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バイオミメティクス、産業と国際標準化の課題(平坂雅男 氏 / 帝人株式会社 知的財産部 知財戦略室長)

2014.03.13

平坂雅男 氏 / 帝人株式会社 知的財産部 知財戦略室長

バイオミメティクス・市民セミナー「バイオミメティクスの産業応用 - 世界動向と国際標準化」(2013年12月7日、主催:北海道大学総合博物館 協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

帝人株式会社 知的財産部 知財戦略室長 平坂雅男 氏
平坂雅男 氏

 欧州のバイオミメティクス(生物規範工学)関連のシンポジウムでは、日本の技術や製品が結構着目されている。例えば、カワセミの形がモデルの日本の新幹線、光干渉から生まれるモルフォ蝶の美しい構造色の仕組みを応用した帝人の繊維「モルフォテックス?」、ガの眼の無反射性を応用した三菱レーヨンの「モスアイ?フィルム」などである。

 しかし、日本ではバイオミメティクスの技術体系化がまだなされておらず、多くの場合試行錯誤で研究開発が行われている。課題は産業化をリードする仕組みができていないことだ。

 欧州では、2007年ごろ、ドイツ連邦政府が「生物多様性戦略」、フランス上院は「持続可能に寄与する科学技術」、英国貿易産業省は、「バイオミメティクス:自然模倣による製品設計のための戦略」の調査レポートを出している。新しい何かを生み出す機運が高まり、バイオミメティクスの研究が盛んになった。実は中国の清華大学も、2007年にバイオミメティクスの世界の研究動向や製品化についての調査報告書をまとめている。

産業応用に向けた各国の近年の動向

■ 米国

 サンディエゴ動物園を中心とするバイオミミクリー(biomimicry:生物模倣技術)運動は、大学や企業の連携、学際的研究を構築し、地域の発展や製品開発、雇用の創出に取り組んでいる。「2025年には、米国内に年間3000億ドルの市場を形成できる」という経済レポートが2010年に報告され、社会に大きなインパクトを与えた。また、シャークレットテクノロジー社は、サメ肌のようなマイクロパターン状の表面には細菌が増殖しにくいことを発見し、病院の壁に使った。さらに、この技術を感染症予防のために医療ガーゼや医療機器用に開発している会社もある。

■ 欧州連合(EU)

 欧州議会は、2006年「第7次研究枠組み計画(FP7:Flamework Program)」を採択した。FP7は、欧州委員会が提案したもので、2007-13年に、4つのプログラム(「協力」「構想」「人材」「能力」)が実施される。中でも、「人材プログラム」の「マリー・キューリー・アクション施策」は、欧州の研究者の「頭脳流出」を減らし、欧州域外から才能ある研究者を欧州に引きつけ、「頭脳循環」を強化する一面を持つ。予算は7年間で合計47億ユーロ以上だ。同施策は、「キャリア形成のための対域外研究者派遣」「域外研究者招聘」「国際スタッフ交流事業」なども推進する。

 FP7に次ぎ、2014-20年の新たなイノベーションプログラムが「Horizon2020」。詳細はまだ不明だが、予算規模は総額700億ユーロに増えるという。

■ ドイツ

 1)「BIOKON(ビオコン)」という団体があり、ドイツ連邦教育科学研究技術省の資金を受けて、研究や教育に関わる各種プロジェクトの実施だけでなく、バイオミメティクスの啓蒙活動を行っている。産業界とのネットワークも強い。「BIOKON International」が2009年に発足し、2013年10月現在、18カ国110人の研究者が登録・活動している。

 2)ドイツには、さまざまなモノづくりの会社がある。ある工作機メーカーはゾウの鼻をまねたロボットアームを研究した。ゾウの口の動きを観察してじゃばら構造などを開発し、3本のアームで柔らかく細かい動きができる。硬いものから柔らかいものまでつかめるし、力も強い。もし将来、もっと小さくなれば、内視鏡手術に応用の可能性につながるのではないか、とみられている。

 3)ルフトハンザ航空では、飛行機の胴体の表面にサメ肌を模したコーキングをして、エネルギー損失を減らし、燃費改善を図っている。飛行テストで、摩擦抵抗や耐久性を調べたところ、効果が確認されている。燃料だけでなく二酸化炭素の抑制に貢献できる取り組みだ。

■ フランス

  2012年の秋、政府から次の報告と計画が相次いで発表された。

 1)「グリーンエコノミクス実現のためのバイオミメティクスの役割に関する調査報告(エコロジー・持続可能開発・国土整備省)」
この報告では「バイオミメティクスは、グリーンエコノミクス(環境を意識した経済活動)の観点から、高い可能性を秘めた革新的な技術の方法である。関連プロジェクトを推進すべきである」との結論が出された。

 2)「バイオミメティクス関連の防衛技術応用におけるイノベーション(国防省装備総局)」
米国と同じように、フランスも国防という観点からバイオミメティクスに期待している。例えば、“快適性の追求”という点で、重い防弾チョッキを軽量化するためのナノ構造材料や繊維が開発されている。ちなみに、防弾チョッキは、温度や湿度への対応も大変で、汗をかいても強度の維持が重要だ。ほかにも、貝殻や真珠の層構造に着目した“衝撃保護”や、生物の毒性除去機能を活用する“除染”など、さまざまに具体的な応用研究がなされている。

