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ナノテクノロジーから考えるバイオミメティクスの社会受容(阿多誠文 氏 / 産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ナノテクノロジー戦略室長)

2013.04.10

阿多誠文 氏 / 産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ナノテクノロジー戦略室長

バイオミメティクス・市民セミナー「バイオミメティクスのテクノロジーガバナンスと社会受容、我々のアプローチ」(2013年3月2日、主催:北海道大学総合博物館、共催:高分子学会北海道支部)から

産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ナノテクノロジー戦略室長 阿多誠文 氏
阿多誠文 氏

 21世紀に省エネ・低環境負荷を実現する科学技術として「生物規範工学(バイオミメティクス)」が期待されている。生き物の微細な構造を分析し、機能を解明して人間社会に実際に応用する過程では、ナノテクノロジーの手法がその中核を担っている。新しい学際であるバイオミメティクスの推進には、初めての学際の研究開発であったナノテクノロジーがたどってきた道と抱える問題の理解が重要だ。

 日本では、第2期科学技術基本計画(2001-05 年度)において、「ナノテクノロジー・材料分野」が初めて重点分野の1つに位置づけられ、戦略的研究開発投資が始まった。90年代にバブル経済が崩壊してデフレ型経済が続く、いわゆる「失われた20年」の半ば頃である。第3期科学技術基本計画(06-10年度)では、「ナノテクノロジーの社会受容のための研究開発」が提起された。これは、我々が行った2005年度文部科学省科学技術振興調整費プロジェクト「ナノテクノロジーの社会受容促進に対する調査研究」の政策提言を受けたものだ。同プロジェクトでは、ナノマテリアルに関するリスク管理手法や健康影響、環境影響、法律・倫理・社会影的響、社会受容性の技術評価と経済効果などが、包括的視点でリサーチされた。最優先課題は、ナノ粒子の物質特性とリスク評価、データの蓄積。さらに、関連法律の整備やナノテク標準化とリスクガバナンスなど、政策的課題や産業化の課題も挙げられた。

 新しい科学技術の社会受容を進める上で、大阪大学ナノ高度学際教育研究訓練プログラム(04-08年度)が果たしている役割は極めて大きい。09年度から、ナノサイエンスデザイン教育研究センターが国の特別教育研究経費の支援を得て、本プログラムを継続発展している。1年間の夜間講義に加えて、「ナノテクノロジー社会受容特論A」を土曜に集中講義する。この特論Aには特徴が2つある。1つは、90分の講義に続く90分の討論である。専門家である講師が感銘した斬新なアイデアも生まれた。もう1つは、大学院(修士・博士)と社会人(企業の研究開発や化学物質管理等の実務者)が共に受講して双方に刺激になっていることだ。12年度は「ナノテク知財」「ナノ計測」「ナノ材料管理策」「ナノテク国際標準化」というビジネス的なテーマが取り上げられ、ナノテクテクノロジーの新しい側面を知って良かったと好評だった。

 第4期科学技術基本計画(11-15年度)は、東日本大震災からの復旧・復興を大きな課題として、「分野別研究開発戦略」から「課題解決型」に転換した。グリーン・イノベーション、ライフ・イノベーション、教育・人材育成を柱に、科学技術政策とイノベーション政策を一体化して推進・強化を図る。

 ナノテクノロジーは、さまざまな学問や工学を背景にした学際領域である。よく新しい研究開発は「光」、科学的不確実性は「影」に例えられるが、どちらも等しく克服すべき課題だ。相互のフィードバックが望ましい。我々はこれを、社会との双方向のコミュニケーションの実践的な課題として捉えている。

 日本ではここ数年、カーボンナノチューブのリスク報道が増え、厚生労働省や経済産業省などが安全対策の検討会や調査会を立ち上げた。ナノ材料は、実用化が開発される一方、製品に使えないように規制の対象になることも想定しなければならない。例えば欧州議会は10年に、「RoHS(Restriction of Hazardous Substances:危険物質に関する制限)指令」の改定案で鉛や水銀、六価クロム、カドミウムなど6つの特定有害物質の見直しを行った。この指令改定の修正案が出され、6物質の規制に加え、ナノ材料の「ナノ銀」「長い多層カーボンナノチューブ」の電気・電子機器への全面禁止という方針が出てきた。我々は欧州議会の議事録を、産総研の電子刊行物『PEN』(注)で10カ月にわたって報告し、改訂プロセスへの積極的関与を喚起した。改定案は最終的に採決前に取り下げられた。

 欧州の環境規制は、01年の「欧州第6次環境行動計画」から大きな影響を受けて、その後複数の指令や規制が相次いだ。日本のエレクトロニクス企業の商品が「RoHS指令」の適用を受け、多額の損失を出した事例がある。当該分野の科学者はどうしたら良いのだろう。科学者は、何も反応しないどころか、こういう事態を知らない場合もある。よく、一般の方の科学リテラシーの向上をどうするか話題になる。しかし科学者が社会情勢に疎いことも大きな問題だ。欧州では第7次環境行動計画(13-20年)に向けてドラフト公開、パブリック・コメントがなされているのだ。

 こういう中で12年10月、国際標準化機構(ISO)における技術委員会(Technical Committee:TC)の新分野「TC266」としてバイオミメティクスが設置され活動を開始した。日本からは、バイオミメティクス・データベースの活用に関する作業を第4番目のワーキンググループとして新設を提案した。5月22日にパリで正式承認されると、実際の議論が始まる。

 バイオミメティクスのメディアへの出現頻度は、12年に急増している。我々は刊行物『PEN』に、バイオミメティクスの関連記事を19回連載してきた。『PEN』は無料の電子情報誌で、ISSN*番号(2185-3231)を持っている。関係省庁から個人まで、およそ1,500カ所に一次配信しており、双方向コミュニケーションツールとして位置づけている。生物系の方々にも寄稿していただきたい。

ISSN:International Standard Serial Number 国際標準逐次刊行物番号

 産総研の歴史は、1882 年の農商務省地質調査所に始まり、2001 年に旧通産省工業技術院の15 研究所と計量教習所が統合・再編され、現在の「産総研」としてスタートした。組織理念を「産総研憲章」で謳(うた)っている。前文に「科学技術を、自然や社会と調和した健全な方向に発展させること」を「使命」に掲げ、「社会動向の把握」「知識と技術の創出」「成果の還元」「責任ある行動(法の精神の尊重、高い倫理観)」の4項目を行動理念としている。

 今後は、「研究開発と産業化」「国際競争力の維持」「社会基盤の構築」が全てリンクして行けるように、使命を果たして行きたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

注) PEN:Public Engagement with Nano-based Emerging Technologies

産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ナノテクノロジー戦略室長 阿多誠文 氏
阿多誠文 氏
(あた まさふみ)

阿多誠文(あた まさふみ)氏のプロフィール
民間企業研究開発部門勤務を経て、2004年4月産業技術総合研究所入所。07-09年度、内閣府総合科学技術会議科学技術連携施策群「ナノテクノロジーの研究開発と社会受容推進にかかわる基盤開発」主監。10年4月から現職。理学博士。大阪大学ナノサイエンスデザイン教育研究センター特任教授。ISO/TC266 Biomimetics国内審議委員会副委員長。著書は『ナノテクノロジーの実用化に向けて -その社会的課題への取り組み』(技法堂出版)、『ナノテクノロジーの社会受容 -ナノ炭素材料を題材に』(エヌ・ティー・エス)、『ナノテクノロジーの研究開発と社会受容 -豊かな未来のための技術革新〈2011年度版〉』(共同文化社、共著)など。

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