インタビュー

第1回「安全の“常識”は非常識」(唐木英明 氏 / 日本学術会議 副会長、東京大学 名誉教授)

2010.12.29

唐木英明 氏 / 日本学術会議 副会長、東京大学 名誉教授

「誤解の恐ろしさ - 安全な食品とは」

唐木英明 氏
唐木英明 氏

安全に対する国民の関心は高い。食品の安全性から医療、交通機関、原子力施設などいったんミスが起きると、容赦ない社会的糾弾にさらされる時代といえそうだ。一方、効果が厳密に検証されていない健康食品を多くの人たちが信じるような現実もある。こうした安全に対する国民の対応の危うさに不安を感じる人々も多い。おとぎ話と科学の違いを明確に知ることの重要性について積極的に発言し、社会にはびこる誤解を是正する行動に力を入れている唐木英明・日本学術会議副会長に食品の安全性を中心に正しいリスクコミュニケーションのあり方について聞いた。

―食の安全に関するリスクコミュニケーションの重要性を積極的に社会に向けて発信されていますが。

まず食品の安全性にかかわるリスクコミュニケーションの実態からお話すると、食品の安全に対しては非常に誤解が多いという現実があります。要するに、安全の常識と皆さんが思っているのは、実は安全の非常識なのだというところが食品では最大の問題なのです。

誤解の例はいくらでもあるのですが、主なものとしては食品添加物と残留農薬と中国食品、さらに遺伝子組み換え、食品照射といったところが挙げられます。よく皆さんにお話する農薬、添加物といった化学物質から始めます。大体4つの大きな誤解があります。

1番目の誤解は、化学物質は少しでもあったら嫌だという、ほとんどの人々が抱く思いです。しかし、どんな化学物質でも大量だと有毒だけれども、非常に微量であれば毒性は全くありません。政府の食品安全委員会をはじめ世界的に食品の安全では遺伝子に対して毒性のある、変異性のある化学物質だけは閾(しきい)値がないと考えて全面禁止にしています。これは予防原則をとっているということですが、それも本当はおかしいのです。量が限りなく小さければ作用がないのはほかの化学物質と同じですから。ただ、どこで切るか分からないから、一応全部禁止としているだけです。そういう意味では、すべての化学物質は量と作用の関係があると言えます。

インターネットなどを見ると、あらゆる食品添加物が危険であるかのように書いてあります。量と作用の関係を知らないか、全く間違えている人が多いのです。こうした情報が多く出回っています。最近、ウコンのドリンク剤がはやっていますが、こんな情報を信じたらウコンも飲んじゃいけないことになってしまいます(笑)。

2番目の誤解は、複合汚染の恐怖ですね。これは有吉佐和子さんが書かれた『複合汚染』から来た誤解です。一つ一つの化学物質の毒性についてはちゃんと調べているかもしれない。しかし、人は何種類もの化学物質を一緒に食べているから、それらが体内で反応して、想像もしない恐ろしいことが起こるんじゃないか。そういう警告でした。

これ実は、半分本当なのですね。薬の場合は正しいです。薬というのは、明らかな作用があるように非常に多量を飲みます。だから効くわけです。効かない量を飲んでも薬になりません。こんな多量の化学物質を2種類、3種類飲むと、まれに拮抗(きっこう)作用とか相加作用、相乗作用などという相互作用が起こることがあります。実際には、そんなに多くないのですけれど。ですから、半分本当なのです。

しかし、添加物、残留農薬についてはそうした心配はあり得ません。閾値以下の量しか使っていないからです。閾値というのは細胞に作用する最低限の量です。これ以下の微量な化学物質が何種類入っていようと、これは体内で相互作用が起こるはずがない。そもそも作用しないのだから、作用が起こるはずはありません。そこを間違えて、「複合汚染」という科学用語にもない現象がいつでも起こるように皆さん誤解しているのです。

―相当なインテリでもそう思い込んでいる人多そうですね。

そう思います。でも、ちょっと考えれば分かるように、小麦、そば、肉、乳製品、落花生、これらはご存じのようにアレルゲン(アレルギーの原因になり得る物質)を含む食品です。アレルゲンというのは、化学物質ですよね。だから、それだけでも安全とは言えません。フグ、カキ、ホタテ貝というのはノロウイルスはじめ、食中毒の原因になっています。マグロ、クジラ、メカジキ、キンメダイ、これらには水銀が入っていますから、実際に妊婦は食べる量に気をつけようといわれています。そのほか、下痢騒ぎを起こした生大豆によるダイエットもありましたね。あらゆるものに化学物質が入っているということを皆さん、あまりご存じでないのです。

もう一つ、私がよく紹介するのは米国のエイムズ先生の論文です。そもそも自然の野菜や果物に化学物質がたくさん入っているのです。エイムズ先生が調べたら、半分は発がん性を持つ化学物質でした。厚労省の計算だったと思いますが日本人は野菜や果物から化学物質を大体1日、2.2グラムとっています。そのうち、約2グラムはアミノ酸とかビタミンで天然にあるものと同じものです。

一方、添加物として日本人がとっている人工の化学物質は0.1-0.2グラムしかありません。そのほぼ全量がリン酸塩で人工といっても天然に存在するものです。そのほか、皆さんが嫌っている保存料とか色素というものはほんの微量しか入っていません。つまり添加物でとっているよりずっと多い量の化学物質を野菜・果物からとっているということです。消費者は自然のものだったら安全だろうというけれども、自然のものの半分は発がん性があるのです。

添加物、農薬で発がん性のものはすべて禁止されています。勝負にならないくらい天然のものの方が危ないということを皆さんご存じないということです。

(続く)

唐木英明 氏
(からき ひであき)
唐木英明 氏
(からき ひであき)

唐木英明(からき ひであき) 氏のプロフィール
東京都立日比谷高校卒。1964年東京大学農学部獣医学科卒、東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員、東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを経て2003年東京大学名誉教授。08年から日本学術会議副会長。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会の専門委員、世界健康リスクマネージメントセンター国際顧問を務めるとともに、任意団体「食品安全情報ネットワーク」代表としても、食と安全に関する誤解の是正と正しいリスクコミュニケーションの普及に力を入れている。著書に「牛肉安全宣言――BSE問題は終わった」(PHP研究所)など。農学博士。

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