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コラム - インタビュー -

第5回「求心型から遠心型社会へ」

愛知大学 名誉教授 坂東昌子 氏

掲載日:2008年9月12日

「21世紀の科学のあり方」

専門の素粒子論から交通流理論や経済物理学さらには情報、環境など幅広い分野に研究対象を広げるかたわら、女性研究者の研究環境改善に率先して取り組み、最近では日本物理学会キャリア支援センター長として若い物理学博士が活躍の場を広げるための後押し役も担う―。社会とのつながり、社会への貢献をつねに考えながら研究、教育活動を続けて来た坂東昌子・愛知大学名誉教授に、これまでの活動を振り返り、さらにこれから期待される科学のありかたと科学者像について語ってもらった。

坂東昌子 氏

坂東昌子 氏

 

ところで、私は女性だったことと、文系の大学に20年も置いていただいたおかげで、いろいろな経験ができた。そして、科学と社会のありかたを考える機会を与えられた。そこで暖めてきた科学の将来像を少し語らせていただきたい。

21世紀は求心型社会から遠心型社会への脱皮の時代である。科学技術専門家からの情報発信、専門家から非専門家への知識の普及という命令型から、市民参加型への転換が必要とされている。市民を主体とするNPOやNGOが力を蓄え、市民の力を基礎にした膨大な情報が、逆に科学技術の理論構成の中に有機的に組み込まれ、科学技術の発展や変革を促すための取り組みを強化することが求められている。

こうした意見は時に耳にするが、市民と向き合う科学者のあり方についてどこまで迫れるかは、多少経験がものを言う。理系とは違い、文系の大学の授業の場合は、たくさんの学生数のクラスを担当する。この中で、学生から学んだことが多くあった。そういう意見をもっとシステム的に受け止める組織のあり方はないものか。またゼミ研究を、単に練習問題としてではなく、生きた情報として集約し、第一線のテーマを取り上げ、質の高い研究へと向ける工夫をしてきてみて、学生たちのエネルギーというか、成長振りは目を見張るものがあった。そして一流の研究の一端を担えるのではないか、という可能性が見えてきた。

特に、環境問題とか医療問題など多くの人々の知恵を結集しないと、真実に近づけない分野が、生活の現場から見えてくることが多い。この、社会と科学者組織との間に存在するのが、学生である。学生はエネルギーもあり、批判力もあり、学んで成長する可能性がある。「最近の若い者は、学生は」と嘆いてばかりいるのは、学生のこの力を知らない先生方である。学生が、市民・行政部門と大学を結びつける糊(のり)の役割を果たせるはずだ。そうすればこれらの層を横断する共同研究も開けるだろう。

また、ゼミ生たちが、子供たちの指導で見せたパワーを考えると、環境問題で、世代継承の中心の担い手になれるのは、若い学生たちであることを痛感している。高校生や中学生、小学生など、若い世代に対して環境保全の活動を軸に結びつくと、大人ではできないことができる。そうすれば世代の継承を行いながら、大きなうねりを作り出すことができる。

21世紀の科学の質的な発展は、より幅広い人間活動のさまざまな試みから得られた膨大な情報からいかにして重大な情報を抽出できるかのノウハウを科学者自身が見いだすことから始まる。その最初の一歩を、学術的意義に加え社会的要請にもこたえられる環境分野で始めるのが1つの可能性かもしれない。

リサイクル万能論や、木の伐採は罪悪だなどうのみにされた間違いがまかり通っていることが多い。ゴミ分別についての批判は、授業で学生たちにも科学としてとらえる考え方を柱にした教育をしてきたが、武田邦彦氏を愛知大学の総合科目の授業に招いたとき、「最初は国賊だといわれた」という話をされた。こうした複雑な環境問題に取り組むとき、単なる思い込みでなく、科学的な判断に基づく取り組みが、市民運動と結び付いてはじめて、真に社会を変革する力になる。基礎訓練を身につけた学生たちの活動は思わぬ広がりを見せている。

自然科学の知識を生かして、社会科学的な側面をも視野に入れつつ、科学技術のありかたを追求することの重要性を痛感するようになった私は、今、少しでもこうした科学の未来像に近づけないかな、と思っている。それが私の夢でもある。

