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サステナブルな社会の材料化学 発展の鍵は自然界に(高原 淳 氏 / 九州大学先導物質化学研究所 教授『JST・ERATOプロジェクト研究総括』)

2012.05.29

高原 淳 氏 / 九州大学先導物質化学研究所 教授(JST・ERATOプロジェクト研究総括)

バイオミメティクス・市民セミナー「生物の表面に学ぶ:撥水、親水、防汚、潤滑のための新しい材料」(2012年4月7日、北海道大学総合博物館・バイオミメティクス研究会共催)から

九州大学先導物質化学研究所 教授(JST・ERATOプロジェクト研究総括) 高原 淳 氏
高原 淳 氏

 人類の歴史では長い間、セラミクスと金属が文明の両翼を担ってきた。前者としては、古代メソポタミアの土器をはじめ、20世紀後半にファインセラミクスが誕生し、営々と進歩を遂げている。後者では、古代エジプトの青銅器の発明、近代の産業革命における鉄鋼の躍進が特筆される。しかしここ数十年で「高分子」をはじめとするソフトマターが急速に発展し、新たな時代の主力となった。

 高分子は、小さな分子(モノマー)が化学結合で鎖状にたくさんつながっているため、強くて安定している。例えば、通常は気体のエチレンを重合反応させて化合物(ポリマー)にすると、薄くて丈夫な高分子素材のポリエチレンができる。私たちの身の回りにはプラスチックや繊維、ゴム、ゲルなど、いろいろな高分子であふれている。

 「安全な社会」という観点でも、高分子は有用だ。免震ゴム、原子力発電所を含む水処理用のイオン交換樹脂や逆浸透膜に使われている。イモやコーンが原料の脂肪族ポリエステルは、包装用フィルムや園芸用品などに製品化され、土の中の微生物で分解する。このとき生成した二酸化炭素と水から植物が光合成し、自然が循環・再生していくので、環境に優しい。

 高分子を考える上で、生物を構成する機能・要素の「多様な大きさ」に留意したい。例えば、身体はメートル、DNAはナノメートルというスケールである。そして物質の「表面・界面(*)」というナノメートルの厚さの層の特徴も重要だ。いずれも顕微鏡の性能が関わる。1990年代に発展した原子間力顕微鏡は、微小の探針で対象物(試料)の表面の凹凸をなでて、原子間レベルの力を観測し、顕微鏡像を得る。電子顕微鏡は真空でしか使えなかったが、走査電子顕微鏡は、空気中、水中でも観察可能になりつつある。細胞や微生物を、生きている状態で観察できる。

 (*)界面:均一な固体や液体の相が、他の均一な相と接している境界

1. 撥水・撥油性、防汚性

 表面の撥水性と親水性は、水滴と材料表面の接触角度で評価する。一般的に0度に近い表面を「超親水性」、45度程度を「親水性」、90度以上を「撥水性」、110-150度を「高撥水性」、150度以上は「超撥水性」と呼ぶ。撥水性はワックス、コーティング、ペイントなどで効果を発揮し、繊維や建材、電線、船舶、自動車などと用途が幅広い。逆に、超親水性もニーズがある。ビニールハウスのフィルムの内側を親水性にすると、フィルムに付着した水分がビニール表面を伝って地面に流れ落ちる。ハウスでの野菜が水滴の落下で傷まない。「防滴性」という利用例が報告されている。

 蓮(はす)の葉の上では水滴が丸くなり、小さな傾斜で簡単に転がる。葉の表面のナノ構造の凹凸と表面に滲みだしたワックスが、水との間に薄い空気の層をつくる。これが肝心で、水滴が表面張力で丸くなり、浸み込まない。撥水性は、表面の化学的性質と微細な物理的形状で決まる。蓮の葉をモデルに「ゾルゲル法」で撥水性を持つ表面を作った。いわゆる「バイオミメティクス」(生物模倣)である。非常に透明で、パソコンのモニター表面などの指紋付着防止に有効なフィルムができる。

 私たちは、水になじみやすい親水性表面を作ったとき、生体膜の表面に似た化学構造を高分子に導入した。歯ブラシのように高分子の基盤から直接“ひげ”を生やし、こすっても洗っても剥(は)げない、安定な表面を創ることを目指した。これは高分子の中に同じ数の+とーのイオンをもっているので「双性イオン型ポリマーブラシ」と呼ばれ、非常に水に濡れやすく、水中では空気や油をはじく性質がある。血栓が形成しにくいことを観察されるなど、医用材料としても研究している。一方、撥水性と逆の発想で、水で流すだけで油汚れを取り除くことができた。この辺のメカニズムは『PEN(2011 December)』の拙稿「自然に学ぶ防汚性:超親水性表面の利用」(独立行政法人・産業総合技術研究所ナノテクノロジー戦略室)をご覧頂きたい。

 ところで2001年に、撥水スプレーの成分が北極の生物などの体内に蓄積していたことが分かり問題になった。米環境保護局(EPA)は迅速に動いた。なぜならば米国ではカーペットの汚れを防ぐために使われているので、特に接触の多い子どもたちに、有毒な化学物質が体内に蓄積する可能性がある。そこでメーカーはすぐに成分を替えて対処した。撥水・撥油処理剤原料のフッ素化合物類「パーフルオロケミカルズ(PFCs)」は、化学構造の違いで生体蓄積性が異なり、構造として持っている長い鎖の「フッ化アルキル基」は特に人体への影響が指摘されていた。体の中の半減期は、長鎖の「パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)」が8年以上であるが、短くなると生体外への代謝は可能である。先進国では2015年にPFOSの生産は中止される。いま国内企業とともに、より安全な撥水・撥油処理剤の開発を目指している。

