インタビュー

第4回「20代半ばまでは相当基礎的な研究を」(村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括)

2010.12.08

村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括

「人がやらないことをやる」

村田道雄 氏
村田道雄 氏

前身である「創造科学技術推進制度」から数えると30年の歴史を持つ代表的な競争的研究資金制度「ERATO」(科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「ERATO型研究」)の新規研究領域に「脂質活性構造」(研究総括:村田道雄・大阪大学大学院理学研究科教授)が選ばれた。脂質という名からも想像できるようグニャグニャした生体物質の立体構造を解き明かすのは至難の業とされている。研究者たちにあきらめに近い気持ちを抱かせていた脂質の構造を突き止めようという研究に挑む村田道雄・研究総括に、このプロジェクトの意義や研究に取り組む姿勢などを聞いた。

―基礎研究か応用研究かという古くて新しい議論がまた起きています。課題解決型研究より基礎研究にもっと研究費をという考えの研究者も多いように見えますが

短期間で役に立つ研究というのは、お金がかかるのは当たり前なので、それはやればいいと思います。基礎研究だけで言っても、プロジェクト型で集中的にたくさんお金を出す研究も多分必要です。例えば、素粒子物理学とか宇宙科学などはそういう分野ですね。一部のライフサイエンスもそうだと思います。しかし、それは全体から見たらごくわずかで、一番重要なのは教育に付随して行われる研究は必ずあるいはかなりの部分、基礎科学じゃないと駄目だと思うんです。

工学部とか、多分薬学部とかも、結局、本当に大学院生を教育するところは基礎科学をやっておられますね。できるだけ基礎的なところを学生と一緒にやり、少し応用的なところになるとポスドクを使ったり技術員を使ったりするというようにやっておられると思うのです。そうしたことは理学部のみならず、すべての理系の学部でやっていると思います。そこを大事にすることで日本の基礎的な科学のレベルが保てるし、人も育ちます。ひとり立ちする過程で応用の方に行けばいいわけで、初めから応用ばかり、18歳から大学に入って応用をやって、ドクターを27歳ぐらいでとってずっと応用をやっていたら、その人の研究能力というのはものすごくそがれると思います。やはり、20代半ばまでは相当基礎的な研究をやった方がいいと思うんです。その中で日本の基礎研究を推進すればいいのではないでしょうか。

―研究費の出し方としては、何か工夫が必要とお考えですか。

やはり科学研究費補助金の基盤研究のようなものを充実し、国立大学運営費交付金を削らないということではないでしょうか。例えば学部の3年生4年生を教育しようと思ったら、運営費交付金以外ではできません。運営費交付金を出してちゃんと学生に実験させることができるということが大事でしょう。

大学院生になってくるとなかなか微妙で、科研費を含めて外部資金が重要になってきますね。どこの大学でもそうでしょうが、研究室全体の研究費に占める運営費交付金の割合というのは1割か2割ぐらいです。それ以外は全部、分野にもよるでしょうけれども、外からとってきているわけです。うちはスタッフが3人か4人いるからまだいいけれども、研究者1人だったら科研費が外れると研究費が一挙に10分の1になってしまうということになります。その年は学生に実験をさせられないですね。そういうことが起こらないようにしないと駄目だと思います。

ぜひ、何かの機会があったら取り上げていただきたいのは、地方国立大学の話です。多分、もっといろいろな大学に当てはまると思うのですが、われわれが知っているところでは、「研究はしなくてもいい。もし研究したいのであれば、その学部の中でやるのではなく、地域と一緒に研究センターみたいなのをつくって、そこに出ていってやりなさい」というようになっている大学が増えているのです。学部自体の役割も、もう教育重点にしなさいということです。これでは学生を研究の現場から引き離してしまいます。先生方も半分あきらめておられるみたいなので心配しています。

地方大学に運営費交付金をちゃんと渡すというのがどれぐらい金額的に大変なことかよく分からないですが、多分、政府全体の大学予算から比べればわずかではないかなと思います。少なくても10年前ぐらいのレベルに保っていけば日本の基礎研究というのはまだまだ大丈夫です。

やはり、基礎研究のレベルを上げようと思うと若手の教員のポストがたくさんないと駄目ですね。実際には、若手が独立してやれるポストというのが減っているという状況です。地方の国立大学に行くと、もうそこで研究がとまってしまうようなことになれば、健全な姿ではないと思います。地方の活性化と地方の教育は非常に大事で、その地方の出身者を地元の大学で教育して、そこに産業が生まれればそこで雇用ができます。若い間は東京、大阪に出てきても、50歳前には地元に帰るという形があってもよいと思います。地方の疲弊ということを一因に地方の教育機関の環境までもが悪くなっているのではないか、と心配です。

