インタビュー

第3回「指導要領を変えた力」(滝川洋二 氏 / NPO法人理科カリキュラムを考える会 理事長、東京大学 特任教授)

2008.06.16

滝川洋二 氏 / NPO法人理科カリキュラムを考える会 理事長、東京大学 特任教授

「望ましい理科教育とは」

滝川洋二 氏
滝川洋二 氏

昨年12月に公表された経済協力開発機構(OECD)の国際的な学力調査(PISA)結果から、日本の高校生の学力、特に応用力が低下していることが明らかになった。教育再生会議(1月に最終報告者)も理科教育は英語と並び抜本的な改革が必要と提言、中央教育審議会もまた、理数系と英語の授業日数増を提言している(昨年10月)。日本人の科学技術に対する関心の低さに危機感を持つ日本学術会議も3月「日本人が身に付けるべき科学技術の基礎的素養に関する調査研究」(科学技術の智プロジェクト)最終報告書を公表した。文部科学省は同じく3月、9年ぶりに見直した小中学校の学習指導要領を公表、理科教育重視の姿勢を示している。これらの動きとその影響について教育現場はどう見ているのか。理科教育改善に長年取り組んでいる元高校教師で現在、NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長などを務める滝川洋二・東京大学特任教授に聞いた。

今回の指導要領見直しでもまだまだ国際的に見れば十分ではないというのは、最初に話したとおりです。一方、1989年の学生指導要領改定で国民の基礎的な教養の低下に危機感を持った物理学の3学会が94年に共同声明を出し、ガリレオ工房などがさまざまな活動をしたことで、文部省・文科省を動かしたという話もしました。日本物理教育学会、日本物理学会、応用物理学会の共同声明から14年です。実は、よくここまで変わったなという思いを持っています。共同声明が出た当時の文部省というのは、とても変わりそうもない相手でしたから。

昔の理数系の学会だったら考えられないのですが、ことあるごとに丁寧なコメントを出すことを続けました。理数系はまじめということがあるかもしれませんね。社会科学系の人たちですと全面批判になって、共通点がないかのように対立してしまうということがよくあります。この点、理数系の人間は、間違いは自分の方にもあるかもしれないという姿勢で提案をするという面がありますから。よくしなければいけないという目標は同じなのだから、協力するところは協力し、批判だけでなく建設的な提案もするという姿勢で運動をしてきたように思われます。

従来、知識・理解・技能に対して副次的な位置に置かれてきた意欲・関心・態度などを中心とする「新しい学力観」、あるいは「ゆとり教育」といわれるものから方針転換した。今回の学習指導要領改定に対しては、このように言われていますが、変える原動力は教育学者ではなかったのです。教育学者は、どちらかというとゆとり教育に賛成していて、本当に現状をよく見ていなかったと、この春に中央教育審議会副会長が講演されていました。理数系の人たちは、子どもたちの力が落ちているのがよく見えていたのです。

―教育学者というのは、大学の教育学部の先生たちのことですか。

そうです。文部科学省に対する批判も、理数系がスタートになって社会的な運動になったといえます。教育政策が理数系の人の意見で全体が変わったというのは、日本の歴史上初めてのことです。文部省に対して正面からまずいときはまずいと言えたのは、理数系の人間だったからだと思うんですね。それも個人が言ったのでは変わらなかったと思います。「理科の時間を減らし、理科の好きな人間を減らしてこれからの日本を支えてやっていけるのか」という素朴な不安、懸念があって、実際に大学に入ってくる学生の学力が落ちているのが目に見えていたから、本気で動こうという人が増えてきたのです。

全国一斉の学力テストのような競争で子どもは育つのではないか、と思っている人が多いのですが、試験があるから勉強するような小学生は少ないのです。まして高校や大学で理科をほとんど勉強しなかった先生が、子どもの成績で競争させられてもうまく教えられるわけはありません。子どもにピタッとはまる話ができたり、よい実験をする技術がないとうまく行かないのです。

では、大学でもっとしっかりした教育を、という期待があります。しかし、英国などは、大学の理科教育の先生は皆、現場経験を積んだ人がなっているのですが、日本は違います。新制大学ができたときに、理科教育にも自然科学と同じように博士号を持っている人を優先するようになりました。そのため、教育の経験のない研究者がたくさん入ってきたのです。もちろん教育にしっかり開眼される方もいるのですが。

理科教科書などに言葉上は掲載されていても、本当はこの内容が一番重要というところを見抜き、子どもがどこでつまずきやすいかを把握し、さらに子どもを惹きつけて自分から学びたくなるようにする教育方法などが大切だと思います。

でも、小学校では、一人の先生が現行で350時間(1時間は45分)の内容をプログラムしなければならず、中学の290時間よりずっと多いのです。ですから、今は小学校の先生に理科の立場から最大限の支援を行う社会システムを作ることが大切です。また雑用を減らし、先生にしっかり研修する時間を持ってもらい、先生同士で学び合える時間を持てるようにすることが大事だと思います。

(続く)

滝川洋二 氏
(たきかわ ようじ)
滝川洋二 氏
(たきかわ ようじ)

滝川洋二(たきかわ ようじ)氏のプロフィール
1949年生まれ。埼玉大学理工学部物理学科卒、国際基督教大学博士課程修了、1979年から国際基督教大学高等学校教諭、2006年から東京大学教養学部附属教養教育開発機構特任教授。教育学博士。高校教諭時代からNPO活動を通した理科教育の改善に取り組み、この功績で05年文部科学大臣表彰。「青少年のための科学の祭典」2006全国大会実行委員長、NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長、NPO法人ガリレオ工房理事長。専門は概念形成研究、科学カリキュラム研究、物理教育。『どうすれば理科を救えるのか-イギリス父子留学で気づいたこと』(亜紀書房)、滝川・吉村編『ガリレオ工房の身近な道具で大実験第4集』(大月書店)、「発展コラム式中学理科の教科書第1分野」(講談社ブルーバックス)など著書、編著書多数。

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