- 愛知大学での環境問題。

武田邦彦先生とは、在職中、「リサイクル幻想」(文春新書)にカルチャーショックを受けご講演をお願いしたのがきっかけで、名古屋大学武田研究室の環境専門の大学院生と愛大在籍の文系学生(エコビジネス研究会)という珍しい組み合わせの研究会(武田先生も出席)が誕生したことは述べた。この経験は私にこれからの科学のあり方への確信を与えてくれた。

20世紀に諸分野で顕著な発展を遂げた科学は、21世紀には、医療・環境など多様な分野にまたがる問題へアプローチする新しいスタイルが必要だと常々思っていた。そのスタイルとは多くの市民の知恵から学ぶことを可能にするものでなくてはならない。これは言うは易しいが専門家と素人、科学の成果の進化と拡大、といったさまざまなギャップをいかに埋めるか、の問いにヒントを与えてくれるものだった。こういう研究会もできるのだ、そしてお互いに学び合えるのだ。それを可能にするのは学生たちの素朴な疑問と実行力で包装過剰な日本の現状を調査したデータであった。「次は包装の材料について解説をお願いします」といったとき、それにこたえて、レジ袋などがナフサという石油精製の残りを使って開発した日本の技術を紹介してくれた武田研大学院生が、専門家の役割を務めてくれた。

科学者は、市民の知恵や市民が集めたデータの中から、重要な要素を抽出しそれが評価できなければならない。その昔、権威に頼った評価しかできない古い体質の医学界とは異なり、農夫の間で流行った天然痘に対する民間予防治療が大変効果的であることを認識したのは田舎医者であったジェンナーであるが、ここから、「免疫」現象という形で科学的根拠を確認しワクチン療法を確立したのはパスツールである。そこに科学の目がある。21世紀型の科学はアカデミーの世界に閉じこもるのではなく、人々の知恵に謙虚に学びつつ、しかし、鋭い知性で権威に頼らず事実を直視しそこから真実を見分ける本物の科学者が必要である。

今私たちが構築したいのは、パスツールのような天才でなくとも、科学者の情報を公開しながら組織的に多くの知恵に学べる仕組みを作ることである。それにはアカデミーの狭い世界だけで情報交換するのではなく、教育機関やNPOが自らも研究の一端を担う仕組みが必要であろう。オープンカレッジはそれに新しい知見を与えてくれた。この経験を活かして、この秋には、愛知大学で試行的に行われている教員免許更新講座に挑戦し、現場の先生方と交流してみるつもりで、今担当の田子健教授と相談しているところである。

(完)
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坂東昌子
坂東昌子 氏
(ばんどう まさこ)

坂東昌子(ばんどう まさこ)氏のプロフィール
1960年京都大学理学部物理学科卒、65年京都大学理学研究科博士課程修了、京都大学理学研究科助手、87年愛知大学教養部教授、91年同教養部長、2001年同情報処理センター所長、08年愛知大学名誉教授。専門は、素粒子論、非線形物理(交通流理論・経済物理学)。研究と子育てを両立させるため、博士課程の時に自宅を開放し、女子大学院生仲間らと共同保育をはじめ、1年後、京都大学に保育所設立を実現させた。研究者、父母、保育者が勉強しながらよりよい保育所を作り上げる実践活動で、京都大学保育所は全国の保育理論のリーダー的存在になる。その後も「女性研究者のリーダーシップ研究会」や「女性研究者の会:京都」の代表を務めるなど、女性研究者の積極的な社会貢献を目指す活動を続けている。02年日本物理学会理事男女共同参画推進委員会委員長(初代)、03年「男女共同参画学協会連絡会」(自然科学系の32学協会から成る)委員長、06年日本物理学会長などを務め、会長の任期終了後も引き続き日本物理学会キャリア支援センター長に。「4次元を越える物理と素粒子」(坂東昌子・中野博明 共立出版)、「理系の女の生き方ガイド」(坂東昌子・宇野賀津子 講談社ブルーバックス)、「女の一生シリーズ-現代『科学は女性の未来を開く』」(執筆分担、岩波書店)、「大学再生の条件『多人数講義でのコミュニケーションの試み』」(大月書店)、「性差の科学」(ドメス出版)など著書多数。

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