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魚類標本の活用、工学系の分野でも(篠原現人 氏 / 国立科学博物館 脊椎動物研究グループ 研究主幹)

2013.12.05

篠原現人 氏 / 国立科学博物館 脊椎動物研究グループ 研究主幹

バイオミメティクス・市民セミナー「魚類学者から見たバイオミメティクス」(2013年9月7日、主催:北海道大学総合博物館、協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

国立科学博物館 脊椎動物研究グループ 研究主幹 篠原現人 氏
篠原現人 氏

 魚類は、最も原始的な脊椎動物である。一般に次の特徴をもつ。「水中で生活する」、「生息環境によって体温が変わる」、「主にえら(鰓)呼吸を行う」そして「四肢を欠き、ひれ(鰭)をもつ」。ただ、一時的に水から出るトビハゼ類やトビウオ類のような例外もあり、完全な定義ではない。

 世界の脊椎動物は約5万種で、そのうち魚類は約3万2千種といわれる。海水魚と淡水魚の種数の割合は6対4ぐらいで、淡水魚が意外に多い。地球の面積の約70%を海が占めるが、水深200メートル(m)以深の深海はエサが乏しいので、海水魚の種数は多くない。また、海と河川とが行き来したり、淡水と海水が入り交じる汽水(きすい)にすむ魚もいて、淡水魚と海水魚という区分けがしにくいものもいる。日本には、現在約4千種の魚がいるといわれているが、海水魚は約3,800種あまり、淡水魚が約160種で、他の地域や国に比べ、淡水魚の比率が非常に低い。日本の川がほとんど急流で、大陸にいる淡水魚たちがすめるような場所が限られているからだ。

 日本産魚類の種数は、世界の12%を占めるほど豊富だ。理由は環境の多様性にある。気候区分は大きく「亜寒帯」「温帯」「亜熱帯」と3つあり、黒潮(寒流)と親潮(暖流)がぶつかって、さらに複雑になっている。水温は魚の生息域を決める重要な要因の1つである。その多様性から、日本は魚類の研究にうってつけの場所といえそうだ。

魚類の分類と生態

 いまも世界で、魚類の新種が年に300種ほど見つかっている。2012年には、パラオの海底洞窟で、現在地球上にいるウナギたちの共通祖先にもっとも近い種が発見された。分類学は古い学問であるが、でも非常にホットな研究分野といえる。

 私の専門は系統分類学で、形態を調査し、進化を推定して、分類を考えるというものだ。近年、DNAの研究が盛んになり、形態学から考えた分類とDNAの部分解析による分類とが一致しないことが起こっている。どちらが正しいかはまだ決着はついていないので、両者が一致する範囲でお話しする。

 まず魚類は、「無顎(むがく)類」と「顎口(がっこう)類」に大別される。「無顎類」は、ヤツメウナギなどの「円口類」以外はほぼ絶滅している。顎(あご)と胸びれや腹びれがなく、口でほかの生き物の体液を吸ったり、死がいを食べる。「顎口類」は、「軟骨魚類」と「硬骨魚類」に分けられる。「軟骨魚類」は、サメ類やエイ類など世界にわずか1,000種くらいしかいない。

 「硬骨魚類」は全種の約96%を占める。「条鰭(じょうき)類」と「肉鰭(にくき)類」に分かれ、条鰭類のなかでもウナギは古い時代から地球に現れている。コイは「鰾(うきぶくろ)」で感じた振動を、骨を介して内耳に伝導する仕組みが体に備わっており、池で手をたたくと寄ってくるのは聴覚が鋭いからだ。アシロ目のカクレウオ科は、ナマコの肛門から腸管に入るという生活スタイルをとる。昼間はそこに隠れ、夜は餌をとるためにナマコの外に出る。体の表面は鱗(ウロコ)がなくスベスベしている。こういう魚をモデルに、内視鏡ロボットができないだろうかと私は考えているところだ。一方の「肉鰭類」は、肺魚やシーラカンスなど有名な種を含んでいるものの、世界で8種くらいしかいない。

