インタビュー

第4回「知識から知恵へ」(秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長)

2011.04.01

秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長

「無から何かつくる能力を子供に」

秋山 仁 氏
秋山 仁 氏

「忘れられた科学」として数学への関心の低さが問題視されて数年がたつ。最近は社会のさまざまな課題を解決するために数学の力を活用しようという動きも伝えられるようになった。一方、知識を問う選択形式の問題には世界でもトップクラスの成績を示すが、考える力を問う自由記述形式の問題に対しては世界のトップクラスとまだやや差がある、という経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)の結果も公表されている。テレビの数学講座や本だけでなく実践的な出張授業などでも数学の楽しさ、奥深さを分かりやすく伝え続ける秋山 仁・東海大学 教育開発研究所 所長に、数学・理科教育の重要性について話を聞いた。

―興味を持たせることから始めないと、子供はその気にならない、というのはよく分かります。ただ、それだけでよいということではありませんね。

確かに、興味・関心を抱かせるだけでは十分ではありません。

勉強の意義や目的をしっかり自覚させることも大事です。数学でも理科でも同じですが、なぜ勉強をするか、の意義がどうも今の子供たちはハッキリしていない気がします。期末試験のため、高校入試のため、センター試験のためといった目的で勉強をしているのではないでしょうか。それは間違いではないのですが、少し狭いように思います。学問を積むと、今まで見えなかったことが見えてきて、視野が広まり、人生が豊かになるのです。時には不可能そうに見えたことを可能にできたり、自分自身の意志と努力によって自分の人生を切り拓くことができるからだということを、より鮮明に若者たちに実感させたいものです。それがどうも、それてしまっています。ですから本来の姿に戻していこう、ということです。

最初にお話しした興味・関心、好奇心を植えつけることのほかに、勉強が将来どのように生活や現代文明の中で役に立つか、をもっと伝えるべきです。日常や自然の生活において、どのような有用性を持っているか、ということをです。とにかく公式をいっぱい覚えさせられて、それで何とかセンター試験まではクリアした…。これでは「のど元過ぎれば熱さを忘れる」で、半年や1年たてばすっかり頭から抜けてしまいます。そういう教育に、どんなご利益があるでしょうか。それよりも、学校で学んだ知識が有機的に結合し、生活の知恵としても活用できるような教育が大事です。そのためには、今、教室で習っていることが、将来、どのように活用されるかということを、もっと実感させよう、ということです。

たとえば、因数分解、方程式、サイン、コサイン、タンジェントとか、微分、積分にベクトル、などがどんな場面で活躍しているのかをもっと伝えるべきです。それらを学んだ努力の果てに、どんなすばらしい眺望が待ち受けているかということを…。授業でそうしたことをあまり解説していないのではないでしょうか。

私は、2008年から2年半くらい産経新聞に毎週「こんなところにも数学が!」という記事を連載していました。そこでは、生活のいろいろな場合での数学の応用例を紹介しました。例えば小学校で習う割り算がどこでどのように応用されているかを説明するのに、コンビニのレジ係がなぜ計算間違いをしないかを話します。それは、バーコードが割り算の余りの性質を利用して検算をしてくれているからです。だから「割り算はとても重要なんだよ」と。中学校で素因数分解を教える時は、クレジットカードで物を買って、それが悪用されずに商取引が行えるのはなぜか、を例に引きます。15は3×5だから3と5、70は2×5×7で、2と5と7という素因数に分解できます。大きな桁数の数の素因数分解が基礎になって公開鍵暗号が作られ、その暗号が不正商取引を防止しているんだよ、というように。

車や飛行機、新幹線の中にも数学がたくさん使われています。CTやMRTなどの医療機器にも、さらには、経済予測やエネルギー、環境問題の中にも数学がギッシリと詰まっています。何百とあるそうした例をきちんと生徒たちに伝えることが大事だと思います。

―数学の問題の解き方を覚えて面白いと感じる子供は多いと思いますが、どのように数学が応用されているかを知れば、もっと難しいことにチャレンジする気も生まれるかもしれませんね。

その通りです。でも、どんなことでも上達するためには退屈な基礎トレーニングが不可欠です。

サッカーの選手たちも、ワールドカップ出場を夢見て、一生懸命、トレーニングに励むわけです。トレーニングは実戦に比べ面白くないでしょう。勉強でも基礎体力をつけることが大切です。日本は一生懸命それをやってきました。しかし、九九を小学校2年生や3年生でやらせるのと併せて、九九ができると、将来、どんなすごいことができるのかということを、もっと彼らに分かるように伝えることも必要です。当然のことながら、どんな学問でも、どんな仕事でもつらく、大変なことはあるわけです。その大変さを越えるのは、その後のすばらしい瞬間が待ち受けていなければ、やる気は半減してしまうでしょう。

これからの日本の教育は、国際化という要請、無から何か有用なものをつくり出す、不可能を可能にするといった大きな目標を達成するために改革されなくてはいけません。今まで日本の教育は知識注入に力点を置いてきました。しかし、それだけで終わったら大きな目標は達成できません。ダムいっぱいの知識があっても、それが生活に役立つ知恵に昇華されなければ、あまり意味がないからです。むしろ、たとえ知識の量はちょっと減っても、知識を組み合わせて新しいものを生み出すクリエイティブな能力を培うことが重要だと思います。

(続く)

秋山 仁 氏
(あきやま じん)
秋山 仁 氏
(あきやま じん)

秋山 仁(あきやま じん) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1969年東京理科大学 理学部応用数学科卒、72年上智大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、2007年から東海大学教育開発研究所所長。理学博士。専門はグラフ理論、離散幾何学。工夫された教材を使った独特の授業で知られ、08年にNPO法人「体験型科学教育研究所」を設立、理事長に就任。現在、NHK高校講座「数学基礎」の講師も務める。著書は「数学に恋したくなる話」(共著、PHPサイエンス・ワールド新書)、「こんなところにも数学が!」(扶桑社文庫)、「知性の織りなす数学美-定理づくりの実況中継」(中公新書)、「秋山 仁の放課後無宿」(朝日文庫)など。

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