コラム - インタビュー -

第4回「教育こそ復興のかぎ」

東京大学医科学研究所 特任教授 上 昌広 氏

掲載日:2012年5月25日

「縁 - 被災地復興の起動力」

福島原発事故で居住地から強制避難させられた人々の苦難を伝える報道が続いている。一方、住み慣れた地から逃れることを善しとしなかった、あるいは避難したくてもできなかった人々が多い地域の支援活動を震災直後から続けている人々の姿は、詳しく伝えられていない。心ある人たちといち早くネットワークを構築し、福島原発1号機の隣接地で地域と一体となった復旧、復興活動をけん引する上 昌広・東京大学医科学研究所特任教授(医療ガバナンス学会 MRICメールマガジン編集長)に、これまでの活動と復旧・復興活動で最も大事なことは何かを聞いた。

- 相馬市、南相馬市における復興の鍵を握るのは何か、あらためて伺います。

上 昌広 氏
上 昌広 氏

復興は人づくりが鍵で、人づくりの根幹は教育です。これまで明らかにされている東日本大震災の復興計画で「教育投資」という言葉が出てこないのはおかしい。日本は、かつて総理大臣より高い報酬を払ってでも外国人の教師を招いた国です。教育がきちんとしていれば人は被災地からも逃げ出しません。特に若い母親は、自分の子供たちの教育を最も重視します。福島県立相馬高校は、今年の国公立大学進学者が4割増えました。毎年30人前後だった国公立大学の合格者も42人に増え、11年ぶりに京都大学に合格したほか、一橋大学にも合格者が出ました。

こうした結果が出た背景には、生徒、教師、父兄の頑張りに加え、ボランティアの支援がありました。代々木ゼミナールで国語の教師をしている藤井健志氏が、特別指導を買って出ました。氏は東大剣道部時代、私の1年後輩です。災害時には、こうしたインフォーマルなネットワークが力を発揮するのです。

重要なのは、相馬高校に、公立高校とは相性が悪い「予備校講師」を受け入れてくれた先生がいたことです。中心的役割を担ったのは高村泰広教諭です。高村教諭は、「先生全ての合意を待っていたのでは、こうしたことはいつになってもできません。とにかくやれることからやる、もしうまくいかなかったら別のことを考えるという試行錯誤の精神が大事だ。」と言います。

藤井氏が言うには「相馬高校には光る原石がたくさんある。県立高校だから受験テクニックを教えるだけではないこともあり、東京、大阪などの高校生のように受験テクニックには長(た)けていない。伸びしろがまだまだある」ということでした。とにかく今年春の相馬市の最大の話題は相馬高校の躍進だと思います。こうした結果は継続が期待できるもので、今年の3年生の学年主任は、今春の実績を下回れないというプレッシャーを相当感じているのではないでしょうか。

また、兵庫県の灘高校からは生徒の有志8人が前川直哉教諭に引率されてこの春休みに被災地を訪れ、相馬高校の先生、生徒たちとも交流しています。前川氏は阪神・淡路大震災当時、高校3年生でした。両親の経営する喫茶店が半壊したため、大学進学は奨学金とアルバイトで賄った人です。昨年の夏休みに東日本大震災の被災地を訪ねなかったことを悔やんでいました。私の灘高時代の同級生でもある別の灘高教諭に前川氏のことを相談され、相馬市訪問を手助けしました。

灘高校との交流を通じて、相馬高の生徒たちは大変な刺激を受けました。相馬高校の3年生で一番成績がよいといわれる生徒は、当初東北大学の数学科を志望していたのですが、灘高生との交流の結果、東京大学の理科一類に志望を変更しています。

一方、灘高生にとっても、被災地を訪れ、人々と交流したことは大きな財産になりました。ハーバード大学やエール大学を目指す生徒もいる灘高生として、地元、阪神・淡路大震災の経験もなく、その上、東日本大震災についてもよく知らなくては日本人として恥ずかしい、という思いがあったからです。

- 効果があるのは具体的な取り組みの積み重ね、ということかと思いますが、ほかに成果を挙げている例はありますか。

よくグローバル化ということが言われますが、最もグローバル化が進んでいるのはスポーツと芸術の世界です。昨年、神戸のアジア陸上競技選手権や、韓国・大邱で開かれた世界陸上競技選手権大会などに出場した横田真人という陸上中距離の選手がいます。この人が相馬高校の生徒を教えたいと2カ月間に1回、合計7回相馬市を訪れました。子供たちというのは1度だけ来た人に対してはさめた目で見ていますが、3回続けて来ると態度が変わります。名前で呼ぶようになり、選手の側も最初、迷惑ではないかという遠慮がちな気持ちもなくなり、良好な人間関係ができてきます。

