ハイライト

現代矛盾社会は「終わりの始まり」なのか<1回目>(野依良治 氏 / 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)長・名古屋大学特別教授)

2016.08.04

野依良治 氏 / 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)長・名古屋大学特別教授

科学技術振興機構(JST)主催セミナー「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」(7月21日)の「基調講演」から

写真「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で基調講演する野依良治氏
写真 JST東京本部(東京都千代田区四番町)で開かれたセミナー「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」基調講演

 私は第二次大戦敗戦の年に小学校に入りました。そして若き日に当時の世界の状況に照らせば著しく貧しい辺境で、我流の化学研究を始め、しかし多くの方々に導かれて歩み続け、時を経て国内外でいささか認められることになりました。この間、我々の親たちの世代はひたすら経済の復興、発展のために働き、我々世代の多くも疑う事なく、この価値観に追従してきました。加えて、我々は欧米から科学だけではなく、彼らが旨とする民主主義、人権、自由の重要性,さらに多様な文化の尊さなどを学んできました。やがて世紀が変わる頃、私も若者世代に後を託する年代になりましたが、振り返って見れば、我が国は経済効果の追求が最優先であり、その他には国民が共有しつつ、国際社会に明確に伝えるべき「国是」、つまり国家理念が存在しないことに気がつきました。

「人類の存続に貢献する国」を国是に

 国是とは子供たち、若者たちに分かりやすく、国民として誇りをもてるものであり、また諸外国に共感を得るものでなければなりません。そこで私は折に触れて「日本とは、限りある地球の枠組みの中で、人類の存続に貢献する国」であることを国是、ナショナルビジョンにすべきであると主張してきました。人類にとって最大の命題は世代の継承、つまり生物的には「種の保存」であり、民族にとっては「文化の継承」、さらに広くみれば「人類文明の存続」であるはずです。そして、わが国の憲法も、外交、産業経済、文化、教育、そして科学技術も実はそのためにある。もう10数年言い続けてきましたが、一科学者である私の考えは、おそらく青臭いのでしょう、昨今盛んな憲法改正論議の課題にもまったく上がらないように、国の意志決定者たちに、届くことはありませんでした。誠に残念に思います。

 一方、世界では昨年9月の国連総会において、先のMillennium Development Goals (MDGs)に続く、Sustainable Development Goals (SDGs)、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。我が国も主要国として、この17の目標への積極的対応が必要ですが、決して受け身ではなく、これを機会と捉えより発展を期すべきです。

 科学技術は、もとより個々の人々の豊かな人生、国の安全かつ平和な存立と繁栄、そしてさらに広く人類文明の持続のためにあります。18世紀後半のジェームス・ワットの蒸気機関の発明は社会を一変しました。この産業革命から現在に到る5次にわたるKondratieff波は、10億人から72億人に増大した世界人口を支えると共に、経済規模を250倍、現在の80から90兆ドルへと拡大させました。しかし、この有限な惑星の中で持続的な文明を営む上で、無限の量的拡大は不可能であることは明白で、社会は持続性の確保に向け、経済を含めて質の向上を目指すべきです。

 さらに近年は急速にICT(情報通信技術)のネットワークが広がっています。社会を広くみれば、2005年ティム・オライリーが提唱したWeb2.0の傾向が急速に拡大しつつあり、すべての人が発言力をもつ、直接民主主義に流れつつあります。私は、ここに新しい適正な社会秩序をつくる必要があると強く感じています。先月の英国のEU脱退の、身勝手な選択もこの文脈上にあります。これからの社会は本当に大丈夫か。科学技術の社会実践には、正統な文明論的展望が必要です。そして時宜を得た、慎重な制度設計と一体でなければなりません。科学技術は常に二面性、両義性をもち、不確定要素も多い。起り得る災害は何時か必ず起るので、成り行き任せで、とり返しのつかない事態を招いてはなりません。 実際、多くの識者たちが現代は「終わりの始まり」ではないかと心配しています。我々は21世紀に生きていますが、未だ20世紀の問題と格闘している。現代はまさに矛盾内蔵型社会であり、科学技術についても一方でその価値を強く肯定しながら、他方で否定もしなければなりません。72億人を超える人口爆発をはじめ、欧米諸国、日本もさらには中国も選んだ市場主義経済の蔓延、そして我々が皆望んだはずの産業技術の発達、そして生活様式の変化などが問題を引き起こしているからです。私たちを含む恩恵を享受する人びとの責任回避です。責任のなすり合いではなく、現世代が総力を挙げて解決にあたらねばなりません。最近英国でも、実際に人類文明を揺がす様々な深刻なリスクが予測されていますが、広範かつ決定的な影響を及ぼす事象への対応システムが不十分です。核戦争、原子力発電事故、テロリズム等、人間の愚かさが直接的に関与する悲惨な結末への恐怖には、多くの政府が関心を寄せ、不十分ながら管理体制を整備しつつあります。しかし、今回の時代錯誤の大衆迎合、衆愚的国民投票とともに、マクロ経済の成長神話による政治的リスクには全く備えがありません。

写真「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で基調講演する野依良治氏
写真「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で基調講演する野依良治氏

産業技術に比べ遅々とした倫理的、社会的進歩

 現在人類は再生可能な天然資源の150%を消費しており、未だ見ぬ後継世代から許可なく借用しつつ、濫費を続けています。昨年は8月13日がearth overshoot dayで、12月末日を待たずに年間の割り当て量を使い切りました。昨年のパリにおけるCOP21会議で議論されたように、化石燃料エネルギーへの過度の依存、非効率的使用の結果、年間CO2換算で500億トンの温室効果ガスを、排出しています。自然が100万年もかけて貯蔵した炭素資源を、人類が一年間で消費することになります。さらに2030年にはエネルギー需要が45%増加するとされています。そして大気中のCO2濃度はすでに400ppmを超え、これが主要因で地球の温度は産業革命以来0.85℃も上昇しました。しかし、直ちにCO2排出をやめても地球温暖化は、今後とも不可逆に進行します。気候変動と関連して起こる、水および食料の安全保障の危機、生物多様性の喪失、生態系サービスの消失は人類にとって切迫した脅威です。干ばつの長期化による農地の消失、海面の上昇などによる直接的打撃は甚大ですが、さらに間接的に特定地域を地政学的に不安定化します。すでに、武力衝突や暴動を誘起し、テロの拡大を招く結果ともなっています。産業技術の急速な進展に比べ、倫理的、社会的な進歩はあまりにも遅々としています。かつて自然現象の支配下にあった地球環境が、人間が駆動するAnthropoceneとなり、その結果自らの生存を脅かす未曾有の厳しい状況をつくり出しています。

(内城 喜貴)

野依良治 氏
野依良治氏

野依良治氏プロフィール
1963年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。京都大学助手、名古屋大学助教授、ハーバード大学博士研究員を経て、1972年に名古屋大学教授,2003年から同特任、特別教授。同年から理化学研究所理事長を務めた後、2015年に科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)長・名古屋大学特別教授に就任。日本学士院,ローマ法王庁科学アカデミー会員,全米科学アカデミー、英国王立協会、中国科学院などの外国人会員。1995年日本学士院賞、1998年文化功労者、2000年文化勲章、2001年ノーベル化学賞など、国内外の顕彰多数。

関連記事

ページトップへ