インタビュー

第1回「深い先進国と途上国の溝」(香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー)

2010.01.02

香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー

「生物多様性条約にもっと関心を」

香坂 玲 氏

昨年12月、コペンハーゲンで行われた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、法的拘束力のある京都議定書以降の枠組みづくりに失敗しただけでなく、全加盟国が義務を負う合意も得ることなく閉幕した。COP15に続き、ことしは10月に国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開かれる。こちらも先進国、途上国間の主張の隔たりは大きい。条約の実施状況、先進国と途上国の対立点、名古屋会議で日本に期待されている役割は何かなどを、元生物多様性条約事務局員でCOP10の支援実行委員会アドバイザーを務める香坂 玲・名古屋市立大学准教授に聴いた。

―最初に国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)の結果について、どのようにみられているかを伺います。

まずは、交渉も運営も、関係者は大変なご苦労があったことと聞いていますので、敬意を表したいと思います。COPの交渉の激しさや発展途上国と中国や南米などの新興国との交渉の難しさが浮き彫りとなったことは、生物多様性のCOP10とも関係することかと思います。

「留意」という言葉で、決定が先延ばしとなってしまったことは若干残念で、これが困難な交渉の前例となってしまう懸念があります。これまで生物多様性条約も、コンセンサス方式を基本として、通常は「各国の事情や状況に応じて」などといった和らげる条件や文言をいれて、何とか決議に結びつけてきました(厳密には1回だけ例外がありましたが)。生物多様性のCOP10に向けて、今後も交渉が円滑にいくように、会場の警備から効果的な交渉(発展途上国の援助への期待と現実のギャップを埋めること)などコペンハーゲンの教訓を生かしていくことが重要と思われます。

―温室効果ガス削減の数値目標を定めた京都議定書から離脱している米国が、今回はオバマ大統領が参加し、一部の国しか義務を負わないとはいえ「ヘルシンキ協定」をとりまとめるため主導的な役割を果たしました。米国は、生物多様性条約も批准していませんが、COP10に対する米国の姿勢はどのようなものでしょう。

あまり優先順位は高くないという印象です。オバマ政権が誕生したころは皆、非常に期待を寄せていたところがあるのですが、優先課題として医療改革など国内のさまざまな事情もあるようです。気候変動対策についても、例えば大気浄化法のような法律をつくらないとできません。こうした国内調整の難しさが、生物多様性条約についても批准という国際的な義務を負う作業を難しくしていると言う専門家が多いです。

―生物多様性条約の内容についてうかがいます、この条約も気候変動枠組み条約と同じく、1992年にリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議で採択されたのですね。

ええ、93年12月に署名国が必要数に達し、発効しました。気候変動枠組み条約の発効は94年3月ですから、こちらの方がちょっとだけ早いことになります。現在、批准しているのは192カ国と欧州共同体(EC)です。イラクが8月に加盟を表明し、ソマリアも加盟の準備を進めています。米国以外で入っていない大きな国はあまりありません。

生物多様性とは、地球上にはさまざまな生命があり、それらが複雑につながりあっていることを指します。絶滅の恐れがある生物に関心が集まりがちですが、この条約が目指すのは、ありふれた生き物も含めた多様な生態系と、その生態系を取り巻く人々の暮らしや文化までを含めた保全です。条約の目的は3つあります。「生物多様性の保全」に加え、生態系の恵みの「持続可能な利用」、さらにそこから得られる利益の「公正かつ公平な配分」です。

利益の公平な配分に必要な経済活動のルールを話し合うのが条約締約国会議の場ですが、大きな考え方の違いが当初からありました。主に発展途上国は、もともと生物資源があった原産国の利益を重視するのに対し、先進国側は、研究開発の結果で生物資源から価値を生み出したところが報酬を得るのは当然だろうという考えが強いわけです。特に米国は自国の産業にそうしたことをどんどん推奨したいという事情があり、これが一つのネックになって、条約になかなか入れない状況が続いています。

発展途上国と先進国の利益、利害の調整の難しさは、気候変動と似たところがあります。先進国は保全を優先し、途上国は自分たちも豊かになる権利が欲しいということで、この溝がなかなか埋まらないのです。

一方、生物多様性の危機は気候変動の影響も受けて、さらに深刻になっています。条約発効の10年後にあたる2002年に開かれた第6回締約国会議(COP6)では「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」という目標が合意されました。条約事務局は条約の実施状況をつかむために2001年に「地球規模生物多様性概況」というものをまとめています。「特定の生物群系、生態系、生息地の規模」「持続可能な森林、農地生態系などの面積」「条約支援のためのODA(政府開発援助)額」などから「固有の言語の多様性の状況と言葉を話す人の数」といったものまで15の指標を設け、これらがそれぞれどのように推移しているかで実施状況を評価しています。

この「地球規模生物多様性概況」の改訂版(第2版)が06年に公表されているのですが、15の指標のうち実に14項目が悪化しており、改善されているとされたのは「保護地域の指定範囲」という指標ただ一つだけなのです。

(続く)

香坂 玲 氏
(こうさか りょう)
香坂 玲 氏
(こうさか りょう)

香坂 玲 (こうさか りょう)氏のプロフィール
1975年静岡県生まれ。東京大学農学部卒、ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英イーストアングリア大学大学院修士課程終了、ドイツ・フライブルク大学環境森林学部で博士号取得。国際日本文化研究センター研究員などを経て、2006年カナダ・モントリオールの国連環境計画生物多様性条約事務局員、08年から現職。COP10支援実行委員会アドバイザーのほか世界自然保護基金(WWF)ジャパン自然保護委員会委員も。研究分野、課題は森林管理・ガバナンス、景観評価、貿易摩擦。著書に「いのちのつながり よく分かる生物多様性」(中日新聞社)。

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