ハイライト

持続可能なバイオミメティクス住環境技術 伝統を礎(いしずえ)に(井須紀文 氏 / (株)LIXIL水まわり総合技術研究所 IBA推進室 室長)

2012.11.01

井須紀文 氏 / (株)LIXIL水まわり総合技術研究所 IBA推進室 室長

バイオミメティクス・市民セミナー「カタツムリと住宅材料」(2012年8月4日、主催:北海道大学総合博物館/協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会)から

(株)LIXIL水まわり総合技術研究所 IBA推進室 室長 井須紀文 氏
井須紀文 氏

 「二百年住宅」というものがしきりに議論されるようになった。しかし日本の住宅の寿命は約30年を目途にしているといわれ、米国の40-50年、英国の70年より遥かに短い。耐久消費財としての「家」は使い勝手も大切だが、今日では循環型社会に適したシステムや省エネルギー構造が重要なセールスポイントになっている。

 当社「LIXIL(リクシル)グループ」は、2011年にINAX(イナックス)を含む5社が統合して発足した。社名は、企業テーマの「住(living)」と「生活(life)」を掛け合わせ、語頭の「li」をミラー配置した造語である。02年に「INAXサステナブルスタイル・プロジェクト」を立ち上げ、2020年の暮らしのビジョンを「地球環境、人口構成・家族形態、生活者の価値観」の視点で描き、「食・入浴・排泄」に関わる商品を提案してきた。例えば、キッチンでLED(発光ダイオード)を使った葉物野菜を栽培する仕組みが出来つつある。マイクロバブル生成技術による「フォーム・スパ」(製品名「Sphiano」)は商品化され、2011年度の「グッドデザイン金賞」を受賞した。

 日本人はお風呂が好きで、バスタブのお湯は1回に水200リットルを使い、1日の生活用水は約300リットルに及ぶと言われる。節水目的で、お湯の代わりに泡をバスタブに満たす入浴法を研究した。泡ばかりだと熱容量が小さくて寒々とする。泡の大きさや水分比などをコントロールして、少量のお湯の表面を覆うと、湯気が立たないし、温浴感を得られる。実験室の女性いわく、「泡が気持よくって離れたくない」。その感覚を大切にしたくて、完成まで頑張った。愛知県常滑市に体験施設がある。それから、部屋に置く「おまる」をテーブル風にアレンジした「デポジットトイレ」を試作した。臭いや汚れ対策が課題だが、現代の生活にマッチできないか再検討したい。

 近年は、2050年における温室効果ガス削減の長期目標を受け、材料分野からの貢献を図っている。当社の窯業技術の基盤にバイオミメティクス(生物模倣)科学を取り入れ、ナノテクノロジーによって、次のような、節水や省エネタイプの製品が生まれている。

カタツムリに学ぶ外壁の防汚性

 カタツムリは貝の仲間で、土の中の僅かなカルシウム成分を体液の中に少しずつ溶かして、厚さ約1-2ミリメートルの殻を作っていく。殻の表面には規則的に微細な溝があり、拡大して見ると、溝に20マイクロメートルのシワが入っている。体液は水が主成分だから親水性があり、雨どいのように水が溝に入り、泥が浸み込まない。油も付着しにくい構造になっていることが分かってきた。

 建物は、土埃や煤煙、排気ガスなどで汚れる。カタツムリの殻をまねて、外壁のタイルの表面に、1粒が約20ナノメートルの粒子を数百ナノメートルの厚さに積み重ねた。カタツムリの殻ほど規則的ではないが、タイルよりも親水性が高い超微細な粒子の突起が汚れの侵入を防ぎ、水で洗い流せる。都市部は自動車の影響で油っぽい汚れが多いので、タイルの親水性を高くして汚れを寄せ付けにくくする。雨だけできれいになれば、洗浄を減らして環境負荷を低減できる。製品名「マイクロガード」。

水洗トイレの防汚・抗菌技術

 まずトイレのエネルギーコストを調べた。衛生陶器本体の原料(半分以上はブラジルや米国、中国、英国から輸入)、製造(焼成)、物流、廃棄(埋立)に要するエネルギーは、固定コストと見なす。対して、トイレの給排水や下水道処理用のエネルギーは流動コストだ。仮に、4人家族がトイレを1年間使用しただけで、そのコストは、前述の固定コストに匹敵することが計算で分かった。いかに日々の節水が大事か。衛生陶器に防汚性能を付けて、水や洗剤の使用量を減らしたいと考えた。

 衛生陶器の内側に発生する汚れは、「水垢」と「細菌」の2種類ある。水垢は水道水に含まれる土壌成分と、セラミックスの主成分のケイ素が化学的に結合したものだ。流水と乾燥の繰り返しでこびりつき、通常の洗剤では落ちにくい。陶器の表面にカップリング剤(有機系の表面処理剤)を塗ると、釉薬(ゆうやく)の硬さを保つと共に、ケイ酸との反応を阻害する。つまり汚れにくい。原理的には、セラミックス素材ならメーカーを問わずに使える。製品名「プロガード」。

 細菌の付着は、薬剤を強くすれば減らせるが、例えば病院でMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの耐性菌ができることを危惧する。近頃は「除菌」「殺菌」という言葉が氾濫しているが、どちらにも明確な定義が無い。「滅菌」は菌を完全に無くするという意味で、極めて厳格に使われている。我々は「抗菌」を標榜(ひょうぼう)して、生物の多様性を守れるくらいのニュートラルな菌の制御を図り、1996年に世界で初めて抗菌トイレ「KILAMIC」を製造した。日本工業規格(JIS)、国際標準化機構(ISO 22196)の規格に基づいた製品管理をして、抗菌製品技術協議会(SIAA)のマークを貼っている。ただ、ISOでは「KOHKIN」とローマ字表記にしたので、滅菌の意味もある英語の「antibacterial」との違いを、英語できちんと周知する必要がある。

