インタビュー

第1回「2,500人超す参加者」(石井哲也 氏 / 京都大学 iPS細胞研究センター・フェロー)

2008.06.19

石井哲也 氏 / 京都大学 iPS細胞研究センター・フェロー

「iPS細胞で盛り上がった国際幹細胞学会」

石井哲也 氏
石井哲也 氏

国際幹細胞学会が11-14日、米フィラデルフィアで開かれた。今回は、山中伸弥・京都大学教授(iPS細胞研究センター長)が切り開いた人工多能性幹(iPS)細胞に対する関心も加わり、過去最大規模の参加者を集める大会となった。同学会に参加した京都大学iPS細胞研究センター・フェローの石井哲也氏に学会の様子、iPS細胞が世界の幹細胞研究に与えた大きなインパクトを聞いた。

―国際幹細胞学会というのは、どのような学会なのでしょう。

国際幹細胞学会(ISSCR)は、ことしで6回目です。幹細胞研究に関する最も大きな国際学会ですが、第1回目の参加者は200人ほどだったそうです。今回は2,500人を超える参加者が集まり、招待講演が49件、ポスター発表数1,400件という規模に膨れあがりました。この分野に対する関心の大きさがあらためてよく分かります。昨年12月と今年5月に京都で開かれたiPS細胞をテーマにした特別シンポジウム、国際シンポジウムでも再生医療に期待する患者の姿が見られましたが、今回の国際学会でも同様でした。

幹細胞研究が以前にも増して注目を集めている理由は、まず1981年にマウス胚性幹(ES)細胞を樹立したマーティン・エバンス卿が、2007年にノーベル医学生理学賞を受賞したことが挙げられます。マウスES細胞樹立の17年後にヒトES細胞が樹立され、再生医療実現への期待が高まりました。以後、幹細胞研究は各国で基幹研究と位置付けられることとなったわけです。

もう一つの理由が、本邦発の人工多能性幹(iPS)細胞の樹立です。倫理的課題、細胞移植治療における拒絶反応というES細胞の持つ問題点を解決すると期待されています。iPS細胞は、2006年にマウスで樹立されましたが、わずか一年でヒト細胞樹立まで至り、科学的にも、また医療応用の可能性の面からも世界中の注目を集めることとなりました。この短期間でのヒトiPS細胞の樹立は、世界的な競争の産物という面もありますが、これまでのヒトES細胞研究の蓄積があったからこそです。

ヒトiPS細胞の樹立という大きな出来事の翌年に開かれたことしのISSCRですから、iPS細胞が大きな目玉となったのは当然です。

学会の第3日目の夜には、京都大学の山中伸弥教授をはじめとする、ヒトiPS細胞を樹立した世界の幹細胞研究者たちが、ずらり勢ぞろいした公開セッションが設けられました。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ハーバード大学、ウィスコンシン大学、IzumiBio社の研究者たちです。マウスよりも作製プロトコールが複雑なヒトiPS細胞の誘導技術と標準化について、意見が交わされました。数多くの若手研究者がセッションに参加し、立ち見を出しながら、プロトコール説明を必死に筆記する光景が見られました。途中、司会進行のG.Q.Daley教授(ハーバード大学)が、「この会場でヒトiPSの誘導に成功している人は手を挙げて」と呼びかける場面があったのですが、手を挙げたのは10人くらいしかいませんでした。ヒトiPS細胞については、まだ多くの研究者が自在に誘導できる段階にはないことを感じたものです。

―当然、山中教授の発言は大きな関心を集めたということでしょうか。

ええ、学会のプレス発表にも駆り出され、今後の医療へむけた研究進展について語った話は、世界に喧伝されたと思います。学会最終日の最終セッションは他セッションで使われていた小会場は用いず、大会場に集約されました。「リプログラミングとエピジェネティクス」と題された講演が行われ、講演の筆頭は、やはり山中教授でした。

今回のISSRCRにおける山中教授の発表内容は大きく分けて2つだったと言えます。1つは2007年11月発表以後のヒトiPS細胞の最新の研究状況で、もう1つは、iPS細胞の安全性に関する検討についてでした。前者は、iPS細胞を誘導した山中教授の4因子(Oct4,Sox2,Klf4,c-Myc)とトムソン・米ウィスコンシン大学教授の4因子(Oct4,Sox2,Nanog,Lin28)によるiPS誘導効率を比較し、山中因子の優位性を示すとともに、最近中国のグループが報じた6因子(Oct4,Sox2,Klf4,c-Myc,Nanog,Lin28)による高い誘導効率にも言及しました。

また、昨年11月に発表したヒトiPS細胞は白人由来の線維芽細胞からつくられたものでしたが、今回、幼少期、中年期、高齢期の日本人からそれぞれiPS細胞を樹立することに成功したことも報告していました。日本人でもできることを確認し、また、どの年齢層でも樹立できることを示したのは、今後の医療応用において大切な実証作業といえます。後者の安全性については、06年に報告した初代マウスiPS細胞(Fbx-iPS)の改良から生まれたNanog-iPSの完全な多能性(Germline Transmission)を振り返るとともに、レトロウイルスで導入したc-Mycに由来する腫瘍(しゅよう)形成という課題についても、これを克服する一連の取り組みを述べました。誘導効率は落ちるものの、培養条件の検討によりc-Mycを用いないiPS細胞を樹立し、これにより一定期間の観察下で腫瘍形成が見られなくなったことを明らかにしました。

また、線維芽細胞とは異なる肝臓や胃由来のiPS細胞の高い安全性についても説明しています。しかし、iPS細胞が医療応用の段階においても真に安全かという点での検討はまだ不十分とし、今後、さらにiPS細胞の安全性を向上させ、再生医療への応用を図るとともに、iPS細胞の標準化を行い、患者由来のiPS細胞を活用した病理解析、創薬・薬理試験系への応用を進めていく決意も表明していました。

(続く)

石井哲也 氏
(いしい てつや)
石井哲也 氏
(いしい てつや)

石井哲也(いしい てつや)氏のプロフィール
1995年名古屋大学大学院農学研究科博士前期課程修了、雪印乳業株式会社入社、2000年デンマーク・オーフス大学分子構造生物学部に留学、01年雪印乳業復職、03年科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)に。06年科学技術振興機構・研究戦略開発センター・フェロー、08年2月から京都大学iPS細胞研究センターフェロー併任。農学博士。

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