インタビュー

第1回「子どもの頃の夢をかなえる」(橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授)

2012.07.13

橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授

「東大教授が挑戦する小、中学生向けの新エネ
ルギー講座」

橋本和仁 氏
橋本和仁 氏

東日本大震災と福島原発事故から1年余が過ぎた。エネルギー問題の重要性はますます高まるばかり。次世代の子どもたちにエネルギーをどう教えたらいいか、専門的で難しいテーマだけに、義務教育の現場では混乱や戸惑いが広がっている。光触媒の開発や有機薄膜太陽電池、微生物を用いた発電システムなど、幅広い分野で世界最先端の成果を挙げている橋本和仁・東大教授が勇躍、北海道空知郡南幌(なんぽろ)町の小、中学校を訪れ、「新エネルギーについての学習会」で講演した。東大教授の熱血授業に、はたして子どもたちの反応は?

―学習会向けの資料作りでは、どんな苦労がありましたか。

とにかくこんなに長時間、資料作りに関わったのは本当に久しぶりです。南幌小3、4年生と同5、6年生、南幌中学の3グループに分けて、それぞれ理解できるように話の内容を変えてみました。

年間100回以上も講演や講義をしているので、話をするのは慣れてはいるつもりですが、小、中学生を相手の授業はどうして良いやら見当がつかなくてね。

昨年、小学生向けの学習雑誌の取材を受け、「ドラえもんのエネルギー」という話をしたら記事として紹介されたので、これをヒントに全てゼロから独自のパ ワーポイントの資料を作りました。資料作りは大変でしたが、授業の方はやってみると、「案ずるよりも産むが易し」で、低学年の子どもたちが、私の話に真っ 当に反応してくれたのでホッとしました。嬉しかったですね。

―学習会を主催した北海道・南幌町との関わりは。

実は私の故郷なのです。生まれも育ちも南幌町です。88歳で独り暮らしの母が健在のため、度々帰郷しているのです。そんな折り、三好富士夫・南幌町長らが大学に来られ、新エネルギーの講演を頼まれたのです。南幌町開拓140年、町政施行50周年の記念事業として、子どもたちにエネルギーの大切さを学んでもらい、夢を持ってもらえるような話をして欲しいとの要請でした。

二つ返事で了解したものの、こんなに大変だとはあとで少々後悔しました。でも小学生に話すというのは全く経験のない分野。挑戦してみようとの気持ちがわき起こりました。

この町の主産業は米作りです。不要になった稲わらをストーブ用のペレット燃料やメタノール燃料にするバイオマス利用を進めるなど、「地域新エネルギービジョン」を策定して積極的に取り組んでいます。

新エネルギー関連では、私は科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「ERATO」で、来年3月までの6年間、「橋本光エネルギー変換システ ム」の研究総括を務めており、太陽電池や田んぼ発電、光触媒など、様々な研究で世界的な成果を幾つも挙げていると自負しています。ですから、しゃべる材料 は豊富にあります。

―科学者への道を目指したのは、何かきっかけがあったのですか。

ありました。今も忘れられない小学4年生の頃の驚き体験です。隣家の中学生のお兄ちゃんから「水は、水素と酸素からできているのだぞ」と教えられたのです。その話がとても面白く衝撃的でした。そこで私は「どうして水から水素と酸素を作らないのだろう」と考えた。これができればエネルギーは無尽蔵に作れるのに、不思議でなりませんでした。実に、このお兄ちゃんの一言が、研究者への道を決めるきっかけになったのです。

―当時の“お兄ちゃん”の役目を、今回は橋本さんが果たされるわけですね。

さほどのことではありませんが、できるだけ良い資料を作って子どもたちを大いに刺激したいと本腰を入れました。小学生や中学生向けの適切なエネルギー教育 の材料はほとんど見あたりません。専門的な講演なら資料は幾らでもあるので目的に合わせて簡単に取りそろえられますが、子ども向けのものがなく、実に数日 かけて独自に作りました。子ども向けだからといって、中途半端な内容で話をするわけにはいきません。鋭く見破られてしまいます。私がいま取り組んでいる研究を基に、その本質的なところをきちんと紹介しようと考えました。最先端の研究エッセンスを、リアルタイムで子どもたちに説明するのです。

作成した渾身の資料を同僚の研究者や研究室の大学院生たちに見てもらったところ、とても好評でしたが、子どもたちがこれをどう受け取るかが未知数でした。

―最先端の研究とは。

例えば6月4日に科学論文誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された「微生物電池」に関連した研究です。この論文の内容の一部も6月29日の学習会で話しました。

―新エネルギーの中でも、どんな話題が中心ですか。3つの講演で話された内容をおおざっぱに説明してください。

小学3、4年生には、おもちゃのロボットやヘリコプターなどが電池で動くのと、生き物が食べ物を食べて動くのは、エネルギーの面から見ると同じ理屈である と紹介します。この考え方を基に「微生物電池」を説明し、食べ物(どらやき)で動くロボット(ドラえもん)を解説しました。一方、私の故郷は見渡す限り水田が広がっています。子どもの頃は田んぼでドジョウやカエル捕りの遊びをし、沢ガニ釣りを楽しんでいました。その子供の頃の 体験が私の研究に影響を与えていると思います。JSTの戦略的創造研究推進事業・ERATOプロジェクトでは、微生物電池も研究室で実験するだけでなく、田んぼに入って「田んぼ電池」として実験し、そこから新しい事実を発見しました。この内容を5、6年生に、イネの光合成と、田んぼでの嫌気性微生物を組み 合わせて発電する「太陽電池」として紹介しました。

中学生には、植物の「光合成」や太陽電池から始めて、私が長年研究してきた「環境浄化の光触媒」を説明しました。さらにエネルギー獲得型の光触媒、「人工 光合成」を是非とも実現して、小学生の頃に夢見た水から酸素と水素を発生させようと挑戦している最先端の研究にも触れています。

子どもの頃の夢をかなえる
子どもの頃の夢をかなえる

―楽しみですね。次回はまず小学3、4年生の学習会のようすからご紹介ください。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)

橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年、北海道・南幌町生まれ。函館ラサール高校卒。80年、東京大学大学院修士課程修了。分子科学研究所助手、東京大学講師、助教授を経て97年から東京大学大学院工学系研究科 教授。日本学術会議会員。JST戦略的創造研究推進事業「ERATO」(2007-12年度)と「さきがけ」の研究総括、「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の運営総括、「CREST」の副研究総括などを務めている。日本IBM科学賞、内閣総理大臣賞、恩賜発明賞、日本化学会賞などを受賞。

関連記事

ページトップへ