インタビュー

第2回「OECD討議参加で国内研究基盤も整備」(永野 博 氏 / OECDグローバル・サイエンス・フォーラム 議長)

2011.08.09

永野 博 氏 / OECDグローバル・サイエンス・フォーラム 議長

「国力に合った科学技術国際協力を」

永野 博 氏
永野 博 氏

国際協力の重要性は科学技術分野でも高まりつつある。しかし、東日本大震災では日本から発信される福島第一原子力発電所事故に関する情報があまりに少なく、海外諸国の日本に対する不信感を高めてしまった。地球環境、防災、感染症対策など世界共通の課題に関しては国際協力を進め、知識を共有すべきだというのが国際社会の常識になりつつある中で、日本の政府、産業界、学界に対する評価は大きく低下したことが心配される。科学技術分野における日本の国際協力の実態はどうなのだろうか。1月に、経済協力開発機構(OECD)科学技術政策委員会の小委員会である「グローバル・サイエンス・フォーラム」の議長に就任した永野 博・政策研究大学院大学教授に聞いた。

―OECD(経済協力開発機構)の「グローバル・サイエンス・フォーラム」のこれまでの活動と、そもそもこのフォーラムがどのような目的を持つのか聞かせてください。

まず、OECDについて説明させてください。1948年に設立された前身の欧州経済協力機構(OECC)は、第二次世界大戦後の欧州の復興を目指した機関です。設立時は西欧16カ国が加盟していましたが、2年後に米国とカナダが準加盟国として参加、さらに欧州と北米が対等の立場で発展、協力を図るOECDに発展し、64年に目的と加盟国を拡大した際、日本も参加するという歴史があります。

「グローバル・サイエンス・フォーラム」は、OECDの科学技術政策委員会の小委員会として1992年に設立された「メガサイエンス・フォーラム」がその前身です。加盟国の科学政策担当者と科学者が共に出席し、主として基礎科学研究における国際協力を推進するため定期的に話し合うのが目的です。なぜこうした組織ができたかについてはOECDの目的に立ち返って説明できます。OECD条約の第2条には、「加盟国政府は…、科学および技術の分野において資源の開発を促進し、研究を奨励し、職業訓練を推進することに同意する」と明記されているのです。科学技術の分野でいろいろ協力するというのは、非常に自然なことなのです。研究推進がOECDにとって当初から大きな目的になっているというのは、あまり知られてないのですが。

「メガサイエンス・フォーラム」という名称で、この作業部会が設立されたきっかけは、大きな加速器をどこに造るかということの議論からだと思われます。米国がSSC(超電導超大型加速器)計画、欧州がLHC(大型ハドロン衝突型加速器)建設計画を発表して、巨額の予算を必要とする超大型加速器計画が競合しそうな形になったことがあります。結局、SSC計画は中止され、LHC計画が実現しました。そういう議論の中で大きな研究施設を造るときには、政策担当者の間で、科学者も入れてコミュニケーションを図るべきだということになったのでは、と思います。

これまでの成果はいくつもあります。その一つが、INCF(International Neuroinformatics Coordinating Facility=国際ニューロインフォマティクス統合機構)です。ニューロインフォマティクスとは、情報技術を活用した研究基盤の上で、脳・神経科学を進めるための学問分野です。世界中でさまざまな最先端の脳に関する研究が行われ、データもたくさん出ている。そういうデータをお互いに利用しないのはもったいない。分野や国によって全然違うデータの取り方を統合、データベース化してお互いに使えるようにする機構をつくる必要がある、という提言を盛り込んだ報告書を2003年にグローバル・サイエンス・フォーラムがまとめました。これを受けて06年にINCF(国際ニューロインフォマティクス統合機構)がスウェーデンのカロリンスカ研究所内に設立されました。

日本は、OECDのこのような動きに併せる形で、1999年に理化学研究所脳科学総合研究センターがニューロインフォマティクスに関する研究をスタートさせ、科学技術・学術審議会ライフサイエンス委員会の検討を経て、05年同センター内に神経情報基盤センターが設置されました。これなどは、OECDグローバル・サイエンス・フォーラムの議論に積極的に参加することで、国際的にも貢献できる研究体制を日本自身もつくり上げることができた格好の例と言えるでしょう。

―データベースなど研究基盤の整備は相応の費用がかかる一方、納税者に理解してもらうのはなかなか難しく、OECDといった国際的な場での検討の裏づけがあるというのは各国に大いにメリットがあるということでしょうか。

もう1つ、国内ではよく知られていない成果にGBIF(Global Biodiversity Information Facility=世界生物多様性情報ファシリティ)があります。02年にメガサイエンス・フォーラムの提言によって設立されました。08年までに1億5千万件の生物の標本と観察記録が提供可能になっており、生物名に関しては100万件を超える生物名が集積済みとなっています。11年中に生物分布情報として10億件、生物種としては180万種という分かっている種すべての種名情報を提供できる予定です。

昨年10月に名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開かれました。先進国と途上国の利害調整が困難視される中、遺伝資源へのアクセスと利益配分についての名古屋議定書を取りまとめるのに成功するなど議長国としての面目が保たれました。GBIFの提供するデータを利用することで、生物種の自然分布と移入種の影響や希少種の絶滅予測などが可能になっており、GBIFの役割は今後ますます大きくなると期待されています。

グローバル・サイエンス・フォーラム会合で議長を務める永野 博 氏(左端)
グローバル・サイエンス・フォーラム会合で議長を務める永野 博 氏(左端)

(続く)

永野 博 氏
(ながの ひろし)
永野 博 氏
(ながの ひろし)

永野 博(ながの ひろし) 氏のプロフィール
慶應義塾高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、73年同大学法学部卒、科学技術庁入庁。在ドイツ日本大使館一等書記官、文部科学省国際統括官、日本ユネスコ国内委員会事務総長、文部科学省科学技術政策研究所長などを経て、2005年科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、06年科学技術振興機構理事、07年政策研究大学院大学教授。科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェローも。経済協力開発機構(OECD)では06年から科学技術政策委員会(CSTP)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)副議長、11年1月から現職。この世代では珍しい工学部と法学部を卒業したダブルディグリー。大学時代1年休学して海外経験も。2002年のヨハネスベルク・サミットに出席し、持続的発展、国内外の民間運動の重要性を認識。専門分野は科学技術政策、若手研究者支援、科学技術国際関係など。

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