 魚類の泳ぎ方は体形とも関係する。側扁形の魚(スズメダイなど)は、サンゴ礁の枝の間などの込み入ったところで自由に泳ぐことに向いている。縦扁形(アンコウなど)は一般に泳ぎが上手でないものが多い。外洋の広いところにすむカジキなどにみられる紡錘(ぼうすい)形は、高速遊泳に適したものだ。なお、しばしば混乱される点をひとつお話する。魚の体にある縞(しま)は、頭と尾びれの基底を結んだ体軸に対して、平行だと“縦縞”、垂直だと“横縞”ということも覚えておいてほしい。

 最も巨大な魚はジンベイザメで、全長18mの記録がある。最小級はマングローブゴマハゼで、成魚でも体長1cmほどだ。長生きということに関してはキンメダイ目のオレンジラフィーに150年という記録がある。最も短命なのはハゼの仲間で、わずかに60日しかない。しかし、寿命について分かっているほうが珍しい。

 近年、魚類学は保全学や環境問題にも深く関わっている。外国から人為的にもちこまれたブラックバスなどの外来種は有名であるが、実は今日本では「国内外来種」という新たな問題が起こっている。例えば、鮎の放流に交じって、本来そこにいなかった魚がまちがって入ってしまうことが実際起こってしまっている。このようなことが続くと同じ日本産の種なのに、移入種が在来種を滅ぼしてしまう危険がある。

国内最大規模の科博“魚類標本コレクション”

 国立科学博物館(科博) は日本最初の博物館で、1877年に創立(当時の名称は「東京教育博物館」)した。主要なミッションは「調査研究」、「標本・資料の収集保管」および「展示・学習支援」の3つである。

 今年7月には「魚類の系統多様性に関する国際シンポジウム」を当館で開催した。研究者向けの講演の他に一般向けの公開講演会も行い、科学により親しみをもってもらうことに成功した。たくさんの研究者が参加した懇親会には、天皇陛下がご臨席され、講演者や参加者と和やかにご歓談された。陛下はハゼの分類で著名な魚類学者で、日本魚類学会の会員でもある。

 科博は約150万個体の魚類標本を所蔵している。国内の研究機関の中では圧倒的に多い。一番古い標本は、ソロモン諸島で獲れたコバンザメの仲間で、収蔵は1889年。「きちんと管理すれば100年以上たってもきちんと形が残る」という“証拠”としても貴重だ。ちなみに動植物の新種の発表では、学名の根拠として1つの標本を「ホロタイプ」(holotype:正基準標本)として定める。魚類は基本的に「液浸標本」で保存する。標本の作り方は、まず10%のホルマリンで防腐処理する。その後、人に有害なホルマリンを水で洗い流す。最後に70%のエタノールか50%のイソプロピルアルコールに入れ、密閉性の高いビンや容器で保存する。液浸標本で我慢しなければならない点のひとつは、体色が変化してしまうこと、特に黄や赤などの色を残せないことだ。近年は、ホルマリンで処理する前に標本からDNAを抽出して集めることも積極的に行っている。

 魚類の内部形態の調査では、エックス線撮影もよく使う。内部の骨をもっと詳細に調べたいときには「透明染色標本」を作る。硬骨だけを選んで染色する方法もあり、この夏に科博で開催された「特別展 深海(7/6-10/6)」では、骨を赤く染めたバケダラの標本を展示したところだ。

 科博は誰でも標本情報が調べられるように「標本・資料総合データベース」をウェブで公開している。たくさんの標本があることに加え、古い時代の標本が保管されていることも、このデータベースから分かる。標本は古くなっても捨てない。日本の場合も、自然破壊や開発ですでに存在しない水辺の場所が、あちらこちらにある。そのような場所の標本は、もうニ度と手に入らないので貴重だ。

