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“動く皺(しわ)の微細構造” 生物をモデルに工学に応用(大園拓哉 氏 / 産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ソフトメカニクスグループ グループ長)

2014.01.25

大園拓哉 氏 / 産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ソフトメカニクスグループ グループ長

バイオミメティクス・市民セミナー「リンクル(皺)とバイオミメティクス」(2013年11月2日、主催:北海道大学総合博物館、協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ソフトメカニクスグループ グループ長 大園拓哉 氏
大園拓哉 氏

 科学と工学は完全な区別は無いけれど、もし対比するならば、科学とは「あるモノやコトが、どのように存在して機能しているかを解明(Analysis)する」学問であり、「知的な欲求そのもの」も科学の目的になる。工学は、何かはっきりした目的を前提に、「それを達成するために何が必要か、どうあるべきか」を問い、組み上げていく。いわば「設計(Design)」や「合成(Synthesis)」と捉えることができる。

 仮にラジコンカーの製造が目的の場合、モーターやタイヤなどの科学的な要素を基に、通信、制御法、加工法などが必要となる。つまり「多くの人が再現可能な技能知識」が継承され、「機能的、経済的、原理的」な最適化作業が行われているのが「工学」だ。

 ところが現代社会は“科学技術”が行き過ぎている感がある。具体的には公害、原発、遺伝子操作、iPS細胞などである。技術というものは、効率的で利益を生む力があると、さらに投資して発達していくわけだが、結局、人間に損になっているかもしれず、きちんと対応しなければいけない。かといっても、昔の暮らしには戻れない。

生物、自然と共生可能な工学とは

 工学の一番大きな目的は、「人類が安全に生活していくこと」だと思う。その手法の1つに「バイオミメティクス(生物規範工学)」がある。「自然や生物の種々膨大な成り立ちや仕組みから、“自然と共生”の有効なシステムを学び、工学につなげて行こう」とするものだ。模倣(真似ること)は人間生来の性質ではないか。「模倣からの創造」という言葉もある。空を飛ぶ鳥を見て飛行機を作ることは、人間の脳を介した意識的な行動だ。ただ、赤ちゃんが成長過程で周囲を“真似て”いくのと、動物の擬態やカモフラージュは、ここで言う“真似ること”とは違う。

 バイオミメティクスでは、生物と工学の研究者が一緒に議論する「人的ネットワーク」(異分野交流)はとても大事だ。自然科学からの知識が増えるにつれ、専門領域が広範囲に細分化して、カオス的になり得るからだ。今後はデータベースの活用も重要で、工学に応用するためには、工学者も生物を理解しなければならない。私は十数年前、たまたま自然や生物の表面で見かける凹凸(おうとつ)構造に着目した。砂漠の風紋やマスクメロンのひび割れ、体長0.5ミリメートルのハダニの走査型電子顕微鏡(SEM)画像など、さまざまな構造があるが、とりわけ「微細な皺(しわ)」(マイクロリンクル、micro wrinkle) の動きや機能を研究している。そして、“シワ”というものには、「自己組織化」という現象が密接に関わっている。

「自己組織化」という自然界の不思議な現象

 自己組織化(Self-Organization)とは、「無秩序状態から、人の手を直接介さずに、何らかの秩序が自発的に発生する過程と結果」と定義できる。次のような現象がある。AとBの異なる材料を混ぜておくと勝手に分離する「相分離」、微粒子や泡、分子が勝手に集まる「自己集合」などだ。

 自己組織化構造の過程は、エネルギーの流れから2つに区分できる。1つは「エネルギー緩和構造」で、微粒子が分子に置き換わる結晶や、クラスターなどがある。もう1つは「散逸構造」と呼ばれる。例えば、みそ汁の表面と内部の温度差によって対流模様が起こる「ベナール対流」が有名だ。その構造は、エネルギーや化学物質の“流れ”があることで保たれている。シマウマに縞模様が現われるのも、散逸構造による自己組織化と考えられている。

 工学的に微小な物質を作るには、非常に多くのエネルギーを要する。自己組織化をコントロールできれば、「ナノ-マイクロ工学」へ応用の可能性が広がる。産業界から、新規で特異的機能を持つ構造体の開発と、作製コストの削減が期待されてきた。

 私が取り組むマイクロリンクルは、微生物や自然の微細凹凸の可変性をモデルにしている。シワとシワの間の距離(特定の空間周期)が一定のストライプ構造であり、人が直接手を下さず自己組織化構造ができることがポイントだ。

マイクロリンクルの特徴と研究の視点

 あるプレートに細かいシワを発生させるには、硬くて薄い膜の下に柔らかい材料が密着していることが必要だ。そうした構造では、表面の薄い膜に微小シワが発生することで、下の柔らかい材料の弾性体のエネルギーを低く抑え、大きな変形を阻止するからだ。具体的には、シリコンゴムのような柔軟な素材の上に、ごく薄い金属の膜を貼る「蒸着(じょうちゃく)」を施すか、食品ラップのようなフィルムを貼り付けてもよい。そしてプレートの横方向から負荷(ストレス)をかけると、フィルムを貼った方のシワは肉眼でも見えるが、蒸着の方は、肉眼では見えない極めて薄いシワができる。しかもその微細構造により光の干渉が起こり、「構造色」と呼ばれる色彩が生じる。

