インタビュー

第5回「上りきった国の選択は」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2010.10.05

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「脱ガラパゴス化への道」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

このまま思い切った手を打たないとリストラする原資すらなくなる―。IT(情報技術)社会のけん引役となるべき電機メーカー、通信、コンテンツ業界に対し、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの研究会が厳しい注文「超ガラパゴス研究会 通信業界への提言」 を突きつけた。「ものづくり国」という日本の基本戦略にも転換を迫るなど、根底にある危機意識は大きい。提言をまとめた「IT国際競争力研究会」(超ガラパゴス研究会)の委員長で、携帯電話サービス「iモード」の産みの親としても知られる夏野 剛・慶應義塾大学 特別招聘教授にIT業界の現状と進むべき道を聞いた。

トップに立ってしまったがために苦闘しているというのは、日本だけの苦しい経験なのでしょうか。他の先進国はどうなのでしょう。

いや、すべての国がそうですよ。キャッチアップしてきた国というのは、トップに躍り出た時にそこからどういう国の体系をとるかで1位が維持できるか、没落するかに分かれます。英国は、産業革命と植民地政策によって世界を支配した後、それが全部崩壊する時代がありました。そこでどうしたかというと、やはり資本でやっているわけですね。つまり、旧宗主国だった国々にたくさんの資本を投資していますから、今度は貿易収支という形ではなく資本収支で黒字にしています。これは一つのやり方です。GDP(国内総生産)政策をとるか、GNP(国民総生産)政策をとるか。つまり、英資本の会社や英国人が海外に行って稼いできたり、あるいは英国のお金で事業が興ると、その見返りが英国内に戻ってくるわけです。第2次大戦後、英国はこちらに完全にシフトしました。

米国はどうかといえば、国内市場が縮小すると見るや、移民の受け入れを徹底的にやっています。現在、米国の人口は3億人を超えているのです。一時期、1億2,000万人の日本に対し、米国は2億4,000万人で人口が日本の2倍と言われていたのですが。

移民によって人口を増やしたのは内需を拡大するためということですか。

ええ、内需をつくるためです。WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と言われる米国の主流を成す人たちの人口はそれほど増えません。国内の市場を大きくすればまだ食べていけますから、移民をどんどん受け入れているわけです。これも1つの手です。

EU(欧州連合)は、欧州の各国がみんな成熟市場になって、これ以上の成長を望めないというときにつくられたわけです。法律の壁、国境の壁をビジネス活動から取り払った結果、国を越えた企業の合併、連衡が起こって、欧州全体で3億人という市場になりました。現時点では、欧州経済も大変なことになっていますけれど、欧州内の需要もでき、それから企業が何より強くなりました。例えばフランスのオレンジという会社は東欧も含めていろいろなところに出資して、さまざまな多国籍企業になっているわけです。通信企業ですら、英国、ドイツをはじめ皆、多国籍になっています。このようにして1位の座を維持するために次のフェーズに入っているのです。日本だけです。何もしていないのは。

英、米、EUの先例は、どれも日本にとって最適のモデルにはならないのでしょうか。

何が最適かではなくて、何かをやらないと変えられないということなのです。何もやっていないのです。もし英国のように資本の方向に行こうとするのであればやるべきことは簡単です。法人税の減税をしないと駄目です。日本のように実効税率が50%近い法人税ですと、日本に本拠を置く企業にはどこも投資しません。税金が高すぎますから。企業が日本に本社を置かないとなると、日本の税収は増えないということになります。

米国型をやろうとするのであれば、外国人労働ビザの発給をいち早く簡単にしないと駄目です。既に毎日、日本人の人口が減っているのですから、今すぐやる必要があります。 

EU統合と同じようなことをやるのであれば、中国とはともかく少なくとも韓国とはフリートレードをやるべきです。通貨の統合も含めてです。それらのことを何もやっていないのです。

やりたくないということでしょうか。詰まるところ。

やりたくないかどうかというより、そういうことをやったらいいという議論すら出てこないのが問題です。想像力がない、何をやったらいいか分からないのではないでしょうか。分からない人がリーダーシップをとっているということでしょう。

今までは分からなくてもよかったのです。米企業のやり方をまねる、あるいは周りがどうやっているか見て、皆と同じ方向に行けばいいという決め方をしていたということです。昔の経済成長期に育ってきた人というのは自分で決められない人が多いのです。何度も繰り返しますが、経営から退いた方がいいのです。1日も早く次の適任者に席を空けてあげてください。

株主からの外圧でもかからないと、大きな企業ほどなかなか変わらないように思えますが。

もし変わらないと、1997年に韓国で起こったと同じことが日本でも起きます。10年後に一気に日本経済が弱くなり、ほとんどすべての大企業が再編を余儀なくされる時代が来るでしょう。韓国は97年に国の経済が破たんしました。IMF(国際通貨基金)の管理下に国の財政が置かれて、当然、経済は大恐慌状態に陥ります。わずか13年前のことです。すべての財閥は残るためには選択と集中をしろ、そうでないとIMFから融資も得られないという形になり、サムスンは自動車をはじめ電機以外の部門を全部やめて、電機事業に集中したのです。

国の財政が破たんしたという後遺症は大きく、貧富の差も日本の比ではありません。国内の需要もあまり伸びていませんから、企業群は事業を特化したうえで、さらに外に出ていかざるを得なくなったわけです。その結果、サムスンもLGも生き残りました。

日本が仮に韓国と同様、財政破たんということになると、本当に大変なことになるということです。高齢者の方の年金なども全部出なくなり、金融も回らなくなるということですから。いま国債の95%は国内の資金で買われています。この金利支払いが毎年約20兆円、財政赤字が毎年50兆円とすると毎年、国の借金が約70兆円増えていくわけです。いま累積財政赤字は約900兆円です。国民全体の個人金融資産が1,450兆円ですから後7年程度で個人金融資産は財政赤字によって実質的に食いつぶされてしまいます。

金融破たんが起きれば、IMF管理下に置かれる可能性はあります。個人のすべての貯蓄が返ってこないということです。だから今、少しでも資産があって自分でそれを動かせる人はどんどん海外に資金を移している現実があるのです。

国際情勢を見るとユーロ危機やドル危機が関心の的ですが、円の価値というのは長期的に見るともう間違いなくなくなります。来る時には急に来るということです。

ものづくりが大事と言われていますが、そのものづくりを徹底してやっている企業の社長などほとんどいません。結局は、ものづくりの原点、ビジネスモデルをどうするかまで考えたものづくりの原点に戻ろうということなのです。

(完)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
東京都立井草高校卒。1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、同年12月(株)ドワンゴ取締役に就任。その他複数社の社内外取締役、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)

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