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脳の活動の鍵は水 – 拡散MRIが開く未来

2012年本田賞受賞者、仏ニューロスピン超高磁場MRI研究センター 所長 デニ・ルビアン 氏

掲載日:2013年1月28日

2012年本田賞授与式(2012年11月19日、本田財団主催)受賞記念講演から

2012年本田賞受賞者、仏ニューロスピン超高磁場MRI研究センター 所長 デニ・ルビアン 氏

デニ・ルビアン 氏

 

画像解析技術の歩み

医療分野で画像解析の道を拓いたのは、X線の発見でノーベル物理学賞を受賞したレントゲンだ。X線検査でたくさんのことが可能になったが、画像に映るのは主に骨。もちろん大発見だったが、体の中の組織までは見られないという限界があった。

X線に次ぐ大発見は、X線にコンピュータ画像解析装置を組み合わせた「コンピュータ断層撮影」、いわゆるCTスキャンの発明だ。体内の湿組織が見られるようになった。しかしCTの輪切り画像でも十分とは言えない。脳内の腫瘍は検知できても、脳の立体的な構造まで詳しく見ることはできないからだ。

そこで脳の構造を立体的に描出する画像法として開発されたのが「磁気共鳴画像法(MRI)」である。MRIは脳の大部分が水でできていることに着目した技術で、脳の詳細な立体情報を得ることを可能にした。従って、この1世紀にわたる画像診断の歩みとは、骨を構成するカルシウム電子に光を当てたX線から、水分子の核を構成する陽子(プロトン)に注目したMRIへの展開であり、放射線医療にとっては、水というものの重要性を認識する歩みであったと言える。

 

>MRIとは

MRIでは磁石で体内の水分子を磁化し、そこに発生する非常に強力な磁場の力で画像を得る。脳の場合で言えば、白質、灰白質、血管、外皮などが画像化される。水分子の磁化の度合いは各組織によって異なるため、画像上にも異なる濃淡として描き出されるわけだ。医者と技術者が改良を重ね、大動脈から脳につながる血管の様子を撮影できるようになった。高速画像処理を使えば、画像から心臓の鼓動や呼吸の様子も分かる。

CTやMRIの画像診断により、体内に侵入したり、切開手術をしたり、頭蓋骨を切り開いたりしなくても、生きている健康な脳の各部位とその働き、両者の関連について調べられるという画期的進歩が得られた。今から四半世紀ほど前、医療の概念は大変貌を遂げたのだ。

 

fMRIの登場

ここで「fMRI(磁気共鳴機能画像法)」の開発者である小川誠二教授の仕事を紹介できるのはうれしい。教授が着目したのは、血を赤く見せている赤血球はヘモグロビンを含んでおり、ヘモグロビンは鉄原子を含んでいる事実だ。毛細血管に磁気を当てれば、血管を流れる赤血球に含まれる鉄分が磁化し、赤血球の流れに応じて磁場を変化させる。それによって水分子も自分たちの行動を変える、ということを利用している。MRIの一種であるという点で技術的には目新しいものではないが、「脳血流の変化を計測することで脳機能を可視化する」というコンセプトが新しい。

ヒトが何かを見ると脳の後ろ側が活性化し、さらに何も見ないでその何かを思い浮かべるだけでも、同じ脳の後ろ側の水分子に同じような磁気的変化が起きている。こうしたことが、fMRIによって分かるようになった。私たちも、画像の解析から協力者の思い浮かべているアルファベット文字を非常に正確に推測するという実験を行っている。

これは大変有用な応用が期待できる。例えばロボットに人間の思考を読ませて操縦すること、あるいは思った通りに体を動かせない身障者支援システムの実現などだ。fMRIを開発された小川教授に大いなる賛辞と謝意を呈したいと思う。

 