 昔、当館で働いていた中村守純博士が日本全国で採集した100万個体ほどの標本には、そのような場所のものが含まれている。中村博士は、採集データの綿密なノートだけでなく、標本も丁寧に作って残してくれた。博士作の小型のウナギの標本は鉛筆のようにまっすぐで、非常に観察しやすい。また、博士の集めた標本からは、まだ外来種が入っていない1960年ころの日本の自然はどうであったかなどが再現できる。標本というのは、過去の魚の分布状態を知るのにも非常に有効なのだ。魚類標本は研究者によく貸し出す。ただし研究者なら誰でも貸し出せるというわけでなく、きちんと標本を扱える人に限っている。貸した標本は、たとえ解剖でバラバラになったとしても必ず返却してもらい、その後も保管する。

 そのほかの特徴的なコレクションを紹介する。

  • 数百万点の「仔稚魚(しちぎょ)標本」。遠洋水産研究所が特にマグロの資源量予測のために世界各地で行った調査(1956-81年)のうち、マグロを除いた標本が科博に寄贈された。仔稚魚は成魚よりもデリケートで、光を当てすぎると分類に必要な色素が壊れたりする恐れがあり、保管法にも注意しなければならない。
  • 世界中の漁場から採集された「底生魚類標本」。これも遠洋水産研究所から寄贈を受けた。数が膨大で大きい標本も含んでいたので、1998年から10年がかりで、研究所のある静岡県から当時科博の研究部があった東京に移した。この標本は「排他的経済水域*」の制定より前に、日本のトロール調査船が世界各地の漁場で集めたものだ。このような大規模な採集は今後もう絶対にできない。

*排他的経済水域 (EEZ; Exclusive Economic Zone):国連海洋法条約に基づく、領海の基線から外側に位置する200海里(約370km)以内の水域。

 魚類学と水産学の関係は、昆虫学が農学と密接に関係して成長していったことと似ている。私は2009年に『ペルー海域の深海魚類図鑑』(日本トロール底魚協会・ベル—国立海洋研究所)を北海道大学やペルーの研究者と一緒に作った。これは水産学に非常に関係が深い仕事の例である。

魚類標本の利用とバイオミメティクス(生物規範工学)

 科博はここ数年、仔稚魚の同定や深海魚の分類に関するワークショップを行っている。海外からも講師を招いて、日本の大学院生を指導してもらっている。使用した魚類標本は、これまでごくわずかしか研究されたことのないものが大部分だったので、講師や参加した大学院生らは自分たちの研究に使うことができるようにした。標本は、このように多く人の役に立つものでなければならないと思う。

 今は魚類標本を、工学系の研究者にもっと使ってもらうことを期待している。すると魚類学者は、その研究成果から魚について、もっと深く知ることができる。具体的にはさまざまな形のウロコ、トゲなどの機能を教えてもらいたいと考えている。バイオミメティクスの元祖というべき「ベルクロ」(通称、マジックテープ)は植物にヒントを得たが、ある種の魚の卵の表面にも似たような構造がある。また無反射の“モスアイ構造”をもつ蛾とは対象的に、目の表面が輝くように乱反射する海のカジカ(鰍)もいる。マツカサウオやトクビレ(八角)の硬い殻のようなウロコ、砂や泥の中にもぐっても汚れないミシマオコゼの皮膚、形状が変化するダンゴウオの吸盤など、魚類の体には人間の生活に利用できそうなものが山のようにある。

 いろいろな研究分野で標本が使われ、人間の生活の豊かさや進歩につながれば、「標本の新たな価値の創出」という意味で、博物館としても嬉しい。

(サイエンスレポーター 成田優美)

国立科学博物館 脊椎動物研究グループ 研究主幹 篠原現人 氏
篠原現人 氏
(しのはら げんと)

篠原 現人(しのはら げんと)氏のプロフィール
神奈川県立七里ガ浜高校卒、1993年北海道大学大学院水産学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、95年国立科学博物館動物第ニ研究室研究官、2007年から現職。水産学博士。専門は系統分類学で、特に深海魚のゲンゲ科などを研究対象にする。1998年-現在:日本魚類学会編集委員。著書は『日本列島の魚たち:日本列島の自然史』(分担執筆、東海大学出版会)、『日本の海水魚:ギンダラ科・アイナメ科』(分担執筆、山と渓谷社)など。

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