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「バイオミメティクス」ナノテクで進むイノベーション(居城邦治 氏 / 北海道大学 電子科学研究所 教授)

2013.05.31

居城邦治 氏 / 北海道大学 電子科学研究所 教授

バイオミメティクス・市民セミナー「ナノテクノロジーが拓くバイオミメティクス」(2013年5月4日、主催:北海道大学総合博物館、協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

北海道大学 電子科学研究所 教授 居城邦治 氏
居城邦治 氏

 「ナノテクノロジー」(ナノテク)という言葉と概念は、1974年の「生産技術国際会議」で、谷口紀男氏(当時、東京理科大学教授)が世界で最初に提唱した。谷口教授は「日本の精密工学の父」と言われ、「2000年には精密加工の精度が1ナノメートル(nm)*ほどになり、そのための総合生産技術が必要になる」と予測した。
* ナノは10億分の1。1nmは10億分の1メートル=100万分の1ミリメートル

 日本では、飯島澄男氏が1991年にカーボンナノチューブを発見し、ナノテク研究や産業は比較的先行していた。95年には議員立法による「科学技術基本法」が施行され、「科学技術創造立国」をめざし、科学技術の振興を推進する基盤がスタートした。ところが2000年、米国のクリントン大統領(当時)が「国家ナノテクノロジーイニシアチブ(NNI)」を表明した。具体的には、「鋼鉄よりも10倍強く軽い素材(材料)、国会図書館の情報を角砂糖の大きさのメモリに収容(IT)、がん細胞を数個の段階で検出(バイオ)」などを目標とした。米国は、「明確な目標を立て、予算を投じて研究を進める」戦略スタイルを打ち出し、他の国々が追随する状況になった。そして今日、ナノテクに関して、次の3つのアプローチが移行しつつあり、新たな局面を迎えている。

1.彫る技術(フォトリソグラフィー)を使うナノテク

 電子回路のCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)やメモリー(記憶装置)のICチップ(半導体集積回路)は、シリコン製の薄い基板「シリコンウェハー」に同じ数百個のICチップが並んだ状態で、「フォトリソグラフィー」と呼ばれる技術で製造されている。まず1枚のウェハーの表面に、碁盤の目状に並べたマスクと露光処理によってパターンを形成する。次にエッチングによってポジ型(浮き彫り)もしくはネガ型(浮き出し)の凸凹を作る。最後に各ICチップを長方形に切り出してできあがる。大量生産の技術が確立しているが、加工寸法が20nm以上に限られ、有機分子を扱うのが困難だ。光を使うので高エネルギーが必要で、設備コストが年々膨大になっている。

 我々のナノテク研究センターにある「集束イオンビーム(FIB)装置」は、電子顕微鏡のような形をしており、ガリウムをイオン化して、対象の表面にイオンビームを照射し物理的に削る。10年くらい前に札幌のテレビ局の取材で、髪の毛の表面に文字を刻んで見せた。正確には、髪の毛(太さ約150マイクロメートル)のキューティクル(1片の長さが約80マイクロメートル)に彫った。一文字の区画は200 nmくらいだった。

 現在、世界最小のナノテク加工品は、16nmの精度で、高分子1個に匹敵する微小なレベルだ。精密化が進むほどに、“彫るナノテク”はコスト面などの限界が現れ、“原子を1個ずつ扱える”技術が重要になっている。

2.原子・分子を集める「ニューナノテク」への移行

 新しい超微細加工技術の開発の機運は、1980年代に誕生した走査型プローブ顕微鏡 (Scanning Probe Microscope:SPM)の高性能化につれて高まってきた。この顕微鏡は、極めて鋭利な針先を原子ぎりぎりまで近づけ、原子の表面をなぞることで、凹凸が分かる仕組みだ。電流を使って探査する走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)などの種類があり、材料表面の物性を調べるだけでなく、原子レベルで加工が可能になった。ただ大量生産がほぼ不可能で、有機分子の扱いも難しい。

 私の研究室では、金の原子からイオンを還元剤で凝集させ、粒子の表面を有機分子で被膜してくっつかないようにして、ナノサイズの粒子を作っている。この“金ナノ粒子”は、赤や紫がかった色になる。粒の表面で光電場とプラズモン*がカップリングして光吸収が起こり、色が違って見える。例えば、古代よりステンドグラスの赤には溶かした金が使われ、荘厳な輝きを放っている。
* プラズモン(plasmon):金属中の電子が粒子として振る舞う集団的な振動のこと。

 表面の有機分子を変えることで、直径40 nmくらいの丸い粒やサイコロ状、あるいは長さが80 nmほどの棒状にもできる。ちなみに、人間に有害な元素であるカドミウムとテルルから作る「カドミウムテルル(CdTe)」は、粒子の直径を2-10 nmくらいに小さくすると紫外線で光る。「量子ドット」と言い、粒子サイズによって発光する色が変化する。CdTeの薄膜は太陽電池の材料になる。日本ではカドミウムを含まない製品が開発されているが、非常にコストが安く、海外では使われている。