2.摩擦・潤滑

 摩擦は摩耗、潤滑を引き起こす。これらを扱う学問は「トライボロジー(Tribology)」という。「相対運動をして相互に影響し合う2表面、およびそれに関連する諸問題と実際についての科学と技術」と定義されている。

 生体をまねた水を潤滑液とする低摩擦の材料が、親水性の「双性イオン型ポリマーブラシ」で実現している。ポリマーは水に溶けるが、基材に強固に結合しているので、力を加えても剥げにくい。従来の欠点であった、親水性材料の強度の弱さを克服している。この技術は、例えば人工関節の摩擦の低減、動脈硬化の治療に使う「ステント」のガイドワイヤーの摩擦係数を下げるなど、低浸襲の医療を目指している。また環境に低負荷の潤滑系として、風力発電、潮力発電などの回転部分への応用も考えている。

 油になじみの良いポリマーブラシは、油の中での低摩擦性を示す表面が実現し、自動車部品への応用の可能性もある。さらに宇宙を視野に、真空中での揮発性を抑えられるイオン性液体を潤滑系とする新しい摩擦制御材料(PMIS)にも取り組んでいる。

 食虫植物「ウツボカズラ」の補虫器の内側に似せた、潤滑する表面も作った。アルミナにナノ凹凸構造をもたせて、その上にフッ化アルキル基をもつ分子を吸着させた。超撥水性の表面に薄い油の層をつけると、水も油も逃げて、タンパク質も吸着しないような現象が見られる。

3.接着

 二枚貝のイガイは水中で岩に付着して生きる。接着や固まり方を分析すると、漆(うるし)やフェノール樹脂に似ていた。イガイの接着タンパク質のエッセンスを抽出して、合成高分子に組み込み、水中での固化と接着が実現した。ただ、水中の方は接着が弱かったので、酸化剤を併用すると1.5キログラムの物を吊るすことができた。

 高分子電解質ブラシのプラスとマイナスイオンが引き合う力を利用した、接着の実験を行っている。シリコンウェハ(基板)に水滴をはさんで、1時間放置すると接着する。非常に薄い層でも、きちんと“ヒゲ”が基板についていれば、最大約15キログラムの重りに耐える。しかも塩を入れると剥離し、洗って再接着できる。1つの分子の中で、多数の点が相互作用することの重要性を示す。将来有望なリサイクル可能な接着だ。

4.アブラムシの甘露と液体ビー玉

 アブラムシの排泄物には、樹液の糖分が大量に含まれている。「甘露(ハニーデュー)」と呼ばれ、甘くねっとりとしている。アブラムシは、住まいである小さな「虫こぶ」の内壁にワックスを分泌しており、内壁は超撥水性を示す。このワックスは甘露をも覆い、疎水性の球体「液滴」に変える。アブラムシは難なく甘露を転がして除き、清潔な環境を維持できる。このような「液体ビー玉」を撥水性材料で検討している。撥水性のフッ化炭素系高分子の微粒子で水滴を被覆すると、球形で、基板を濡らさない、水に浮くような液体が実現できる。さらに、磁性のある液体の表面をフッ化炭素系高分子の微粒子で覆うと、磁石で自由自在に動かせる。より環境に優しい材料であるポリ乳酸の微粒子で液滴を包み、有機溶媒の蒸気で表層をフィルム化すると、水は長時間安定的に存在する。これらの仕組みを完成できれば、非常に小さな液体輸送容器などに応用できる。

5.土の中の無機ナノチューブを利用した新材料

 鉱物にも優れた材料特性を示すものがある。1961年に熊本県で発見された「イモゴライト」は、ナノチューブ構造で、合成高分子や生体高分子とさまざまな新しいハイブリッド材料が作れそうだ。同じ無機ナノチューブである「ハロイサイト」も天然採取でき、生体適合性がある。内孔を疎水化、外側を親水性にして、薬物送達システムなどに応用できないかと、米国のグループと一緒に「無機ミセル」という新しい材料を提案した。水を吸いにくいアスベストに比べ、2つのナノチューブとも水を吸収しやすい。だから「空気中に飛散せず、人体に害がない」と言われている。

         ◇       ◇

 自然界には、精緻な構造と化学組成によって、優れた性能と材料特性を示すものが多い。環境と調和して、無駄なく必要なものを生み出している。未知の不思議な物質がたくさんあるが、私たちはそれらをまだ十分活用していない。未来に向けて、いっそう省エネ生産、低エネ消費の材料が求められている。

 複雑な分子の合成だけではなくて、表面と界面の基礎科学を活用し、自然を見据え、既存の科学技術とうまく組み合わせて、更なる材料研究を展開していきたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

九州大学先導物質化学研究所 教授(JST・ERATOプロジェクト研究総括) 高原 淳 氏
高原 淳 氏
(たかはら あつし)

高原淳(たかはら あつし)氏のプロフィール
福岡県修猷館高校卒業、1978年九州大学工学部応用化学科卒、83年九州大学大学院工学研究科博士課程修了。九州大学工学部助手、同助教授、米ウィスコンシン大学マジソン校客員研究員、九州大学有機化学基礎研究センター教授、産業技術総合研究所高分子基盤技術研究センター主任研究員(併任)を経て、2003年九州大学先導物質化学研究所教授。08年から科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATO「「高原ソフト界面プロジェクト」研究総括も。高エネルギー加速器研究機構客員教授、理化学研究所播磨研究所・客員研究員、理化学研究所和光研究所・客員研究員も兼務。日本学術会議会員。工学博士。専門分野は高分子物性、ソフトマテリアルの表面・界面科学。

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