インタビュー

第4回「脳のメカニズム 研究の目的 子供のための脳科学と認知症治療」(川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授)

2006.06.27

川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授

「道を拓く 脳のメカニズムに迫る」

川島隆太 氏
川島隆太 氏

脳の研究成果をもとにしたゲームの監修などでおなじみの川島隆太東北大学教授を迎え、脳のメカニズムに迫ります。

子供のための脳研究が、やがて認知症治療にも効果を。ゲーム監修や著作など注目を浴びる社会貢献の意図、そして研究の真意に迫ります。

—脳科学と社会貢献、その大きな目的は?

私たちは脳科学、人間の脳研究の立場から社会に貢献したい、還元したいと考えていました。
そこで私が今、一番注目したのは、人間の脳の中でも前頭葉の前頭前野と呼ばれる脳の働きです。前頭前野と呼ばれるものは人間だけが特別に発達している特色を持っている脳でして、人の次に高等な脳を持つ類人猿たちも、大脳の中ではほんのわずかしか前頭前野という領域はありません。
不思議なことに私たち人間だけがものすごく大きな前頭前野を持っている。この前頭前野の脳の機能というのは、昔は沈黙の脳と言われていて、何をしているのかほとんどわからないと言われていました。
ところが最近、僕たちが行っている人間の脳研究では非常に大切な機能があるということがわかってきました。

前頭前野の機能には、たとえばものを考えたり、何か新しいことをつくり出す創造力が前頭前野から出てくる。
それから誰かと、きちんとコミュニケーションする力、これも前頭前野から出てくることもわかってきました。
自分自身の行動や感情、高ぶったものを我慢する力、これも前頭前野から出てくる。
さらには記憶や学習というものを前頭前野が支配しているし、私たちがモチベーション、やる気と言っているものも前頭前野の働きです。自ら何かをしようという自発性も前頭前野が制御していることが見えてきました。

私は、前頭前野の働きを知れば知るほど、たとえば子どもの教育を考えた時、子どもたちをどう伸ばすかという答えが前頭前野の機能にものすごく強く結びついていることに注目しました。
実際に生きる力をつけるということは教育の大目標になっていますが、生きる力というのは本来、何だろうか。具体的に考えていくと、もしかしたら、これは私の考えですけど、「自発的」に「意欲」を持って「考える」、そういう子どもに育てるということではないだろうか。

これは3つとも前頭前野の働きです。
それから学校でたくさん学習してもらう、学習した内容から新しいことを創造していけるような想像力の豊かな子どもに育てるということではないだろうか。「学習」「記憶」「創造力」、すべて前頭前野の働きです。

そして何よりも社会性という観点から子どもたちが社会の中の居場所を見つけた上で、自分の能力を存分に発現できるようにすること、これも重要だろうと。
他者とのコミュニケーションの力とか自分自身が我慢する力、これは前頭前野の力ですから、まさに社会の中で子どもたちが自分の居場所を見つけるためには前頭前野が大切になってくる。だったら私たちが、この脳科学の知識や技術から子どもたちの前頭前野を、より健全に発育させるための工夫というものが見えてこないか。
たとえば家庭の中で親子がこうあれば子どもの前頭前野は、より発達するとか、学校の中で子どもたちが、こう学べば、子どもたちは自分の力で前頭前野を、より発達させることができる、こういう答えが見えてきて、ある方程式が書ければ、これは非常に世の中に役に立つだろうと。

将来を支えてくれる子どもたちを健全に伸ばすためには「こんなことに注意したらいいんですよ」というメッセージを出せるんじゃないかなということが、私たちの大きな目標です。

—脳科学の研究対象となる年代は?

私たちの社会貢献の目標は、あくまでも子どもでしかありません。
子どもたちにどうかかわることがいいのかということを知りたい。これを世間にメッセージとして出したいということが唯一の目的です。

じゃ、なんで高齢者や大人を対象に研究をやっているのかと言いますと、実は、子どもが、たとえば生活の中で何かをすることが脳発達によさそうだという事実が見つかったとしても、それを子どもに積極的にやらせることは怖くてできません。倫理的にも許されない。
だったらまず大人をモデルにしてそういう研究をしてみようと思ったわけです。

そうした中で、私は医学の経験から認知症になってしまわれた方々に、そういう生活介入を行えば、一番結果が見やすいだろうと。
黙っていても脳機能が低下する人たちに何かをして脳機能が改善できた、よくなったという情報が出てくれば、これはいい方法だと証明ができます。私たちはあくまで子どもたちを見据えながらも、入り口として高齢者、大人の研究から入り込んできたというのが、今のあり方です。

—認知症に対しての成果をご紹介いただけますか

私たちが脳研究から見つけた前頭前野をたくさん働かせる工夫として、最初に私たちが偶然発見したのが、計算をしたり、文字を読んだりということで脳がよく働くということでした。

これは自分自身が頭を使っているという感覚とは全く別個に、脳だけがたくさん働くという性質があることを見つけ出しました。
これは子どもにとって考えると、すごくいいメッセージを出せる。学校できちんと勉強すれば、自分たちの脳の発達を促すことができる。 こんなすばらしいメッセージが出てくるという気持ちで、わくわくしながら、それを試すために、我々の仮説を実証するために、高齢者の研究、認知症の研究を行いました。
こうした中で私たちは認知症になってしまった高齢者の方々に、実際に数を読んだり、計算したり、文字を読んだり、文章を読むという、ドリルを使ったトレーニングを行いました。
これがJSTさんの補助によって行った最初の研究であります。

これを認知症の方々にやった結果、たとえば笑顔が全く出なかった方々が、ドリル教材をやって2週間、3週間で笑顔が出てくる。そのうち言葉が出てくるようになった。
さらに驚いたことに、たとえばおむつをしていた人たちがトイレに行きたいと言いだして自分からからトイレに行くようになったという、劇的な変化を見ることができました。

私たちが今でも忘れることができないのは、これは99歳の高齢者のおばあさんの例ですが、この方はアルツハイマーだったのですが、1年間のトレーニングでアルツハイマーの脳機能低下の状態から普通の状態まで戻ってきた。
それだけではなく自分は小さい頃、家にお金がなくて、学校に満足に通えなかったことをすごく後悔している。だから今、英語を教えてくれないかとおっしゃってくれて、実際に英語を学ぶことができた。英語をしゃべることまでできちゃったという方がいらっしゃいます。

私たちがものすごく印象強く思っているのは、3年間以上寝たきりの状態で施設に入っていて、ほぼ植物人間のような状態だった極めて重度のアルツハイマーの方が、言葉のトレーニングを始めてから、これは時間がかかったんですけど、実際に机に座って学習することができるようになった。
それができるようになってから、歩行訓練ができて、一端ご自宅に帰るところまで回復させることができたという例も見てきています。

これらの例というのは医学の常識からは奇跡の範囲に入っちゃうものなんですね。
こういうことが僕の目の前で起こるということは予想してなかったんですけど、実際には目の前で見てしまったものですから、私たちは子どものためにやっていたプロジェクトですけど、高齢者対策は国にとっても非常に重要なポイントになってきますから、少なくとも私たちが、十分関与しなくても一人歩きできるところまでは、私たちの責任で育て上げようと考えて、3年間、研究を続けてきて、実際に今、全国のさまざまな施設に、私たちのやり方が広がっていって、海外からも問い合わせがきて、台湾とかすでに輸出しました。
北欧からも視察団が来るという形で、どんどん世界中に福祉の種を蒔くということにまで広がってきています。

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