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コラム - インタビュー -

第5回「芽は多様性の中から」

前・総合科学技術会議 議員、元 東北大学 総長 阿部博之 氏

掲載日:2009年6月22日

「知のエートス - 新しい科学技術文明創るために」

科学技術が日本の将来の鍵を握るということは、よく言われてきた。しかし、日本の高等教育はこれでよいのか。大学のあり方は今のままでよいのか。これまでこのような議論はきちんとなされてきたのだろうか。2007年1月まで総合科学技術会議議員として、今の第3期科学技術基本計画を策定する上で中心的役割を果たされた阿部博之・元東北大学総長が、議員退任後に科学技術のあり方を根本から問い直す目的の研究会を主宰している。その最初の活動成果とも言える本「科学技術と知の精神文化-新しい科学技術文明の構築に向けて」(丸善)が出版されたのを機に、阿部氏が21世紀の日本人に必要だとする精神的基盤「知のエートス」とは何か、をうかがった。

- 先生が心配されておられる画一性を追求しがちな日本社会の危うさについて伺います。これはどうしたら変えられるでしょうか。

阿部博之 氏

阿部博之 氏

これはやはり難しいのですが、本当の先進国になったのなら、後追い社会から脱皮をしていく過程で、多様性の中から未来につながる芽を見つけていく以外ないんです。米国のまねをしているときは画一性が非常に効率的なわけです。しかし、科学技術で本当に日本の独自性を出していこうとするのであれば、やはりまず多様性が必要です。

ノーベル賞でもそうですけど、大きい発明、発見は全部とは言いませんけど、ほとんどの場合、最初は意外なところから生まれるのです。偉い先生方がどこかの会議で「この次のテーマはこれだ」などと言って決まるということではあり得ません。意外なところから出てくることが多いのです。出てきたものを育て上げる目利きがどれだけいるかということはものすごく重要ですが、まずその芽が出てこなければどうにもなりません。まずその芽が出るところが、多様性なのです。ですから私は、学者が最も主張すべきところはそこではないかと言っているのです。

今、研究費の配分を見ますと、旧帝大と東京工業大学といった大学に予算が集中して、地方の大学に行かない実態があります。やはり画一的になり過ぎているんです。旧帝大のようなところには、米国で今どういう研究が進みつつある、今後どういう研究が流行りそうだといった情報を持っている人が多いのですね。ですから、そうしたところから出てくる研究課題の提案の方がいい点数をとりやすいわけです。しかし、例えばそんなことばかりでは、中村修二さん(注1)のような研究は出てきません。中村さんほどではないとしても、当初はいい点を取れないけれど、後で画期的な成果を生む可能性がある研究は山ほどあるのです。そういう研究をこれから大切にしていかないと、本当の独自性というものは生まれません。

ノーベル賞授賞の場合もほとんどの場合が、最初は意外なことじゃないですかね。むしろ昨年、物理学賞を受賞された益川敏英、小林誠さんなどのケースの方が珍しいのではないでしょうか。お二人の場合は、みんなが待ちに待った研究成果を挙げてくれた、と言えるでしょう。しかし、やはりこうした例は少数で、最初は意外に思われてしばらくたってから皆がその意義に気づく、というのが多いのです。例えば白川英樹さん(注2)のポリアセチレンフィルムだって「最初の論文は引用もされなかった」とご本人が述べていました(笑い)。

しかしこれは、なかなか難しい問題なのです。目利きというのは難しくて、当たらないときもありますからね。はっきり言えることは、多様性を大切にしていかないと白川さんのような研究成果も出てこないということです。

- 一方、研究費は集中した方がよいという意見もありますね。

国の予算に限りありますから、ビッグサイエンスは選択と集中がどうしても必要です。しかし、スモールサイエンスは、逆に集中し過ぎるのはよくないのです。旧帝大だけに金を出せばいい、あるいは旧帝大と東京工業大があればいいなんて極端なことを言う人もいますけれど、そんなものではないのですね。小さくてもいろいろなところに研究費を出すことが大事なのです。

- 画一性となりますと、教育のあり方も大きく関係してくるのではないでしょうか。

その通りです。米国の大学は、自分の大学の出身者の教員を制限する、あるいは残しても例えば全体の15%までに抑えるというような伝統を守っています。ハーバード大学のような大学も例外ではありません。