横田選手の指導の効果はてきめんで、3,000メートル走のタイムを15秒縮めたなど陸上競技部員のほぼ全員が飛躍的な進歩を示しました。それまでは東北大会に毎年、数人出られるかという状態だったのが、半年後にはインターハイ出場を狙う選手が出るまでになっています。

島津義秀さんという加治木島津家第13代当主で、精矛(くわしほこ)神社の宮司をしておられる方がいます。薩摩琵琶の弾奏者、さらには薩摩武士道「野太刀自顕流」の継承者としても知られています。この方に相馬高校の剣道部員を指導してくれないかとお願いしました。鹿児島というところは昔から人材育成には熱心な土地です。剣道も非常に強く、相馬高校の生徒たちにとっては自顕流を身近に見るだけでも大変な経験です。今では相馬の生徒たちが鹿児島を訪れようという話まで出ています。

運動部の活動を活発にすることは、スポーツ推薦入学者を増やし、高校の大学進学実績も高める結果になるわけです。

- 環境保全活動などでも指摘されたことがあります。いつまでもボランティアベースで進めると結局、持続できない。ビジネスとして成り立つようにするのが大事、というのですが。

教育に関しては、確かに現段階ではボランティア活動の範囲にあります。しかし、どうでしょう。予備校が例えば仙台から講師を派遣するという形で、将来ビジネスにすることは可能ではないでしょうか。既に考えているかもしれません。

運動選手の支援活動についていえば、運動選手側にとってもメリットがあるのです。有名な選手というのは大体、選手としての峠を越えている場合が少なくありません。よく陥りがちなことは、練習をしないといけないという恐怖心から練習過多になることです。高校生たちと一緒に練習することで、自分の現状をよく見ることができ、自分自身にとってもよい結果につながるのです。また、多くのアスリートの悩みは現役引退後の生活をどうするかで、高校生たちを指導することは、指導者としての道を開くことにもつながる可能性があるわけです。

ビジネス展開ということで言えば、もっと大きなことがあります。前にもお話ししましたが、東日本というのは医師の養成ということでも明治以来、差別されてきた歴史を持ちます。今でも九州だけで医科大学、医学部を持つ大学が10もあるのに対し、東北地方は6つしかありません。医学部、医科大学ができると地域の医療が崩壊するなどという反対論がありますが、そんなことはありません。逆に医学部、医科大学が少ないことをよいことに、医学部や医科大学の医師たちは、新しいことにことごとく消極的になりがちです。「ほかにやることが多くてできない」といった言い訳ばかりして…。住民がこうした現状に対し、批判しないことの方がおかしいのです。

幸い相馬市や南相馬市には、前に紹介した毎週月-木曜、南相馬市立総合病院で非常勤内科医として働く東京大学医科学研究所の大学院生、坪倉正治医師のほかに、この4月から獨協大学の准教授を辞めて同病院の神経内科で診療にあたっている小鷹昌明医師や、京都大学の助教授から製薬会社を経て相馬中央病院の副院長になった小柴貴明医師のような方がおられます。こうした動きを受けて福島県もようやく福島県立医科大からの医師派遣を検討するようになりました。医師が増えることは、地域の経済を活性化するメリットもあるのです。医師1人が働くことで、病院の収入は1億円になるといわれていますから。

福島県の太平洋に面した浜通りと呼ばれる地域には、大学がありません。ここに大学の医学部をつくろうという声が出ていることに注目しています。仏教の大宗派である曹洞宗が関心を持っています。曹洞宗は地方に信徒が多いのですが、檀家の減少という大きな問題を抱えていることもあって、医療には関心が高いのです。天理教団がつくった天理医療大学というよい手本があり、ここでは僧侶が関わる末期患者に対する医療が特徴となっています。

曹洞宗は、駒澤大学、愛知学院大学に加え、仙台市で東北福祉大学も運営しています。東北福祉大学と仙台厚生病院と合併して医学部をつくろうという動きがあり、相馬市か南相馬市にその分校をつくろうという構想があります。これが実現すれば、この地域の復興に大きな力となる、と期待しています。

東日本大震災後に、さまざまな復興計画が打ち出されていますが、国や県が主導する復興計画や改革プランはほとんど役に立ちません。地道な積み上げしか解決策はないのです。中でも鍵を担うのは人材育成、つまりは教育です。

(完)
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上 昌広 氏
上 昌広 氏
(かみ まさひろ)

上 昌広(かみ まさひろ)氏のプロフィール
兵庫県出身。灘高校卒。1993年東京大学医学部医学科卒、99年東京大学大学院医学系研究科修了、虎の門病院血液科医員。2001年国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、05年に東京医科学研究所に異動。現在、先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門特任教授として、医療ガバナンス研究を主宰。

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