インタビュー

第4回「崩れつつある大学の足元」(前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長)

2009.11.09

前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長

「イノベーションの議論を超えて」

前田正史 氏
前田正史 氏

2006年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画で「イノベーション創出」が大々的に打ち出されて3年半たつ。目に見える成果があったか、はっきりしない。それぞれ都合よく解釈、使用されているだけで、本質はさっぱり理解されていない、という厳しい声も聞かれる。そんな折、「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」(丸善)という本が出版された。イノベーション論議に何がどう不足していたのか、編著者である前田正史・東京大学理事・副学長に聞いた。

―大学の側には問題はないのでしょうか。

日本の大学は、東京大学の一人勝ちというようなこと言われていますが、確かにある研究分野は非常に潤沢にやっています。だけど、ある研究分野は非常に貧しくて、例えば、フランス文学科とか英文学科などは、もう講座を閉めなきゃいけないかもしれないような状況に陥っていることを、国民は知らないわけですね。今まで大学なら当たり前、大学ならきっとこうであろう思われていた大学の足元がもはや崩れてきています。

国立大学法人に対する国からの運営費交付金は毎年1%ずつ減らされています。東大の運営費交付金は、この5年間で50億円減りました。50億円というのは、お茶の水女子大学一つの年間運営費に相当します。窮地に陥っているのはフランス文学科や英文学科だけではありません。工学部の各学科も外部資金を取らないと生きていけないので、外部資金目当ての非常にファッショナブルな分野を並べる、ということになっています。もはや伝統的なディシプリン(学科)の教育をし切れない部分が出てきているということです。もちろんいろいろ工夫をしながらやっていますが、いつまでもこらえきれるものではありません。多分、東大ですらそういう状況になっているということを、国民の大半は知らないでしょう。

「世界トップレベル研究拠点」(World Premier International Research Center Initiative; WPI)という2007年度にスタートした5拠点の一つに東大の数物連携宇宙研究機構がなっています。その所長に村山斉さんという優秀な研究者を米国から招きました。せっかく呼んだその村山さんがやっていることは、世間に対する説明に忙殺されているわけです。これだけ金を使って何をやるつもりだと、講演会に頻繁に引っ張り出され、所長が忙殺されるわけです。

東大としても村山さんをもっと楽にさせて、機構を世界レベルの研究拠点にするという本来やってもらうべきことに力を注いでもらいたい、と人を配置する努力をしているわけです。研究拠点に間接部門の人をたくさんつけてあげないと動きませんから。しかし、国が直接「世界トップレベル研究拠点」に手当てするのは直接経費と部分的な間接経費です。だから「世界トップレベル研究拠点」のようなものを持った大学や研究所は、大変恵まれているのだけれど、場合によっては、逆に疲弊するということになってしまいます。どうも、国全体の設計がずれているのです。

―一人勝ちといわれる東京大学がそのような苦境にあるというのでは、ほかの大学はどうなっているのでしょう。

東大一人勝ちがけしからんというように言われていますが、それならほかの大学をきちんとしたレベルにそろえるべきです。国立80大学中、60大学は多分、ぎりぎり研究大学のワールドスタンダードを超えていると思います。私立大学は、せいぜい20から30校でしょう。

われわれは科学研究費補助金の採択研究課題数を調べて、全国の大学の研究活性度を見る調査を10年くらい続けています。活性度という言い方をしていますが、実体は研究のボリューム(量)です。科学研究費は重複して申請できませんので、科学研究費の採択数はその大学の研究にアクティブな人間がどのくらいいるかという数とほぼ同じなのです。クオリティー(質)はちょっと置いておいて、マスとして研究する能力がどのレベルかを科学研究費の採択数で見ることができます。2006年度の科学研究費の採択数を比べたグラフで見ると、量的研究力ランクの上位に国立大学が並び、12位の岡山大学の下に私大では初めて慶應義塾が来ます。早稲田は千葉大学の下で15位です。博士をどのくらい出しているかも大学の研究能力を見る指標になるのですが、私立大学は数字を出していません。

―国立、私立では量に相当差があるということですか。

明治以来130年間、国は国立大学に投資をしてきたわけですから、当然かもしれません。私学は建学の精神にのっとって、国の指図なんか受けずに頑張るぞというから私立であるわけです。それを一緒にするべきだとおっしゃるけれど、国立大学法人としてやりましょうというならいいですよ。しかし、それは建学の精神からしてそうするべきではないのでしょう。

一方、給料は私学の方がよく定年も長いとなると東大にいる人間も、だんだん東大にいることにいいことがなくなっています。そのうち居着かなくなる可能性があります。

(続く)

前田正史 氏
(まえだ まさふみ)
前田正史 氏
(まえだ まさふみ)

前田正史 (まえだ まさふみ)氏のプロフィール
1976年東京大学工学部卆、81年同大学院工学研究科博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、同総長補佐、生産技術研究所サステイナブル材料国際開発センター長、評価支援室長、生産技術研究所長、総長特任補佐などを経て、2009 年4 月から現職。専門は循環材料学・材料プロセッシング。1998年半導体シリコンの精製のために、ベンチャービジネス 株式会社アイアイエスマテリアルを創立、資本金7 億円で生産活動を行っている。主な著書に、『大学の自律と自立』(日本化学会編)、『「ベンチャー起業論」講義』(丸善)、『金属材料活用事典』(共著、丸善)、『金属事典』(前田正史編集、産業調査会事典出版センター)。工学博士。

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