インタビュー

第8回「講義2 脳の発達に必要なものは 能力は遺伝では決まらない」(川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授)

2006.07.25

川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授

「道を拓く 脳のメカニズムに迫る」

川島隆太 氏
川島隆太 氏

脳の研究成果をもとにしたゲームの監修などでおなじみの川島隆太東北大学教授を迎え、脳のメカニズムに迫ります。

脳の育成に欠かせない環境、そして、コミュニケーションの必要性を語って頂きました。

—能力は遺伝では決まらないということですがその意味は?

いわゆる脳の働きが遺伝で決まるのか、環境で決まるのかということに関して、いろんなディスカッションが未だにあります。
たとえばフィンランドなどで盛んに行われていますが、一卵性の双生児の研究などからは遺伝的には最も同じ素因を持った二人の子どもたちが環境によって全く違う才能を示すことが、すでにデータとして出てきています。
ですから環境が与える影響が非常に大きいことが、双子等を使った研究から見えてきているのが現状ではわかっていることです。

私たちの脳というのは、実は新生児で生まれた段階ではほとんど機能を持っていない状態にあります。
ある機能は音を聴く機能、わずかにモノを見る機能、これしか脳には備わっていません。
それから大体、生後3年間かけて多くの能力が宿っていくと考えられています。
新生児期、生まれてから3歳くらいまでの間にたくさんの刺激が脳の中に入ることによって、私たちの脳という器の基礎ができあがるのではないかという考え方があります。

これを如実に現している一つの例としては、たとえば新生児の段階では日本人の赤ちゃんであっても、英語の「R」と「L」の音を聞き分けているというデータが、すでに新生児の観察実験から出てきています。
ところがこの赤ちゃんたちが5ヶ月くらいになると、すでに「R」と「L」の発音を聞き分ける能力がなくなっていることもわかっています。 ですから、そういう意味では、ほとんど白紙の状態であった脳が、保護者の方と一緒に過ごすことによって日本人の脳に立ち上がっていくんだという証拠も出てきています。

子どもの脳の発達に関しては、まだまだわからないことがたくさんあって、今、特に脳科学で話題になっているのは「臨界域」と呼ばれているものだと思います。
これは「感受期」と呼ぶ方もいらっしゃいますが、適切な時期に適切な刺激が入らないと、脳という器はきちんと育たないという考え方があります。
これは動物実験などでは如実にデータが出てきていまして、たとえば縦縞しか見せない環境の中で育てたネコは縦縞しか見えないという脳にできあがってしまうデータも出てきています。

また人間の例では、狼に育てられた少女、アマラとカマラの例が有名です。
この二人はインドで見つかったんですが、生後間もなく行方がわからなくなって、狼の群れに育てられたと言われています。彼女たちは何年かたって、5歳と7歳の時、人間に発見されて人間界に戻された。
可哀相なことに妹さんの方は亡くなられたんですが、お姉さんの方は20歳くらいまで生きていたはずで、その間に、たくさんの言語学者や心理学者、教育学者たちが彼女に人間の言葉を教える教育を行いました。
ところがたくさん頑張って教えたにもかかわらず、彼女は、ほとんど言葉を習得することができなかった。
このことからおそらく私たちの脳には生まれてすぐから、私たちの保護者等々から言葉を聴くことによって初めて言葉を理解して、扱える能力が宿る。
そのタイミングを逸してしまうと、その能力は宿ってこないのではないかという考え方が主流になってきています。

見るとか、聴く、話すというごくごく基本的な脳の機能に関しては、感受期があるということはまず確かだと思われているんですが、その他の高次の機能に関しては、まだまだ多くのディスカッションが残っています。
たとえば身近な問題としては外国語を巧みに操る脳をつくるにはどうしたらいいか。そのためには何歳までに外国語を被曝させる必要があるのかということに関しては、まだまだ脳科学の世界でも教育学の世界でもわからないことがたくさんあると私たちは認識しています。

—年齢による脳の発達の限界はありますか?

