インタビュー

第3回「まずは興味付けから始めよう」(秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長)

2011.03.25

秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長

「無から何かつくる能力を子供に」

秋山 仁 氏
秋山 仁 氏

「忘れられた科学」として数学への関心の低さが問題視されて数年がたつ。最近は社会のさまざまな課題を解決するために数学の力を活用しようという動きも伝えられるようになった。一方、知識を問う選択形式の問題には世界でもトップクラスの成績を示すが、考える力を問う自由記述形式の問題に対しては世界のトップクラスとまだやや差がある、という経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)の結果も公表されている。テレビの数学講座や本だけでなく実践的な出張授業などでも数学の楽しさ、奥深さを分かりやすく伝え続ける秋山 仁・東海大学 教育開発研究所 所長に、数学・理科教育の重要性について話を聞いた。

―数学を学ぶ意義についてうかがいます。

数学を理解するためには、論証力、分析力とか論理性、思考力が必要です。これらの能力は何も科学・技術の分野だけに必要なのではなくて、日常生活のどこの場面でも必要です。その一例を歴史的なエピソードで紹介しましょう。ヘレニズム文化を生んだ東方遠征で有名なアレキサンダー大王は、国を治めるには論理性、論証力というものがとても必要だ、と考えました。ユークリッドの著した幾何学原論13巻を読破しようと、原論を第1巻から読み出したのですが、これがとても難しいわけです。「私は国王なのだから、もっと簡単に分かる方法を伝授せよ」と、家庭教師として招かれていた哲学者のアリストテレスに命じたそうです。すると、アリストテレスは即座に「学問に王道なし」と答えた、という逸話が残っています。

―よく耳にするあの有名な言葉にはそんないわれがあったのですか。

そうです。そういうエピソードが残っているということは、あの古代ギリシャ時代に学問といえば数学を意味していたということです。それも、幾何学だったのですね。恐らく、当時、数学以外で学問の名に値すると見られていたのは哲学や医学くらいだったのではないでしょうか。このように、数学はギリシャ時代から、国を治める者にとって不可欠な能力とされてきたのです。

近年の例ですと、奴隷解放の父と言われているリンカーン大統領は非常に貧しい生い立ちで、40歳の時に弁護士になって、それから政治家になりました。リンカーンもユークリッドの幾何学原論を独学で読破したというエピソードが残されています。

―今、日本は東北関東大震災で、未曾有の危機にあります。どう危機を克服して復興につなげるか。まさに日本人の知恵、構想力が問われていると思いますが。

こうした非常時には、特に政治家をはじめとする指導的立場の人たちの数学的力量といったものが問われると思います。たとえば、緊急時における最悪事態の分析力、危機管理能力、情報の能率的伝達と誤情報の回避、復旧に向けての効率的手順の策定など枚挙に暇(いとま)がありません。

日本の政治家の方たちも、ユークリッドの幾何学原論を読破されることをお奨めします。きっとシャープな分析力、論証力、立証能力、論理性といったものが身につくと思います。論理性とか分析力とか思考力というものは、抽象的ですから人様に、手にとって見せるわけにはいきません。しかし、こうした重要な能力が数学を学ぶことによって自然と培えるのです。

こうした話は、かなり高度なレベルの数学的リテラシーに関するものです。そこで、少し方向を変え、小学校、中学校、高校生たちの学ぶ数学をどうすべきかについての提言をさせていただきたいと思います。カリキュラムの内容を検討したり、授業時間を増やしたり、減らしたりすることも確かに大切です。しかし、冷めた目で見れば、結局、やる気のある子はやるんです。小学6年で教えていたのを5年で教える。そうした少々のカリキュラムの変更や授業時間数の増加で生徒たちの学力がドラマティックに変わるとは思えません。

―少しはよくなるかもしれない程度、ということですか。

残念ながら、そうだと思います。

今、問われている教育改革は量よりも質に焦点を合わせるべきだと思います。カリキュラムの量や授業時間数を増やすことに全く反対ではありませんが、まずは生徒たちの自発的意欲が大切だと思います。すなわち、好奇心に裏打ちされた自発的な学びをすべきだということです。先生やお父さん、お母さんが手にむちを持って「勉強しろ」と強制しても、実りは少ないでしょう。それよりも「なぜ?」「どうして?」「不思議だなあ」「知りたい」という好奇心を抱かせるところにもっと多くの時間をかけるべきです。興味、関心を抱けば、放っておいても子供たちは勉強します。これは何も数学や理科に限ったことではなく、何事も面白ければやるんです。また、面白ければ努力も継続しやすくなります。実力は努力に比例してついて行くものます。

このことを裏付ける事象は周囲にたくさんあります。

街でよく見かける若い女性たちの携帯電話の使い方、とても上手でしょう。それは彼氏にメールを送ることに彼女たちは大いに関心があるからです。小学生くらいの子供は、お父さんよりずっとテレビゲームが上手です。それは、面白いから、普段からやっているためです。テレビゲームより算数の方が論理的には簡単だと私には思えるのですが、子供たちは算数に興味や関心を抱いていないから、やらないのです。だからできない。当たり前の話です。興味付けを実践するのは大変なことですが、まずは興味・関心を喚起することを始めよう、というのが1番目の提案です。

(続く)

秋山 仁 氏
(あきやま じん)
秋山 仁 氏
(あきやま じん)

秋山 仁(あきやま じん) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1969年東京理科大学 理学部応用数学科卒、72年上智大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、2007年から東海大学教育開発研究所所長。理学博士。専門はグラフ理論、離散幾何学。工夫された教材を使った独特の授業で知られ、08年にNPO法人「体験型科学教育研究所」を設立、理事長に就任。現在、NHK高校講座「数学基礎」の講師も務める。著書は「数学に恋したくなる話」(共著、PHPサイエンス・ワールド新書)、「こんなところにも数学が!」(扶桑社文庫)、「知性の織りなす数学美-定理づくりの実況中継」(中公新書)、「秋山 仁の放課後無宿」(朝日文庫)など。

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