 マイクロリンクルは、押す力や方向を変えてシワの深さやシワの溝の方向が変わっても、元に戻る「可逆性」を持つ。シワの周期(間隔)は、表面の膜の厚さに一番影響されやすいが、素材や厚さ次第で200ナノメートル*くらいまで小さくできる。低コストで大きな面積にも適用できる。
*1ナノメートルは10億分の1メートル(100万分の1ミリメートル)

 半面、理論的にはOKでも、あまり押し過ぎると表面の膜にもストレスがかかり、壊れたり剥がれたりしてしまう工学的な欠点がある。シワの深さに限界があることも課題だ。しかし、微細な構造が、応力を加えるだけで動くことは、これまでのシリコンテクノロジーや、硬いものの表面に作った凹凸構造には無い、新しい利点に思える。

 シワの表面を使って、実用化を念頭にいくつか研究を重ねている。

(1)液体を微細にパターニングして操作し、化学センサーや光学素子などへの応用。
砂漠にいる昆虫には、全身の皮膚にある細かい溝を毛細管現象に利用して、雨やわずかな水分を口に運び込むのもいる。実用化のためには毛細管現象を操ることが重要で、毛細管の開かれたパターン、方向を変えることができた。

(2)微小機械素子として、可変な光学部材としての応用。
例えば、熱帯魚のネオンテトラは、表皮の多層構造の間隔を筋肉によって動かし、体表の色を変える。体の構造を動かすことで、光の機能を調節しているのだ。また、「光拡散現象」の制御も重要な特徴だ。これは、水の表面にさざ波が立ったら、向こう側の景色がちゃんと反射されずにおぼろげになる現象だ。シワがあると、実際の像が“ぼかしガラス”を透したように見える。シワがないと、光はまっすぐ透過する。2つの状態をスィッチングできると、新しい機能材料の創出につながる。

(3)摩擦や潤滑に関する科学領域「トライボロジー(tribology)」の探究。
自然界には“湿っていて、変形する表面”が多い。“変形する”ことで摩擦・抵抗・吸着・脱着を制御する機能 ? タコの吸盤(吸脱着)やナメクジ(吸脱着を利用した移動)、サメ肌(液体抵抗減)などである。このような摩擦状態はなぜ出てくるのか、摩擦のパターンの解析も始めている。

     ◇

 さらに私は、「陸生脊椎動物が匂い分子をどう捕捉するか」を検証する上で、粘膜(液体)が匂い分子(気体)を捕捉することに注目した。粘膜の中に匂い分子のレセプターがあり、脳につながって匂いを感じる。またヘビやオオトカゲでは、口腔内に「鋤鼻(じょび)器」という嗅覚器官が発達しており、舌を始終出し入れしているのは、空気中から舌に吸着した匂い物質の分子を鋤鼻器に運び、匂いを感じ取ることで周辺の様子や獲物を探るためである。

 2012年に私は「ある液晶をシワの模様の中に閉じ込めると、ジグザグ状のパターンができる」という現象を発見していた。それを基に、最近「気体分子の液体膜(液晶)による捕捉と分子掌性(しょうせい)検知」について、研究をまとめた。「分子掌性」とは、左右の手のひらのように、鏡像のみで重なり合う分子の構造や現象のことで、実際にレモンの香りやメンソールなどの匂い分子は分子掌性を有することが多く、検知することが難しかった。しかし液晶中のジグザグパターンの変化を通じて、通常の環境下でも、高感度で瞬時にセンシング可能であることを見出したのだ。

 マイクロリンクルが機能を発現している静的・動的構造因子を特定し、自己組織化に富む生物や自然界の現象および機能と比較し、模倣することで、工学的な応用はいっそう広がるだろう。

(サイエンスレポーター 成田優美)

産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ソフトメカニクスグループ グループ長 大園拓哉 氏
大園拓哉 氏
(おおぞの たくや)

大園拓哉(おおぞの たくや)氏のプロフィール
名古屋市立向陽高校卒。1991年東京工業大学生命理工学部入学、97年東京工業大学生命理工学修士課程、2000年同博士課程修了。01年NIST(米国立標準技術研究所) 、01-07年理化学研究所、07年産業技術総合研究所関西センター、10年同つくばセンター・ナノシステム研究部門、現在に至る。工学博士。著書は『自己組織化ハンドブック』(分担執筆、NTS)、『次世代バイオミメティクス研究の最前線』(分担執筆、シーエムシー出版)など。2013年第34回 本多記念奨励賞。液晶学会誌編集委員など。

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