なぜかというと、異文化のぶつかり合いが必要だ、そこから新しい世界が出てくるのだということを深く信じているんですね。画一的ではなく多様性が大事だ、と。ハーバード大学などには米国中から優秀な人が来るので、そのような大学のトップとかその次が一番いいと思っている人はたくさんいるわけです。だけど、そういう人だけを残してしまうとその大学は駄目になる、あるいは、将来の学問が駄目になるということを知っているんです。

この点、日本はどうでしょう。後進国ですね。第3期科学技術基本計画をつくる際に総合科学技術会議の中で小グループを設け、夏休みに議論したことがあります。大学の純粋培養的な人の育て方にブレーキをかけることを基本計画に書き入れたいと言ったところ、総合科学技術会議の外から議論に加わっていただいた委員が皆反対なのです(笑い)。

何となくわかりますが、東大で何年に1人という学生は日本でも一番出来がいいというのは多分確かだと思うんです。だけど、そういう人だけを集めたら、まさに純粋培養になりますね。しかし、それにブレーキをかけたいと言うと、反対だと言われます。そこで「分かりました。じゃあ、自分の大学の卒業生が特に優れている大学だけは例外的に純粋培養をやってもいいです。ただ、日本全体をみて『純粋培養にブレーキをかける』ということを書かせてくれ」と言ったら、反対していた人たちもみんなイエスと言いました(笑い)。

それで第3期科学技術基本計画の中に、「人材の育成、確保、活躍の促進」方策の一つとして「教員の自校出身者比率の抑制」という文面が入ったのです。「国は、各大学の教員の職階別の自校出身者比率を公表する」という記述も盛り込みました。

何年に1人という秀才を自分の研究室なり研究所に残していく、この人間に勝るのはいないと考えるのは決して間違いではないでしょう。だけれども、それが世界の学問をリードするかというと別です。世界の学問をリードしたような人たちは、決してトップの秀才でない場合が多いのですが、やはり普通の人とはちょっと違うんですよ(笑い)。

- 東京大学はとにかく日本一の座だけは譲れない、ということではないでしょうか。ハーバード大学などと競争して世界一を目指そうとするより。

なるほど。でも、これから日本の大学は東大に限らず世界の大学と伍してやっていかなければならないのです。米国の優れているところは、科学研究費を見ると分かりやすいのです。研究補助金の総額を見ると一番とっている大学から2番、3番と少しずつ下がってくるわけです。ところが日本の場合は、この差が急激なのです。特に東大が飛び抜けて多く、グループとしては4つの大学が多いのです。これら4大学は科研費で 年間、100億円以上得ていますが、その後の旧帝大、東工大以外の大学になると急激に下がってしまいます。15番目、20番目あたりになると上位4大学に比べて10分の1から20分の1くらいになってしまうのです。

米国ですと、例えばノーベル賞を見てもいろいろな大学から出ているでしょう。確かにハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などの一部の大学は多いかもしれません。しかし、そのほかのさまざまな大学からも受賞者が出ています。選択と集中は、ビッグサイエンスには大いにやっていただいて結構です。予算の限界があり、あらゆるビッグサイエンスにお金を配るわけにいきませんから。しかし、ビッグサイエンス以外では、多様性の確保というのが、日本にとって重要ではないかと思います。

 

(注1) 中村修二氏: 1973年愛媛県立大洲高校卒、77年徳島大学工学部卒、79年同大学院修士課程修了後に入った日亜化学工業で窒化物系材料を使用した発光デバイスの研究開発に先駆的に取り組み、93年に青色、95年に緑色のPN接合型高輝度発光ダイオードの製品化に世界で初めて成功した。現在、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。
(注2) 白川英樹氏: 1955年岐阜県立高山高校卒、61年東京工業大学理工学部卒、66年同大学院博士課程修了後、同大学資源化学研究所助手。79年筑波大学に移り、助教授、教授、第三学群長などを務め、97年退官。東京工業大学助手時代に始めた金属のような光沢を持つポリアセチレンフィルムの研究が、76年米ペンシルベニア大学博士研究員時代に電気を通すプラスチックの発明として花開く。2000年米国人共同研究者とともにノーベル化学賞受賞

(続く)
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阿部博之
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ、59年東北大学工学部卒業、日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学工学部教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長、96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授、03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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