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コラム - インタビュー -

第1回「先端部門では差あるも論文数では急迫」

宇宙航空研究開発機構 副理事長、元文部科学省文部 科学審議官 林 幸秀 氏

掲載日:2009年3月2日

「中国と科学技術人材育成を」

国際社会における中国の存在感が急速に大きくなっている。国内総生産(GDP)で中国が2015年に日本を追い越し、2040年ごろには米国も追い抜き世界一の経済大国になる。文部科学省の「科学技術白書」(2008年版)は、米ゴールドマン・サックス社のそんな予測グラフを掲載した。日本にとって中国抜きには何事も進められない時代がすぐそこに来ているということだ。科学技術振興機構・研究開発戦略センター中国総合研究センターの中国科学技術力研究会主査を務め、昨年末に報告書「中国の科学技術力について」をまとめた林 幸秀・宇宙航空研究開発機構副理事長、元文部科学省文部科学審議官に中国の現状と将来について聞いた。

- 「中国の科学技術力について」をまとめた経緯についてまず聞かせてください。

林 幸秀 氏

林 幸秀 氏

文部科学省の科学技術・学術政策局長だった2003年に中国との交流の一環として上海を訪れたことがあります。それまで中国についてあまり情報を持っていなかったこともありますが、経済状況や高層ビルが林立する上海の街並みを目の当たりにして、衝撃を受けました。中国のことをよく知っておかないと日本の科学技術の将来は危うくなると思い知ったわけです。その後、小さなミーティングで専門家の話などを聞いたりして調査を初め、昨年夏に退官したのを機に研究会を作り、本格的にデータ集めに掛かりました。

検討結果をまとめた報告書は、科学技術振興機構・研究開発戦略センター、中国総合研究センター、科学技術政策研究所、文部科学省科学技術・学術政策局が持つデータを付き合わせ、中国の科学技術について一つの像を描いたものです。思いこみを排し、できるだけデータで語らせるように努めたつもりです。

- 報告書のポイントはどのようなものでしょう。

特徴は2つあると思います。まず論文からみた比較ですが、論文数は10年前、5年前と比べるとどんどん日本に近づいています。一部の分野ではほとんど接近しており、追い抜いている分野もあります。論文を書いた数で評価するという奨励策を講じていますから、中国政府の政策も論文数の急速な増加の背景にあります。

これは量的な比較ですが、質はどうかということも重要で、こちらはどれくらい論文が引用されるかで比較されます。論文の被引用数についても中国は急速に伸ばしていますが、まだ欧米や日本に比べると差があるのが現状です。ただ、日本の被引用数もあまりよくありません。米国が量、質ともにトップで、日本は論文数こそ米国に次いで2位ですが、被引用数について見ると米国の次は英国で、その後にドイツ、フランス、日本と続くというのが実情です。中国の論文の質にはまだ問題があるとわれわれは見ており、中国自身もそう思っています。しかし、いずれ日本に近づいてくるのは間違いないでしょう。

もうひとつの特徴というのは先端技術に関することです。こちらは研究開発戦略センターが専門家の意見を聞いてまとめた評価によると、電子情報通信分野、ナノテクノロジー・材料分野、先端計測技術分野、ライフサイエンス分野、環境技術分野のいずれにおいても、米国、欧州、日本と比べてまだかなりの差があるという結果になりました。

論文については中国の存在感は強まりつつあり、日本に近づいている。しかし、先端科学技術についてみると、米、欧州、日本に比べると、はっきり言ってまだたいしたことはないというのが結論です。

- では、中国の恐るべきところは何でしょう。

最大の強みは人材です。中国は19世紀後半から20世紀にかけて相当米国に移民しています。太平洋戦争中や戦後にも相当な数の移民がおり、そういう人たちの子孫で活躍している人が多いのです。さらに最近まで、中国の科学技術水準が低かったこともあり、優秀な研究者が米国、欧州、日本などに留学し、その後欧米などでポストを得るという状況が続いていました。近年、経済が発展し、研究者の中国国内での活躍の場が増加しています。このため、欧米などへ流出した人材もどんどん戻ってくるはずで、すでにこうした40代、50代前半の若手がしかるべき地位について活躍しています。団塊の世代が文化大革命でパージされてしまったことも若手が活躍する要因となっています。国際的な会議などに出てくる研究所長などは40代後半といった人が大半です。この10年間ほどは、これら欧米などから帰ってくる人材が恐るべき力を発揮するのではないでしょうか。

日本は既に大学の卒業人数では追い抜かれてしまっています。大学進学率も頭打ちですから、数で言うと太刀打ちできません。人材という面では日本はもはや中国に勝てず、今後、差はどんどんついていくことになるでしょう。それをどう考えるかです。しようがないとあきらめてしまうのかどうかです。私はそうではなく、中国と科学技術協力をより強め、その中で人材育成を中国と一緒になって行い、世界の科学技術の発展に貢献するとともに、結果として中国の人材が日本の科学技術にも役立ってもらうことを目指すべきだと考えます。

米国のハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学などでよい成績を挙げている中国人学生が全部帰国するわけでなく、一部は米国に残って活躍しています。中国の人材が日本でも科学技術の最先端の場で研究し、もちろん中国へ戻る人たちもいていいわけですが、何人かのうち一人が日本に残ってくれればいいのです。

(続く)
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林 幸秀 氏
林 幸秀 氏
(はやし ゆきひで)

林 幸秀(はやし ゆきひで) 氏のプロフィール
1973年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士課程修了、科学技術庁入庁、2003年文部科学省科学技術・学術政策局長、04年内閣府政策統括官、06年文部科学省文部科学審議官、08年現職。

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