ある年齢を越えてしまった、たとえば「3歳までに何々をしないとだめだ」ということは一切ないと考えています。 もしくは「わからない」という言い方がフェアな言い方かもしれません。
少なくとも小さい頃に何をしなくてはいけないというデータは我々科学者は一切持ってはいません。

また脳の発達を考えていくと、私たちがドイツの解剖の教科書から拾い上げたものですが、人間の一番大切な働きをしている前頭葉の前頭前野と呼ばれているところの神経細胞の成長は3歳までに非常に大きく育つ。
その後、11~12歳までにゆっくり成長して、そこからまた再び急激に発達するという二層の発達を示すというデータが出てまいりました。
3歳まで、小さい頃が大事だというメッセージが正しいとしても、その後にもう一度大きく、一番大切な脳が発達する時期がやってくる。これが思春期以降にやってくるわけですね。
ですから私たちは少なくとも大脳の前頭前野に関しては20歳まで、最近の研究では、特に神経繊維の発達は30歳くらいまでに向かって完成すると言われていますから、大人になっても脳は成長するものだと認識すべきだと考えています。

—能力は遺伝と環境のどちらに影響されますか?

遺伝による影響が0かどうかというところまで、私たちの科学はまだ答えを見つけだしてはいません。
ただし私たちが普段、気にしているような高次の認知の力、いわゆる才能と呼ばれるものに関しては、環境の影響の方が大きいだろうと徐々に揃ってきていると理解するとよいかもしれません。

—天才の定義とは?

天才という言葉を使った本を僕自身も書いているんですが、天才の定義、実際に心理学でもおそらくなされていないと思います。

秀才までは我々は定義できると思います。秀才という人たちは、たくさん知識がある。知識があるだけではなくて、それを状況に応じて巧みに使うことができる人たちだろうと考えます。
状況に応じて自分が蓄えた知識を巧みに使うというのが、まさに前頭前野と呼ばれている脳の働きです。
ですからいわゆる秀才は前頭前野を巧みに使える人だろうと考えます。

ただし天才と呼ばれている人たちに関しては、定義の問題もあるんですが、まさに普通の人とは脳の使い方が違う人なのかなと考えていますので、これから脳科学の世界でも、本当に天才と呼ばれている、我々普通の人間とは全く違う戦略を、何かの作業をする時に行う人たちの脳の働きの仕組みがどうなっているかということを、基礎研究として見つけていくのは非常に面白いテーマになるかなと考えています。

—IQに関してはどう考えたらよいですか?

IQというテストによって子どもたちのある認知の力を計ることかできる。これは古典的に言われています。

実際にIQテストの中で、主にどういうことを見ているか。
言葉を運用する能力。図形等を処理する能力。
言葉を運用する能力は言語性と呼ばれています。図形の処理の方は運動性、作業性と表現をされています。いずれもこれらのテストは言葉をどう巧みに扱えるか、図形を巧みに扱えるかという2点にしか過ぎません。この二つの能力を見ているにしか過ぎない。
実際に私たちがIQの成績と脳の働きの具合の相関関係をとったことがあるんですが、IQが高い人たちは頭頂葉の連合野、側頭葉の連合野がどう働いているか。
頭頂葉の連合野は語彙等が入っている言葉を巧みに扱う領域で、側頭葉の連合野の場所は図形の処理をする場所です。
ここの働きが高いというデータが出てきます。ただしIQの成績と一番大切な前頭前野の働きには相関関係は出てきていない。

ただし天才と呼ばれている人たちに関しては、定義の問題もあるんですが、まさに普通の人とは脳の使い方が違う人なのかなと考えていますので、これから脳科学の世界でも、本当に天才と呼ばれている、我々普通の人間とは全く違う戦略を、何かの作業をする時に行う人たちの脳の働きの仕組みがどうなっているかということを、基礎研究として見つけていくのは非常に面白いテーマになるかなと考えています。

私たちはIQは一つの指標であって、我々の全能力を評価できるものではないということを、まず知るべきだと思います。
その中でもっと詳しく考えるのであれば、言葉を運用する能力と図形を使う能力、この二つだけを見ているだけであって、それが得意な人は点数が高い。
でもそれが不得意でも、もっといろんな才能を示す方がいらっしゃることも事実だと考えるといいと思います。

IQテストでは私自身、いろいろ思い出があるんです。
私は千葉大学教育学部附属小学校、中学校の出身ですが、当時、千葉大学教育学部の先生方から何度もIQのテストを受けさせられる実験をされて被験者になっています。
ですから私たちは実はIQテストに慣れてしまって、迷路の課題を見ても答えがスッとわかっちゃうんです、何度もやれば。
私自身のIQの点数は中学校の頃に200を超えていたと思います。
ものすごい天才と呼ばれる領域にいたはずなんですが、友だちも皆、そこにいたとういことで、IQテストも慣れれば、やり方さえわかれば、誰でもいい点がとれて、誰でも高い点がとれるということを、身を持って体験しています。

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