コラム - ハイライト -

現代矛盾社会は「終わりの始まり」なのか<2回目>

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)長・名古屋大学特別教授 野依良治 氏

掲載日:2016年8月4日

科学技術振興機構(JST)主催セミナー「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」(7月21日)の「基調講演」から

写真「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で基調講演する野依良治氏
写真 JST東京本部(東京都千代田区四番町)で開かれたセミナー「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」基調講演

今一度、私たちは謙虚にマハトマ・ガンジーの言葉「地球はすべての人々の必要を満たすに十分であるが、いかなる人の強欲も満たすことができない」を思い出さねばなりません。科学者たちは、生物である人間が自然の摂理に逆らって生存することはあり得ないことを明確に示しました。38億年にわたる生物の進化、20万年のホモサピエンスの歩み、そして生命体と母なる自然(陸、海、大気圏)とのかかわり関わりを学びつつ、人類生存にかかわる諸問題を発見、客観的かつ包括的な分析、評価を行い、環境の激変を示すとともに、危機対応について提案をしてきました。

しかしながら、市場経済の指導者たちは「成長こそがすべてを解決する」との神話を掲げて、非科学界やマスメディアの強い支持も受けながら、意志決定の先延ばしに終始してきました。まことに信じ難いことですが、GDP成長を目標とするマクロ経済政策においては、経済開発の「外部要素」たる天然資源の減少や環境負荷に関わる社会コストは勘案せず、システムに内部化していません。自然資本、生態系サービスの価値を体系に組み入れないのは、自らにとって不都合であるからです。しかし、市場経済と共にあり、これを許容してきた我々世代すべての人間の責任は免れることができません。今や直ちに、百年後の経済の境界条件からのバックキャストに基づく適切な政策が求められます。政治の不作為は現代の若者たち、さらなる後継世代への背信に他なりません。この様な状態を早くから憂慮して「人間のための経済学」を提唱、効率重視の市場原理主義を批判し続けたのは故宇沢弘文(うざわ ひろふみ)博士(経済学者)です。経済は単に富を求めるものではないとし、自然資本(natural capital)、社会的基本構造(social infrastructure)、公共制度資本(institutional capital)などの「社会的共通資本」の枯渇を断固阻止しなければならない、と説きました。

写真「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で基調講演する野依良治氏
写真 JST東京本部(東京都千代田区四番町)で開かれたセミナー「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」基調講演

達成の鍵は「人材育成と価値創造の場づくり」

SDGs達成の鍵は、この危機の時代が求める多彩な人材の育成であり、彼らの連携による新たな価値創造の場をつくらねばなりません。従って、高等教育界は、既成の社会システムの修正、改善ではなく、21世紀の若者たちの価値観に立脚した改革、パラダイムシフトに資すべきです。優れた学際的研究者、技術者の養成と共に、危機回避に立ち向う、政府機関、産業経済界、非営利団体のリーダーを輩出しなければなりません。ところが、この絶対的緊急事態への当事者意識はあまりに乏しく、機能不全です。「マクロ経済政策の過ち」と同様、教育界における「外部要素の内部化の失敗」が原因です。オープンサイエンスの時代に逆らうように、俯瞰性を欠く多くの有力大学が旧態依然、「内なる存在」として極度に細分化した、専門分野の後継者育成に傾注しています。社会がもはや、それを求めてはいないことすら認識しない。教育の根幹は「外部環境」へ輩出する学位取得者に対する社会適応能力の賦与ですが、目的の未達は若手博士たちの漂流状況からも明白です。SDGs目標の巨大さ、価値の公共性(市場性でなく)ゆえに、積極参加を志ざす個人は極めて少ない。核心的課題にチームワークで挑む先駆的ロールモデルの存在と共にさらなる動機づけが不可欠です。高等教育界にとって不可欠な才能ある青少年もまた,現在では「外部資源」で、天然資源と同じく有限です。果たして、先進諸国が推進するSTEM(科学、技術、工学、数学)教育は有効に機能しているでしょうか。我々の周辺で豊かに暮らす青少年の危機切迫の実感は極めて乏しい。危機到来を先導してきた先進国の責任はまことに大きく、自らの価値観にもっと謙虚であるべきです。

さらに、我々世代の経済成長重視の既成価値観の慣性の強さを鑑みれば、社会の再設計に向けた多様な人材源を、むしろ先進国以外に求めねばなりません。近代社会の非合理性、非効率性、さらに生存環境の喪失のリスクにより鋭敏なのは、実は困難に遭遇しつつある発展途上国の人びとです。あるべきgreen economy(陸)やblue economy(海、空)の振興を目指して、先進国の意志決定者たちは、是非、発展途上国の若者たちを励まし、おこまがしくも指導する必要があります。かつて私たちが若かった頃の日本がそうであったように、現状の技術力は及ばないものの、国民の勤勉さ、機知、決意などにおいては決して劣らないものがあります。目指すところは科学技術そのものの進展ではなく、社会的発展です。知識よりも「知恵」が求められます。実際、アジア各地でITも活用した陸上、海洋生態系と調和する、草の根的技術も実践されつつあります。先進国からの支援もこのような異なる社会、文化、環境などを踏まえた「適性技術(appropriate technology)」の展開に向けられるべきでしょう。SDGsの達成に向けては、すべての国や地域がそれぞれの特性に矜持(きょうじ)を保ちつつ、積極的に参加することが求められます。多様かつ自律的なアプローチが不可欠で、ともすれば不遜な先進国からの一方的な押しつけ,堕落や腐敗をもたらす過剰な補助金は無用です。

決定的に大切な「価値観のイノベーション」

人類の英知が高度の物質文明を築いてきたことは、大いなる誇りです。しかし、国家的野心が多くの戦争を引き起こし、社会を疲弊させ、過剰な個人的欲望の集積が、もはや修復不能な環境破壊,文明の危機を招きつつあることを、私たちは再認識し、猛省しなければなりません。これまで、社会を変えるために、数々の科学技術に基づくイノベーション、ビジネスに関わるイノベーション、また社会制度イノベーションがなされてきました。これらは、実は現存社会あるいはそれを構成する人々の、自らが抱える矛盾をそのままに放置した上でのことです。しかし、この不都合をこのまま継続することは困難です。冒頭に申し上げたように、人類は限りある地球の枠組みから離脱して生きることは、絶対にできないからです。私はむしろ、現世代が自らの倫理観や人生観、あるいは文明観を糺すための「価値観のイノベーション」こそが決定的に大切で、ここに総合的な知のフロンティアを切り拓かねばならないと考えています。ご清聴ありがとうございました。

(内城 喜貴)

(全2回)

( 第1回 | 第2回 )

野依良治 氏

野依良治氏プロフィール
1963年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。京都大学助手、名古屋大学助教授、ハーバード大学博士研究員を経て、1972年に名古屋大学教授,2003年から同特任、特別教授。同年から理化学研究所理事長を務めた後、2015年に科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)長・名古屋大学特別教授に就任。日本学士院,ローマ法王庁科学アカデミー会員,全米科学アカデミー、英国王立協会、中国科学院などの外国人会員。1995年日本学士院賞、1998年文化功労者、2000年文化勲章、2001年ノーベル化学賞など、国内外の顕彰多数。

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