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コラム - インタビュー -

第4回「既存の政策体系に気候変動の観点を」

茨城大学 地球変動適応科学研究機関長・教授 三村信男 氏

掲載日:2008年8月8日

「温暖化対策は2正面作戦で」

7-9日に行われた洞爺湖サミットでは、焦点だった「2050年までに温室効果ガス排出量50%削減」という目標設定が合意という形には至らなかった。しかし、「世界全体の達成目標」と性格付けられ、「ビジョンを共有」という言葉で首脳宣言に盛り込まれた。中国やインドなど新興国を加えた主要経済国会合の宣言にも、世界全体の長期目標を世界各国が持つことを是認する表現が入った。環境省の地球温暖化影響・適応研究委員会座長として、報告書「気候変動への賢い適応」をまとめたばかりの三村信男・茨城大学 地球変動適応科学研究機関長・教授に、賢い対応とは何かなど地球温暖化に対する効果的かつ現実的な対応策を聞いた。

- それでは日本自体の適応策はいかにあるべきかを伺います。

三村信男 氏

三村信男 氏

 

日本では、もっと体系的な取り組みが必要ではないかと思います。まずは、詳細な影響予測が必要です。地域ごとの適応策をきちんとやろうとすれば、どの河川、どの海岸でどういう対策が必要か、農業ならどの地方にどういうことをしなければならないか。こうしたことを具体的に考えるために必要な、詳しい影響予測の研究はほとんどなかったのです。

環境省の研究費による戦略研究「温暖化影響総合予測プロジェクトが3年前に始まり、最近、沖縄から北海道までどのように影響が分布するか詳細な影響分布マップを発表しました。気温上昇が1℃、2℃、3℃と上がるとそれぞれどのように変わるかを予測して、やや具体的に影響が把握できるようになりました。

昨年9月には、環境省内に地球温暖化影響・適応研究委員会が設立され、これまでの研究成果をレビューして見取り図をつくり、全体の様子を把握することができました。これが報告書「気候変動への賢い適応」として6月18日に公表され、各メディアで詳しく報道されたものです。この2つの報告書は、webサイトで見ることができますが、今まで以上に全体像が分かってきたわけです。これでも個別の対策立案には十分ではないのですが、おおよそどこで、どういうことが起きるかは分かりました。

次に重要なことは、昨年ぐらいから政府の認識がすごく変わったということです。日本にも温暖化の影響が及ぶという認識にです。それまでは、温暖化の影響をどう考えたらよいのか、はっきりしていませんでした。2003年のフランスの熱波で1万数千人が亡くなったことや、2005年のハリケーン「カトリーナ」の大被害で、先進国でも弱点があるのが分かってきました。世界中で温暖化問題に対する認識が変わり、日本でも各省庁の認識が大きく変わりました。国民生活に近いところで適応策を検討する機運が高まりました。

まだ考え方が整理された段階で、具体策が固まったわけではありませんが、温暖化の影響が既に現れていることを知り、今から先手を打って備えなければいけないという認識に変わったんですね。例えば国土交通省の河川局が、気候変動に対する適応策を検討する委員会を作って、報告を冬柴大臣に提出しました。水資源でも農業でも同じような動きがあります。ですから全体的な政策の方向はだんだんはっきりしてきています。

- どこからやるのかという優先順位を付けるのは難しいと思いますが。

大事なことは個別の議論だけでなく、将来の影響をよく把握した上で、安全安心を確保できる国土のグランドデザインを描くことです。

優先順位ということになると気候変動の問題に限らないのですね。少子高齢化が進み、年金、医療など日本が抱える問題はいろいろあります。今までは海岸の災害対策は、すべて構造物を造って守るという考え方でした。ところが人口が減少し、予算の自由度も小さくなる。こういう将来状況で、例えば非常に人口が少ないところでは、生活が便利で、安全性の高いところへ移ってもらい、そこを重点的に防護する。そうした移住策というのも必要ではないでしょうか。実は、この考え方はかなり前から提案しているのですが、国民の生命、財産を守るための考え方も転換する必要があるのではと思っています。社会的に受け入れられるには時間がかかるかも知れませんが、国土の再配置、コミュニティ、人々の住んでいるところの再配置はいずれ避けられないのでは、と思っています。

優先度というのは難しく、温暖化対策は両面作戦が必要ということ自体、優先度を一つに絞ることはできないということでもあるのです。最終的な安定化の目標は地球が持っているCO2吸収能力までCO2の排出を下げるということですね。そのためには、ある国やある産業が頑張ればよいという話ではなくて、地球全体が低炭素社会になっていかなければならない。ロウソクをともした生活に戻るのではなく、いまの生活の質を維持しながらエネルギーの利用法や生活の仕方を負荷の少ないものに変えていく社会にする。それは、相当長い時間をかけて、トライアル・アンド・エラーを重ねてできるものだと思うのです。優先順位を付けて数年間これをやれば対策ができるというわけにはそもそもいかない。温暖化政策の役割は、みんなが知恵を出し合う国民的取り組みを誘導し、支援することだと思います。

適応の面では、各省庁はどこで何が起きているのか把握していると思います。九州では、数年前から、コメの品質が悪くなり高く売れなくて農家が困っていることが問題になっていました。このように、すでに起きていることを、温暖化対策という別の視点で精査し、洗い直してみる必要があります。そうすればやるべき対策の優先順位が出てくるはずです。

例えば、海岸災害で言うと一番大きいのは施設の老朽化問題です。日本では、1959年の伊勢湾台風、1960年のチリ地震津波でものすごい被害を受けた後で、堤防などが造られました。堤防の寿命は40年と言われていますから、ひびが入ったり、鉄筋が劣化しているところが少なくありません。きちんと補修しないと今の気象条件でも危ないのです。つまり、われわれがやろうとしているのは全く新しいことばかりではなく、目前の問題への対処が将来の気候変動に対して重要な備えになるものがある、ということなのです。

- それですと、行政なども対応しやすいのではないでしょうか。

これは、主流化、メインストリーミングという言葉で国際的にも言われたことなのです。既存の政策体系の中に気候変動への対応を組み込むということです。もちろん気候変動そのものをターゲットにした新しい政策をたてることは重要です。ただ、気候変動対策を、本当に実を結ぶものにするには、すべての政策の中に気候変動に対応するという観点を入れることが大切なのです。

環境問題も同じことですが、環境政策だけやっているうちは広がらなくて、道路や発電所の政策、都市計画といったところに環境保全の考え方が入ってきて初めて実のあるものとなるわけです。気候変動への対策が、政策の中でそのように広がることを期待しています。

(完)
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三村信男 氏
三村信男 氏
(みむら のぶお)

三村信男(みむら のぶお)氏のプロフィール
1949年生まれ、74年東京大学工学部都市工学科卒、79年東京大学工学系研究科都市工学博士課程修了、83年東京大学工学部土木工学科助教授、84年茨城大学工学部建設工学科助教授、95年茨城大学工学部都市システム工学科教授、2006年から現職。アジア、太平洋各国の気候変動の影響評価と適応策を探る国際共同研究多数。工学博士。

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