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走査型電子顕微鏡(SEM)で見る“昆虫のナノ・マイクロ構造”(野村周平 氏 / 国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ 研究主幹)

2013.12.25

野村周平 氏 / 国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ 研究主幹

バイオミメティクス・市民セミナー「昆虫のSEM写真から読み取るバイオミメティクス」(2013年10月5日、主催:北海道大学総合博物館、協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ 研究主幹 野村周平 氏
野村周平 氏

 これまで日本昆虫学会では、走査型電子顕微鏡(SEM)による画像を、主に分類の指標となる形質の観察に用いてきた。SEMは昆虫の色を反映できないが、解像度がよくて高い倍率の写真ができる。昆虫のさまざまな部位をSEM観察することで、幅広い情報が得られ、新たな活用法が生まれるのではないか。私は、2012年度科学研究費補助金・新学術領域研究「生物多様性を規範とする革新的材料技術」のメンバーとして研究項目A01班に属し、「バイオミメティクス(生物模倣工学)・データベース」の構築をめざしている。まず、SEMよる昆虫の翅(はね)の表面構造を主体とした画像のデータベース化に取り組んでいる。

SEM画像から読み取れること

 従来の顕微鏡による観察では、例えば、昆虫の口ひげのような「マキシラリーパルプ」(小顎肢〈しょうがくし〉)という器官が、途中から半透明におぼろげになっていた。SEMで拡大していくと、トゲなどの先端の詳しい形質がはっきりする。目の周りに多様な形の毛が生えていることも分かった。

 SEMで拡大するときは、より精密に撮れるように、表面に「蒸着(じょうちゃく)」という金属膜コーティングを行う。ただ、一旦蒸着をしてしまうと、金属膜で覆ってしまうことになるので、元に戻すことができないし、時間の経過による劣化から、次に使うことができなくなってしまう。普通の顕微鏡で確認できる程度の昆虫の性状を知りたいだけなら、非蒸着でも構わない。翅の表面構造の場合、通常100−1000倍に拡大する。基本的に、前翅(ぜんし)背面・前翅腹面・後翅(こうし)背面・後翅腹面の4つの部位が対象だ。例えば4種類の昆虫を比較するには、縦に4種類の昆虫、横にそれぞれの4部位の画像というように、計16枚の画像を格子状に並べて1つのシートにすると対照しやすい。

 次に、SEMによる観察結果を紹介する。

トンボ、セミ、蝶の翅の微細構造

 トンボ、セミなどの翅の透明な膜面には「ナノパイル」(杭状)、あるいは「ナノニップル」(乳頭状)という微小突起群がある。このような構造は“無反射性”や“撥水(はっすい)性”などといった多機能を持ち合わせていると考えられる。中でもトンボ類はいま、バイオミメティクスの観点からとても注目されている。翅は人間が発明した飛行機の翼より遥かに薄いものでできており、翅の断面にはギザギザ構造がある。多くの研究者が流体力学を用いて飛行原理を解析している。

 日本でポピュラーな「ウスバキトンボ」は、素早く飛び、風に乗って海を越え、長距離移動する。前後の翅には「翅脈(しみゃく)」があり、そこに長さ50-100マイクロメートル(μm)*、太さ10-20μmのトゲがたくさん生えている。トゲは、背側よりも、腹側の方が長い傾向にある。これはトンボの飛行メカニズムに関係していると思うが、まだ十分には解明されていない。速く飛べず、長距離移動をしない「リュウキュウベニイトトンボ」や、ほかの数種類のトンボにも同様にトゲがあり、腹側が若干長い。面白いのは、日本最大のトンボである「オニヤンマ」は、体長がベニイトトンボの約3倍なのに、トゲの大きさに余り差はなく、大型昆虫としては細かな構造をもっている。

 * 1マイクロメートルは100万分の1メートル(1000分の1ミリメートル)

クロロホルムに溶ける構造、溶けない構造

 いろいろなトンボの翅を実験、観察したが、それぞれの翅の凹凸構造については、全体的に大差がない。「シオカラトンボ」は、翅がとても透明で、腹は塩を吹いたような青白い色をしている。クロロホルムで2時間洗うと、翅がピカピカ、キラキラしてくる。胴体は黒くなる。何もせず、そのまま乾燥したものはピカピカしない。SEMで見ると、クロロホルムで洗った方は細かな凹凸がなくなって、見た目がツルツルになり、光の反射が出てくる。「ノシメトンボ」には、翅に透明と不透明な部分があり、クロロホルムで洗ってもどちらも変わらない。したがって、この不透明部分はクロロホルムで流れるものでできている訳ではないことが分かった。「ナツアカネ」(赤とんぼ)の場合は、クロロホルムで洗うと、細かい粒々構造は溶けてツルツルだが、腹の赤い部分の色は変わらない。クロロホルムによって溶けてしまう構造があることも分かった。

 次に撥水効果との関係を検証した。そのまま乾燥したシオカラトンボの翅は、水滴を落とすと球形になり、見事に“超撥水”の現象を示す。ところがこれをクロロホルムで洗うと、超撥水どころか、撥水ですら無くなって、濡れてしまう。

