土砂災害警戒情報」が出たら、2階に行った方がいいのです。土砂災害で亡くなった方の約90%は、1階で亡くなっているからです。「ああ、そうだ。あの先生は2階の方が死ぬ率は小さいと言っていた」と思い出して2階に上がる。こうなることで、生活に役に立つわけです。知識にしか過ぎない教養ではなく、地学を文化にしなければいけません。

私は阪神・淡路大震災の後、三重県の地震防災対策委員長をしています。毎年のように、土砂災害と風水害で結構高齢者の方がお亡くなりになるのです。それも大体避難が遅れてしまって、取り残されたことによっています。

三重県から私に「啓発用のパンフレットを作っていただけないか」という打診が一昨年の6月にありました。「それでは、ちょっと本格的に避難を啓発するようなものを書いてやろうか」と思い立ちました。この手の冊子は、いろいろな分野の先生に分担執筆してもらうと収拾がつかなくなります。「ここは一人で頑張ろうか」と書いたのが、この「にげましょう-災害でいのちをなくさないために」(株式会社共同通信社発行)という絵本です。

これから印刷しようというときに東日本大震災が起こりました。その時点では竜巻、火山噴火、原発事故は入っていませんでした。急きょ、それらを加え、絵本とはいえ各章の後ろにそれぞれの災害の危険について説明文も入れました。

災害や事故というのは、実際に出会うまで怖さが分からない人が大半です。怖さが分からないから逃げるタイミングを失ってしまいます。いつ逃げればよいか、大人も子供もすぐ分かるように書いてありますので、たくさんの人がこれを読んで、災害や事故から助かってほしいと願っています。

(完)

河田惠昭 氏
(かわた よしあき)
河田惠昭 氏
(かわた よしあき)

河田惠昭(かわた よしあき) 氏のプロフィール
大阪市生まれ。大阪府立大手前高校卒。1969年京都大学工学部土木工学科卒、74年京都大学大学院工学研究科博士課程土木工学専攻修了、京都大学助手。93年京都大学地域防災システムセンター教授。巨大災害研究センター長、人と防災未来センター長を経て2005年京都大学防災研究所長。09年京都大学退職、関西大学環境都市工学部教授。10年から現職。中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」、「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」の座長を務めるほか昨年10月に設けられた「防災対策推進検討会議」の委員も。

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