3.生物の「自己組織化」に学ぶ

 分子や原子を集めるのは、生物自身が得意だ。例えば細胞膜は、小さな分子が勝手に集まってフィルム状の膜を作っている。これを「自己組織化」という。常温・常圧、省エネで形成する。80年代から盛んになった「分子系バイオミメティクス (分子系生物模倣科学) 」では、分子生物系を中心に、細胞サイズの生体構造の再現や分子・原子を動かす化学プロセスの解明が活発になっている。まだ技術が完全に確立されていないが、「大量生産、自己修復機能、低コストと省エネ、有機分子の取り扱いも可能」という点で有望だ。

 医学・薬学分野では、高分子で包んだ抗がん剤の粒子を自己組織化させ、がん細胞にだけ届ける「薬物送達システム」(Drug Delivery System)の研究が進んでいる。また、皮膚の角質層の50-70nmのすき間から中まで浸透させるため、薬効成分のサイズを50 nm以下に作りこむ技術も求められている。化粧品では「おでこに塗ると光を反射して明るくなり、あごだと斜めからの光が散乱してシャープに見える」という、ナノ粒子の“機能性ファンデーション”が開発されている。

ナノテクで能動的に色が変わる構造色材料

 モルフォ蝶、タマムシなどの昆虫は、表面の微細な構造に光が反射して、干渉作用によって鮮やかな色が出現する。色素があるのではなく、「構造色」という。繊維に応用したのが帝人の「モルフォテックス」で、化学的な染色が不要、色落ちしない。ただ、今の構造色は一度でき上がると、色は変化しない。熱帯魚のネオンテトラはストレスや周りの環境によって、黄、赤、オレンジ、と色が変わる。ウロコの中にある「グアニン」という分子の結晶板が、細胞の中に並び、構造色を生み出している。その結晶板のすき間の間隔が変わると、強められる波長域が変わり、見た目の色も違ってくる。我々の研究室では、このような変化する構造色を真似しようと、水を吸って膨潤するハイドロゲルを使って実験をした。(1)シリコンウェハーの上に、ナノサイズの金の正方形ドットを格子状に並べる。(2) それをフォトリソグラフ法で、ポリアクリル酸で作ったゲルの表面に写し取る。(3)金ドットの凹凸構造がゲルの表面にパターン状に並ぶ。そこに白色光が反射していくときに、光の干渉で色が現れる。「回折格子(かいせつこうし)」という原理だ。昆虫にも回折格子による構造色がある。ハイドロゲルは、真水に入れると非常に膨張するが塩水の中では縮まる。水の塩分次第でゲルが伸縮するなら、「ゲルに転写した金ドットの間隔が変わり、構造色が変化するのではないか」と考えた。実際にゲルの膨潤と収縮に応じて、構造色の色調を変えることができるようになった。ナノテクによる金のパターンとゲルの組み合わせで、ネオンテトラのように能動的に色が変わる構造色を再現できた。世界初の技術で、理化学研究所との共同研究の成果である。ゲルの機能性を活かして、生物のような柔軟な動きが必要なバイオセンサーや、光関連の素子への応用を検討している。

金ナノ粒子の「自己組織化」の確認

 我々は、金ナノ粒子をフッ素化エチレングリコールで被覆(ひふく)すると、有機溶媒のテトラヒドロキシフラン(THF)液の中で、金ナノ粒子がカプセル状に自己集合(自己組織化)することも実験で確認した。つまり、中が空洞で、周りに金のナノ粒子が集合する「金ナノ粒子ベシクル(vesicle:小胞)」を作ることができると分かった。そのベシクルに緑色のレーザー光線を当てると、赤紫色の金ナノ粒子はレーザー光を吸収し、吸収した光を熱に変える。その熱によって金ナノ粒子の集合体が緩む。そこでベシクルに色素分子を内包して同じ実験をした。5分ほどで色素分子が放出された。THFの代わりにメタノールでも同様の結果が得られた。薬剤送達システムの応用に向けて、さまざまな手法を考案し、研究を進めている。今後は、我々が構築してきたナノ材料の機能に生体分子ならではの構造を組み合わせ、安全で省エネ、低コストの機能性材料の開発に取り組んで行きたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

北海道大学 電子科学研究所 教授 居城邦治 氏
居城邦治 氏
(いじろ くにはる)

居城邦治(いじろ くにはる)氏のプロフィール
東京都都立戸山高校卒、1991年東京工業大学博士課程修了。94年北海道大学電子科学研究所講師、助教授を経て、2004年から現職、理化学研究所基幹研究所客員主管研究員(兼任)。工学博士。高分子学会理事。07年第2回モノづくり連携大賞受賞。著書は『ソフトナノテクノロジー -バイオマテリアル革命-』(共著:シーエムシー出版)、『超分子科学 -ナノ材料創製に向けて-』(共著:化学同人)など。

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