拡散MRIの可能性

では次に、私自身が発明した「拡散MRI(Diffusion MRI)」について説明したい。 拡散がなぜ起こるかの説明としては、アインシュタインの式というものがある。分子の不規則な運動(ランダムウォーク)という考え方を導入し、分子の変位を時間と関連付けた。この拡散現象をMRIに応用できるのではないかという考えが、1985年ごろ私の頭に浮かんだ。突起やタンパク質の塊のような障害物を、体内の水分子がどのように見ているかを知る方法があれば、外から見ている病変に関してもっと細かなことが分かるはず。個々の水分子を調べるわけにはいかなくても、分子の動きの軌跡が分かれば、そこから分子の出会った障害物に関する情報を引き出せるはず、という考えだ。

脳の温度がセ氏37度で50ミリ秒磁気を加える。そんな条件で実験した結果、水分子は見事に15マイクロメートル、すなわち100万分の15メートルの単位で拡散した。画像の精度はミリ単位にすぎない。しかし、それでもミリの100分の1も1,000分の1も小さな細胞のレベルで何が起きているか知ることができた。

 

拡散MRIの応用

では、拡散MRI画像は何に利用できるだろうか? まず急性期の脳虚血診断で、拡散MRIが初めて大々的に利用されるようになった。脳虚血は一般的な死因において第3位、長期障害の要因にあっては第1位に来る病気で、患者の30%は日常的な介護を必要とし、70%は就労困難者だ。脳虚血の場合、毎秒数百万個の神経細胞が死んでいくので、発作が起きて6時間たてば手遅れになる。しかし、救急病院で緊急MRI診断を受ければ、即効的に血の塊を溶かす薬を処方できるので命は助かる可能性が高くなる。

ただし、実際にその恩恵に浴しているのは脳虚血患者のわずか1%に過ぎないのが現実。日本やフランスのような先進国にはMRI施設も救急医療機関もそろっているのに、当の患者が脳虚血を自覚していないことが問題だ。公衆の啓蒙を急ぐ必要がある。

また拡散MRIは、がんの診断にも利用できる。高原太郎・東海大学工学部医用生体工学科教授が、私の拡散MRIを応用して全身を撮影できる「DWIBS法」という拡散強調撮影法を開発した。この撮影法によって脳内でがん細胞の増殖している部位を撮影すると、水分子のブラウン運動が低下していることが分かった。MRIの強調画像は鮮明なため、がん診断の分野ではDWIBSが主流となりつつある。

 

脳神経回路のマッピング

さらに拡散MRIの応用領域には、前述の小川誠二教授の流れをくむfMRIへの発展も挙げることができる。脳神経の複雑な接続の仕組みを調べるわけだが、水分子のブラウン運動は神経線維の配列方向で速く、線維に直交する方向で遅くなるという性質を利用したものだ。

脳神経回路の画像から、統合失調症や失読症が脳神経の接続の不調に起因することが証明されている。ピアニストの脳回路の発達度合いは、その人の練習時間量に依存することも分かった。子どものときは数千時間の練習で神経細胞の接続が作り変わるが、11‐17歳になるとそれ以上の時間を費やさないと接続に有為の変化が見られない。これが大人になれば、脳回路の作り変えにはさらに長い時間がかかる。「ピアノがうまくなりたいなら、なるべく小さいときに習い始めた方がいい」というのが私のアドバイスだ。

米国立衛生研究所(NIH)では総予算3,000億ドル(約24兆円)を投じて、脳内の神経回路を網羅した世界初の脳MRIアトラス(地図)を作製するプロジェクトを進めている。欧州も予算規模は200億ドル(約1兆6,000億円)と米国に比べると小規模だが、同様の「コネクトプロジェクト」を実施し、既に作業を終えている。

 

水拡散MRI

前述のfMRIはすばらしい撮影法ではあるものの、限界もある。血流量の変化から脳の働きを観測するので、直接、神経細胞を見ているわけではなく、脳を間接的に観測しているにすぎない。しかし血流量の変化と神経細胞の活動をリンクさせるメカニズムがまだ確立されていない。また、異なる機能を担う脳の2つの領域が同一の血管を使っている場合、現状のfMRIでは血流の変化がどちらの領域に起因するか特定することができない、という限界もある。