 3)「欧州バイオミメティクス拠点の構築」
パリから50キロメートル北に位置するサンリス市のフランス陸軍第41通信連隊の駐とん地跡(10万平方メートル)で、欧州最初の研究開発クラスターとして、バイオミメティクスの拠点づくりが進んでいる。サンリス市は、中世の面影を残す街で、歴史的な建屋をそのまま生かし、内部を整備する計画だ。経費は、研究開発施設やビジネスセンター、研究者の住居などの基盤建築と用地整備、企業支援も含め約12億ユーロが必要と報じられている。化粧品メーカーのロレアルほか数社の名が企業連携に挙がっている。

※詳しくは、『PEN』 2013,june 寄稿「フランスにおけるバイオミメティクス」帝人株式会社 平坂雅男

国際標準化で貿易競争力を

 紀元前2500年ころ、エジプトで建造されたピラミッドでは、最大のもので約300万個の巨石が使われたと計算されている。このような巨大建造物の建造を可能にしたのは、石の大きさを統一単位で測る計算法、統一された作業手順があったからと考えられている。文明の誕生期に、すでに人々の集団活動において、このような「標準化」の起源を見ることができる。

 現代では、1946年に発足した「国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)」が、電気分野を除く工業分野の国際的な標準である国際規格を策定する。何かについて標準化を提案すると、Technical Comitee(TC)という委員会ができて検討し、最終的な国際標準が決まる。

 国際標準化に際しての基本的な考え方には、ボルトや乾電池のように「形や大きさを同じにする」、絵表示で「分かりやすくする」、シャンプーとリンスを区別したような「目印をつける」などがある。国際標準は、身近な暮らしにも行き渡っている。繊維製品の洗濯注意表示やアイロンがけの適温マークは、日本工業規格(JIS)が普及しているが、ISOの場合、世界に通用するマークとして定められている。

 1996年、世界貿易機関(WTO)の「政府調達協定」が発効して、国際規格に準拠した商品を買うことが各国に義務づけられた。そして2001年、中国がWTOに加盟し、各国は新興国市場の拡大を視野に、政府主導型のISO推進の動きが強まった。中国も国家戦略としてISO推進に取り組み、標準化の提案数が増えている。中国独自の規格設定もある。

 安倍政権の「日本再興戦略(2013年6月14日決定)」の[3. 科学イノベーションの推進]において、“戦略的な国際標準化の推進”が掲げられている。日本は、品質の良さや顧客の利便性を尊重してきた。さらに今後は、国際競争力の向上策が不可欠だ。

バイオミメティクスの国際標準化

ドイツ連邦の標準化機構の提案により、バイオミメティクスに関する新しい技術委員会「TC266」が2012年10月スタートした。3つのワーキンググループ(WG)が発足し、日本は、「バイオミメティクス知識創造プラットフォーム」をWG4として提案した。

 バイオミメティクスの技術化、応用が成功するには、異なる専門分野間の強い協力が重要だ。我々は、異なる研究分野をつなぐ用語や技術的定義を検討し、発想を支援していくために、「オントロジー」と「シソーラス」というものをうまく利用していきたい。

 オントロジーとは、情報工学で言うと「言葉の概念体系」を意味する。例えば「撥水性」という言葉が学問分野によってバラバラなイメージを持つことに対し、それらを結びつけることだ。生物学で、水をはじく、ハスの葉効果、自己洗浄機能、 工学では、表面コーティング、ナノ構造などである。

 シソーラスとは、用語の類似辞書のことで、同義・類義・関係などによって分類し、体系づけられている。例として、「くっつく」という言葉から、接着、吸着、癒着(ゆちゃく)など多様な言語構造が生まれるので、アイデアの源になりうる。

 日本の強みは、テキスト検索の限界を超える「画像検索エンジン(長谷山美紀・北海道大学教授)」があることだ。

 以上のような取り組みを進めながら、「バイオミメティクスの産業活用コンソーシアム」の創設を目指している。ご理解とご支援を賜りたい。

     ◇

 新たな科学の潮流が見いだされると、技術開発が進み、その成果として特許出願が行われる。特許出願において先行技術として引用される学術論文の数を指標として測定するサイエンスリンケージでは、世界に比べて日本は遅れをとっている。すなわち、新たな科学の潮流を利用した産業化に対する取り組みが弱い。産業化に結びつく米国の特許出願数(1997-2012)の推移でも、2002年 100件が2009-10年 250件と増大している。このように、バイオミメティクスを利用した新たな産業が生まれようとしている。

 欧州では、自然科学の啓発について博物館の役割が大きい。ロンドン自然史博物館は特に小学生の教育に力を入れている。教師らと一緒に、楽しみながら勉強して、科学者になるためにはどういうことをすればよいかも含めて自分たちの科学的知識を高めている。

 2014年3月20日(木)〜4月6日(日)に、東京・北の丸公園の科学技術館で「4億年、昆虫との手紙展。バイオミメティクス〜いきものに学ぶイノベーション」が開催される。今春、この展覧会を見る小中学生や高校生たちが新たな視点を持ち、そして、将来のこの分野での研究開発を担うことになるよう、期待している。

(サイエンスレポーター 成田優美)

帝人株式会社 知的財産部 知財戦略室長 平坂雅男 氏
平坂雅男 氏
(ひらさか まさお)

平坂雅男(ひらさか まさお)氏のプロフィール
東京暁星学園高校卒、1980年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、80年帝人株式会社中央研究所入社。99年東京本社研究企画推進部で企業間アライアンス、産学連携業務などを経て、10年知財戦略室兼構造解析研究所、13年から現職。著書は『最新フォトニクスポリマー材料と応用技術』(小池康博、平坂雅男共編、シーエムシー出版)、『研究者・技術者の「うつ病」対策』(分担執筆、技術情報協会)など。2006年日本顕微鏡学会、技術功労賞(材料部門)受賞。

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