1970年代から80年代後半まで、地方のレベルを上げようと非常にいろいろなことを文科省もやりました。機械を買えるようにしたりといったことです。それが90年代後半から止まってしまい、ここ15年くらいはNMR(核磁気共鳴装置)など90年代に買った装置が古くなって使えなくなるなど、どんどん実験環境が悪くなっている実態があります。地方の先生方がこのごろ元気ないなというのは、よく感じるところです。

―大学が自分の大学の出身者だけで固めてしまうのは良くないという意見がありますが、大学、研究所を移動した経験をお持ちの先生はどのようにお考えですか。

渡り歩いた方がいいか、どちらでも変わりないかと言えば、渡り歩いた方がよいのは、はっきりしていると思います。大阪大学でも教授選考をするときに、ポスドクの2年とかを除いてほかの大学や研究機関へほとんど出なかった人は不利です。大阪大学の卒業者でも、できれば5年とか10年ぐらいほかへ出てから戻ってこられる人を優先しますね。それはかなり広く行われています。

東京大学を出た人たちもこのごろは、准教授ぐらいで外に出ている人が多いのではないでしょうか。

私は東北大学の学部、大学院を卒業、修了した後、サントリーの研究所にいまして、イソギンチャクと共生するクマノミがにおいでイソギンチャクを見分ける研究をしていました。クマノミの親はイソギンチャクと共生しているのですが、稚魚はいったん離れたところでふ化して、別の固体のイソギンチャクと共生するんです。そのとき、においをたどって共生するのですが、そのにおいの物質は何かというのをやっていました。

―先生がおられたことのある東北大学ではいかがでしたか。

私、農学部にいたのですが、外部出身者が6割ぐらいだったでしょうか。あのころは留学に必ず行くということになっていたので、助手に任用される人も少なくとも海外に1年とか2年とか行っておられました。それがごく普通の感じでした。

大学の教員を輩出する大学としては、東京大学、京都大学が圧倒的に強いので、その次に位置する大阪大学と東北大学は分野によりますけれども、かなり少なくなってしまうんです。ですから東北大学と大阪大学がうまくやれば、いい人材を東大、京大以外からも全国に配置でき、結果的に全国で活躍してもらうということができるのではないでしょうか。全部、東大、京大出身者になってしまうというのはよくないですね。まだままだ日本は大きな国なのですから。

―東北大、東京大、大阪大と研究生活を経験され、大学が個性を持つことの重要性のようなものについては何かお考えですか。

大学全体が持つ個性というのはわれわれにはなかなか見えてきません。それはあってもなくても、自分の研究室を運営していく上では大して関係ないかな、という感じです。研究室の運営で一番重要なのは大学院生の教育ですね。それはもうほとんど個人的な考えでやるものなので、大学とはあまり関係ないです。違うのは就職の問題くらいでしょうか。地元に就職できる機会が東北大学はほとんどないのに対し、大阪大学はかなりあるというように。大学全体のポリシーが教育にじかに関係してくるかというのは、ほとんどありません。多分、大学全体の個性というのはスローガンみたいなもので、それによってわれわれの行動規範が変わるということは多分ないでしょうね。

ところが、学部の学科、今で言う専攻の考え方はかなり色濃く反映されています。私のいた東北大学の研究室は昔からすべて基礎研究で来ていたので、応用研究はついでに出てきたら、まあ仕方ないからやってみようか、という程度でした。応用研究はあってもいいと思いますが、それを目指して研究をするといろいろ問題が出てきます。例えば学生の教育とか発表時期の問題ですね。成果が出ているのに特許絡みで発表ができないといったことが出てくるので、応用中心に研究をするというのはやはりよくないと思います。

大阪大学に関していうと、割と昔は応用理学を目指すようなことを言っていましたが、今はそうではありません。かなり純粋の理学を目指しているので、非常にやりやすいと感じます。工学部があって理学部があるというのが普通の大学ですが、大阪大学はその間に基礎工学部があるので、理学部がさらに基礎研究側に寄っている面があるんですね。

また、学生の教育機会を確保するということを重視していろいろな意思決定がされていて、学生の目から見て研究室間の格差がものすごくつくということを避けています。ERATOに選ばれてこんなことを言うのも何ですが、大きな競争的研究資金を得ているか否かといったことが、学生たちの研究室選びの条件にならないようにしたいなと思います。

(続く)

村田道雄 氏
(むらた みちお)
村田道雄 氏
(むらた みちお)

村田道雄(むらた みちお) 氏のプロフィール
大阪府立豊中高校卒。1981年東北大学農学部卒、83年東北大学大学院農学研究科修士課程修了、財団法人サントリー生物有機化学研究所研究員、85-93年東北大学農学部食糧化学科助手、86年東北大学農学博士学位取得、89-91年米国立衛生研究所(NIH)博士客員研究員、93年東京大学理学部化学科助教授、99年大阪大学大学院理学研究科化学専攻教授。2010年10月科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO新規研究領域「脂質活性構造」研究総括に。専門分野は生物有機化学、天然物有機化学、NMR分光学。

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