 抗菌トイレの製造プロセスは、「泥しょう(粘土を細かく砕いた泥水)→鋳込み成型(いまは樹脂製の型を使う)→脱型→(その成型体を)乾燥→施釉薬→抗菌釉薬(釉薬を塗った上に銀を吹きつける)→焼成(1200℃で合計1日かかる)」である。

 セラミックスの表面を銀で抗菌するのは、世界でも我々だけだ。焼成して釉薬がガラス化した後の銀の組成の変化を、つくば市の「高エネルギー加速器研究機構」の強力なエックス線で測定した。釉薬の0.08%という微量の銀の状態を探るのは、非常に難しかった。銀はガラスの中に、均一に溶けていた。抗菌試験をすると、24時間後の菌の数は、スタート時に比べ1,000分の1に減った。銀は少量で効き、耐久性に優れる。安全性が高く、耐性菌ができにくい。

キッチンと浴室のメンテナンス

 住居は用途によって汚れの性状が違う。それぞれ適した表面技術を実現して清掃を楽にする。キッチンはほとんどが液体の油汚れなので、カタツムリの殻を真似ると溝に油が入ってしまい、水で落ちない。浴室はプラスチックの場合、石鹸(せっけん)かすや皮脂となじみやすいので厄介だ。水がかかると親水性になる薬剤を塗って、セラミックスほどではないが、比較的汚れを落ちやすくしている。

土に学ぶ調湿と断熱

 人間に快適な40-70%の湿度を維持するには、土蔵のように、土がもつ細孔の物理吸着現象を利用すると良い。産業技術総合研究所中部センターとの共同研究で、孔の大きさを大体10ナノメートル以下にして孔の数を増やすと自律型調湿することが分かり、「エコカラット」というセラミックスの内壁材を作った。

 一般の家屋の断熱には、かさばらず少量で効果的な材料が望ましい。熱の伝導は気体分子の振動・対流で起こるので、逆に真空度が高くなると断熱性が上がる。2007-11年度の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)受託事業「マルチセラミックス膜 新断熱材料の開発」のプロジェクトで、ナノ多孔質セラミックス粒子を用いた真空断熱材を考案した。低真空域(1-100Pa〈パスカル〉)でも、高真空(0.1Pa)と同様に熱伝導率が低い。普通の繊維系の断熱材に比べて、耐久性が高く、既存の壁に貼るだけでリフォームできる。粒子を使うとパッキングの作用によって空気の移動を妨げるため、断熱効果が大きい。北海道の大樹町の既存の住宅で、リビングに貼って実験した。暖房費が30-50%減ったことを確認した。冬だけでなく、夏もエネルギー消費を削減できるように研究を続けている。

 土は熱容量が高いから、掘っただけの竪穴式住居でも暖かい。人類は進化につれて、土を火で加工し文明を築いてきた。現存する世界最古のタイルは、BC2650年のエジプトの階段ピラミッドである。タイルには、「硬さ、耐薬品性、清掃性、衛生的、加飾性」という利点がある。しかし、日本だと30年程度で建物を壊して廃棄される。4000年も持つ材料なのに再利用が難しいからだ。というのは、タイルを貼るために接着剤を使うので分離が難しい。酸などを用いて接着剤を溶かして処理できるが、新たに作る方が安い。しかも国内の製造元が減る一方、中国から安く買える。接着剤の改良と、捨てがたい魅力的なものを作ることが課題だ。

 INAXの発祥の地、常滑市は「日本六古窯(ろくこよう)」の1つに挙げられる。平安時代末期(12世紀)の焼物が、京都を中心に、岩手県・平泉の川底からも発見されている。1998年ごろ、土を常温で固める研究の成果を用い、カンボジアのアンコールワット(12世紀に建立)の修復に取り組んだ。

 地球の資源循環を考えると、「土」はもっと研究すべき材料だとつくづく感じている。「家」は耐久消費財ではあるが、住居を構えることは、人生の大きな節目の1つと言えるだろう。いかに美しく朽ちて役目を終えるか、きれいに汚れることにも思いを巡らし、より良いライフスタイルを創造して行きたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

(株)LIXIL水まわり総合技術研究所 IBA推進室 室長 井須紀文 氏
井須紀文 氏
(いす のりふみ)

井須紀文(いす のりふみ)氏のプロフィール
石川県立小松高校卒、1985年東北大学理学部地学科卒業。87年東北大学大学院理学研究科 地学専攻修士課程修了。87同年小野田エー・エル・シー(株)(現、(株)クリオン)入社。95年名古屋工業大学大学院 物質工学専攻博士課程修了(社会人大学院制度)。工学博士。2001年 (株)INAX入社。技術統括部基礎研究所素材工学研究室室長。02年同研究所所長。04年総合技術研究所創造技術研究室室長。08年同研究所IBA推進室室長。11年4月の(株)LIXIL発足時から現職。名古屋大学エコトピア科学研究所客員教授。著書は『基礎からわかる水の応用工学』(分担執筆、日本学術振興会「水の先進理工学」に関する先導的研究開発委員会編、日刊工業社)、『軽量コンクリート』(共著、技術書院)。

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