 トンボとよく間違えられる「オキナワツノトンボ」(アミメカゲロウ目)というウスバカゲロウの一種は、前後の翅の表裏にツノ状の長い毛が生えている。トンボの幼虫は、ほとんど水生で不完全変態し、ツノトンボの幼虫は陸生で完全変態するので、全く違う昆虫だ。しかしツノトンボの翅にも、トンボの翅と同じような「モスアイ(蛾の眼)構造」がある。

セミのモスアイ構造

 下澤楯夫・北大名誉教授は、「エゾハルゼミ」の透明な翅の膜面に、微細な突起が規則的に並んでいることをSEMで発見した。私も前後の翅の透明な部分を蒸着してSEM観察してみた。大体5千倍から粒々が見えてきて、2万倍だと突起があることが確実に分かる。直径100-150ナノメートル(nm)(*)、高さ数百nmのナノパイル群がある。このモスアイ構造によって、光の反射が抑制され、かつ透明だから光を透過する。つまり、セミは保護色を持った昆虫と違って、止まっている木肌を透して見せることで、目立たずに自分の存在をカモフラージュできる。
* 1ナノメートルは10億分の1メートル(100万分の1ミリメートル)

 また浜松医科大学の針山孝彦教授は、アリがセミの翅の上を歩けないことに注目し、モスアイ構造が摩擦を低減して、外敵に襲われるのを防ぐ機能を見いだした。翅に強化構造や自浄作用があるとも言われているが、はっきりしない。いずれにしても多機能である。

 同じ透明な翅であっても、種によって表面構造は異なっている。ニイニイゼミの近似種である「クロイワニイニイ」は透明と非不透明部分の形状がかなり違う。「ヒグラシ」はより細かく、大きな「クマゼミ」は規則的で緻密な構造だ。クロロホルムで洗った場合、総じて洗わない方と余り変わらない。「ミンミンゼミ」では、いくらかキラッとするが、突起構造が多少痩せても残っており、撥水性もそれほど変わらない。透明な翅の構造は、トンボとセミでは成り立ちが違うことが分かった。

アオスジアゲハの撥水機能

 西日本ではありふれたチョウの一種である「アオスジアゲハ」の翅の表側は、大部分が撥水機能をもつ「鱗粉(りんぷん)」で覆(おお)われているが、青色の模様部分には鱗粉がなく、細い毛がある。毛と毛の間は細密な凸凹(でこぼこ)で、鱗粉と構造が似ている。2万倍に拡大すると、高さ1−0.2μmくらいの突起が集中している。これは鱗分の撥水機能を肩代わりしている可能性がある。

 裏面には鱗粉と毛が交互にあり、鱗粉のあるところは、翅の色に関わらず、たくさんの筋の間を橋のように網目構造がつないでいる。鱗粉に覆われた黒い部分の下地には、多少脈状の凸凹があるが、撥水になるほどではなく、比較的なめらかである。この蝶の翅は青と黒の単純な模様に見えるが、表面と裏面で変化に富む構造だ。

     ◇

 近年、モスアイ構造が工業製品に生かされた例を紹介する。シャープは液晶テレビ「アクオス(AQUOS)」の画面に「モスアイRパネル」を搭載して、新フラグシップ*と位置づけ、2012年に発売した。周囲の光の画面への映り込みが抑えられている。私は収集したセミやトンボのSEM画像に、シャープのモスアイ構造の画像をはめ込んで比べてみた。これは昆虫分類学でもよく使う手法で、並べてみると構造やサイズの違いが区別しやすい。縮尺は全て同じ。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、クマゼミのうち、形は若干違うが、クマゼミがシャープのナノパイルと似ている。トンボだと、ウスバキトンボが一番似ていて、その次がオニヤンマだ。

* フラグシップ(flagship):製造・販売メーカーが、製品の中で最重要視する旗艦モデル(機種)

 SEM写真単独では、読み取れる情報に限りがある。他の生物や人工物の表面構造と比較対照することによって、これまでになかった情報源として役立てたい。新学術領域研究のメンバーである北大の長谷山美紀教授の研究室では、類似した画像を相互に比較して検索するシステムの開発を進めている。

 画像データベースの材料となる昆虫のSEM写真をたくさん用意し、相互に比較観察できる環境を整えていくことが、生物系で写真/画像を取り扱う者のミッションであると思う。

(サイエンスレポーター 成田優美)

国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ 研究主幹 野村周平 氏
野村周平 氏
(のむら しゅうへい)

野村周平(のむら しゅうへい)氏のプロフィール
佐賀県立武雄高校卒。1985年九州大学卒業、1990年九州大学大学院博士課程単位取得退学。1995年から国立科学博物館勤務、2007年から現職。農学博士。専門は系統分類学で、特にコウチュウ目ハネカクシ科のアリヅカムシを研究対象にする。日本昆虫学会会員、日本甲虫学会副会長。著書に『アリヅカムシの未知なる世界:森と水辺の甲虫誌』(分担執筆、東海大学出版会)、『微小甲虫アリヅカムシから見た日本列島:日本列島の自然史』(分担執筆、東海大学出版会)など。

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