そこで提案したのが、fMRIに拡散MRIを組み合わせる、つまり、神経細胞の活性化に関して、血流の変化ではなく細胞の膨張を通じて組織の変化を把握するというアプローチだ。実際に、この水拡散fMRIによって、拡散MRIは fMRIのように血液と関係しているのではなく、組織内の何か別のものと関係しているということが、ネズミの脳を使った実験で裏付けられている。

 

拡散fMRIの将来

水拡散fMRIの場合、水分子は有益な情報に満ちた美しい画像を与えてくれるだけではない。水自体が、脳内で非常に重要な機能を担っていることが示唆されてくるわけだ。つまり、私たちの脳、私たちの思考というのは大いに水分子に依存しているのではないか。これが私の強調したい点だ。脳は80%が水でできている。脳内にある10個の分子のうち9個は水が運んでくる。私の考えでは、脳で起きているダイナミックな変化を理解する鍵は水分子にある。

私たちの遺伝子の数はわずか22,000個だが、神経細胞は1,000億個ある。この1,000億のそれぞれが10,000個以上の別の神経細胞に接続している。この複雑高度な接続により脳はその可塑性を維持している。私は脳を考えたり説明したりする際の尺度を変える必要を感じている。

遺伝子に遺伝子コードがあるならば、神経細胞にも神経細胞コードがあるはずだ。脳の表面には神経細胞が島のように密集した領域(クラスター)がいくつかあり、遺伝子が決定する特別な仕事に従事している。神経細胞同士の接続は時間的にも空間的にも常に変化し続けており、これが脳の可塑性の源だ。脳が可塑的だから同じ人間でもフランス語を話す人間も、日本語や英語を話す人間もいる。脳の可塑性をもっと深く解明するには、神経細胞の島を詳しく見る、“生体内の顕微鏡”ともいうべき装置、仕掛けが必要になってくる。そこで、私が「メソスケール」(中規模)と呼んでいる新たな縮尺で脳を見る必要を感じるのだ。

メソスケールの神経細胞コードが分かれば、アルツハイマー病などの精神疾患の解明が進むと思う。あるいは脳の既定のプログラムを書き換える方法も考案できるかもしれない。脳には特定の仕事に従事しない部位があって、わたしたちはその部位をけしかけてコミュニケーションを実現しているところがある。そうであるなら、個々の患者のニーズに合わせて分子レベルでこの部位をカスタマイズ(特注生産)すれば、患者の症状を大いに改善できるはずだ。

MRIでこのように微小なスケールの世界を撮影するにはMRIの解像度を上げる必要がある。そのためには現在よりもさらに強力な磁場を使うしかない。欧州合同原子核研究所(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)加速器やITER(国際熱核融合実験炉)で使われている強力な超電導磁石を使えば、精密な全身のMRI画像を撮影して、さらに詳しく脳機能の秘密、生育や加齢に伴う罹病の秘密に迫っていけると考えている。

2012年本田賞受賞者、仏ニューロスピン超高磁場MRI研究センター 所長 デニ・ルビアン 氏
デニ・ルビアン 氏
(Denis Le Bihan)

デニ・ルビアン(Denis Le Bihan)氏のプロフィール
フランス・ナンテール生まれ。1977年パリ大学コンピュータ科学高等科卒、1979年神経生理学・中枢神経系高等学位、83年基礎物理学学士、84年基礎物理学修士、医学博士。87年エコール・ポリテクニーク物理科学博士。81-87年パリ大学脳神経外科・核医学科・放射線科研修医。87年米国立衛生研究所(NIH)臨床センター放射線診断科客員准教授、89年NIH病院放射線科臨床助教授、91年米ジョージタウン大学病院放射線科臨床准教授、94年CEAフレデリック・ジョリオ勤労病院研究所研究方法論部門チーフ。同研究所副所長兼研究部門長を経て99-2006年同研究所解剖学・機能的神経画像研究所長。2000年からフランス連邦脳機能画像研究所所長。2007年から現職も。05‐06年と08年から京都大学医学研究科附属脳機能総合研究センター脳機能画像領域客員教授。フランスアカデミー会員。

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