ハイライト

スタートしたiPS倫理研究の課題(山中伸弥 氏 / 京都大学 iPS細胞研究所 所長)

2013.08.05

山中伸弥 氏 / 京都大学 iPS細胞研究所 所長

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)主催 上廣倫理研究部門開設記念シンポジウム「iPS細胞から考える生命(いのち)へのまなざし」(2013年7月26日、会場:京都大学 百周年時計台記念館 百周年記念ホール)から

京都大学 iPS細胞研究所 所長 山中伸弥 氏
山中伸弥 氏

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究拠点となる京都大学iPS細胞研究所(CiRA、山中伸弥所長)は今年度から、iPS細胞を用いた再生医療に関わる倫理的、社会的、法的な課題解決に向けて研究する「上廣倫理研究部門」を新設した。記念のシンポジウム「iPS細胞から考える生命(いのち)へのまなざし」が7月26日、京都市左京区の京都大学・百周年時計台記念館で開かれ、挨拶の中で山中所長は「iPS細胞の技術によって、これまで予想もできないことができるようになる。しかし新しい科学技術をどこまで受け入れるかは、社会や文化、一人ひとりの考えの総和で決まってくる。答えを出すのは一般の人々であり、そのために必要な情報提供の助けになりたい」と部門設置の目的を語った。

 続く講演でも山中所長は、iPS細胞の研究進展と生命倫理の問題に踏み込んだ。「iPS細胞によって今や、ブタの体内でヒトの心臓や腎臓なども作ることができる。それが良いのか、悪いのか。科学者だけで答えを出すものではないし、そうした研究を凍結すべきかどうかについても、科学者だけが答えを出すべきではない」と、あくまでも社会や人々の総意に結論を委ねる考えを示した。

 その際、例えば科学者が「素晴らしい技術だ」と言っても、一般の人々は「怖い」と思うかもしれない。そこに見られるのはコミュニケーションの不足であり、「大切なのは科学者と人々をつなぐコミュニケーションだ」と指摘した。また、科学者としても、研究内容の公開とそれに対する発言、関連する法律や規則の整備と遵守のほかに、倫理感覚を高めていくことの必要性を強調した。

新研究部門の

 八代嘉美(よしみ)・特定准教授は、子供向けのネット・サイトでみられるiPS細胞に対する誤った表記や、最近発覚した脂肪由来の幹細胞移植治療の問題などを例に、科学情報を正しく人々に“伝え、つながる”ことの重要性を指摘した。部門長の藤田みさお・特定准教授は、不妊治療で使われずに保存されている受精胚に対する女性の意識調査結果などをもとに、科学的な価値と社会的な現状、事実との結びつきを調査研究によって明らかにし、建設的な議論に役立つ情報を提供していきたいと述べた。また

 鈴木美香・特定研究員は「人を対象に研究するとは?」をテーマに、臨床研究の実施に必要な計画書やデザインの重要性、研究者側の取り組む姿勢などについて語った。

八代 嘉美 氏
八代 嘉美 氏
藤田 みさお 氏
藤田 みさお 氏
鈴木 美香 氏
鈴木 美香 氏

     ◇

 パネルディスカッションでは、登壇の各氏から、発足した研究部門への期待が相次いで寄せられた。

 東京大学医科学研究所研究倫理支援室の神里彩子・特任助教は、社会との双方向でのコミュニケーション、疑問が起きた時に解決する“倫理コンサルテーション”の場となることを求めた。

 京都大学大学院文学研究科の児玉聡・准教授は「100年後には当たり前になるようなiPS細胞についてのルール作りが重要だ。世界でも例のない部門なので、調査研究によって、世界に通用する標準ルールを提案して欲しい」と述べた。

マウスのiPS細胞による生殖細胞の作製に取り組む

 京都大学大学院医学研究科の林克彦・准教授は、自身の研究によって不妊症の原因の一端がつかめてくるが、技術面ではヒトへの応用は不可能であることを説明した。その上で「生命倫理についてはつねに議論し、研究者として、科学的根拠に基づく客観的な判断を提案していきたい」と述べた。

 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科の前田正一・准教授は、新しい医療技術の人への応用には「社会受容」と「個人受容」が必要だとして、社会が判断するための情報の開示と、その役割を新研究部門に期待した。

 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センターの正木英樹・研究員は、法的な側面からiPS細胞の研究倫理規制について考察した。「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(クローン法)に基づく「特定胚の取扱いに関する指針」(特定胚指針)が制定されたのは2001年。その後、山中教授らがマウスのiPS細胞を作成して以降、再生医療の研究が急展開していることを示しながら、「科学の進展を予見して規制をつくるのは困難。規制を限定する一方、個別審査を厳密にするなど運用で管理するのも一つの考え方だ」と提案した。
マウスのiPS細胞による生殖細胞の作製に取り組む京都大学大学院医学研究科の林克彦・准教授は、自身の研究によって不妊症の原因の一端がつかめてくるが、技術面ではヒトへの応用には障壁が多いことを説明した。その上で「生命倫理についてはつねに議論し、研究者として、科学的根拠に基づく客観的な判断を提案していきたい」と述べた。

パネルディスカッション

 

京都大学 iPS細胞研究所 所長 山中伸弥 氏
山中伸弥 氏
(やまなか しんや)

山中伸弥 氏(やまなか しんや)氏のプロフィール
1962年大阪府東大阪市生まれ。大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎卒。87年3月、神戸大学医学部卒業。93年3月、大阪市立大学大学院医学研究科修了。医学博士。96年10月、大阪市立大学医学部薬理学教室助手。99年12月、奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授。2003年 9月、同センター教授。04年10月、京都大学再生医科学研究所(再生誘導研究分野)教授。05年4月、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科客員教授(併任)。07年10月、京都大学物質-細胞統合システム拠点教授(併任)。08年1月、京都大学物質-細胞統合システム拠点 iPS細胞研究センター センター長。10年4月、京都大学 iPS細胞研究所所長・教授。06年にマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の確立を米科学誌「セル」に発表。07年にヒトiPS細胞の開発を同誌に発表した。こうした「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。奈良先端科学技術大学院大学栄誉教授。12年、文化勲章受章。

ページトップへ