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他人が壁しか見ないところにドアを見よ –3.11後のキープレーヤーは化学(伊丹敬之 氏 / 東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科 教授)

2012.04.18

伊丹敬之 氏 / 東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科 教授

日英シンポジウム「3.11後の科学・技術の役割」(2012年4月11日、日本化学会、駐日英国大使館、英王立化学会 主催)講演から

東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科 教授 伊丹敬之 氏
伊丹敬之 氏

 3.11(東北地方太平洋沖地震)後の最も大きな問題の1つは、電力不足が長期化することだ。国内54基の原子力発電所のうち現在、運転中は北海道電力の泊原子力発電所3号機のみ。これが5月に定期検査に入ると、全ての原子力発電所が運転再開できない状況が想定される。一昨年は総発電量の約30%を原子力発電が占めていたように、日本経済は原子力発電所に頼り切っていた。しかし、国民感情から簡単には運転再開とはいかないと思われる。日本が被爆国でもあるということを考えても…。電力不足は必然だ。

 この状況を乗り越えるには、2つのイノベーションが起きなければどうしようもない。1つは「発電、節電、蓄電技術のイノベーション」で、もう1つは電力不足に対応できるような「産業構造のイノベーション」だ。

 1973年のオイルショック時に原油価格は4-5倍に跳ね上がった。日本が石油消費量を減らしながら経済成長を続けることができたのは、まず石油消費を節約する技術革新を成し遂げたからだ。さらに石油消費量を大幅に減らす産業構造のイノベーションが起きたことによる。石油を大量に使う鉄鋼業や石油産業はピタッと成長が止まり、それに代わるものとしてエレクトロニクスや自動車産業が伸び始めた。エレクトロニクスのイノベーションがかぎとなり、自動車産業をはじめとして「日本産業の電子化」といったものが起きたのだ。

 日本産業の電子化には2つの側面がある。まず、利用者側に電子化に対する需要があった。「家庭でテレビ番組をビデオにとりたい」といった…。さらに電子機器に対する需要が増えた。石油を節約するには何事も計測しなければならない、ということで検出、計測、制御の需要が増えた。ここでかぎとなった技術は、半導体技術だ。

 では、3.11後に必要とされるのは何か。「化学のイノベーション」であり、化学技術そのもの、技術革新と産業構造の革新だ。電力不足に対応する新しい化学反応、新しい化学材料が求められており、産業のケミカライゼーション(化学化)が求められている。発電、節電、蓄電のための、より効率的で安い化学反応、化学材料が必要とされている。太陽電池の電極材料、燃料電池の電解質や電極材料、新しいLED(発光ダイオード)材料、NaS(ナトリウム・硫黄)蓄電池やリチウムイオン蓄電池の電解質、電極などの開発は、全て化学の技術が背後にないとできない。

 特に蓄電技術のイノベーションは重要だ。日本の電力需要の問題は、夏の暑い日、午後2時ごろのピーク時に必要となる電力量を「いかに下げるか」にある。蓄電技術によって、ピーク時電力量の低減は可能だ。また、原子力発電に代わる電力源として期待が大きい再生可能エネルギーは、極めて不安定という弱点がある。これを解決するにも蓄電技術が不可欠となる。

 発電方式というのはこれまでタービンを回すといった物理学の申し子のようなものだったが、これからは化学反応を用いて発電する方式に移る。同じように化学反応を必要とする産業は日本にいくらでもある。自動車に使われる蓄電池は家庭用にも使えるし、燃料電池も同様だから、化学反応を利用することで自動車産業は強くなれる。

 人的資源から見ても、日本人のノーベル化学賞受賞者は多い。福島第一原発事故による放射能汚染や、石油火力発電による二酸化炭素の排出量増大などといった環境面からの心配も、化学への要求を強めている。元来、化学は利用価値がないものを価値あるものに変えてきた。

 大きな危機は、人々に努力と創造精神を呼び起こす。太平洋戦争で焼け野原となった浜松の地で徒手空拳(としゅくうけん)、バラックから本田技研を立ち上げた本田宗一郎は「創意工夫は苦し紛れの知恵である」と言っている。「やってみもせんで、何が分かる」とも。この言葉をかみしめることが大事ではないか。

 宗一郎と同じ小学校卒で、インド・ジンダルスチール社の創業者となったプラカシュ・ジンダルも次のように言っている。

 「他人が壁しか見ないところに、私はドアを見る」

 3.11後の日本にとって、創造力を発揮すべきキープレーヤーは化学だろう。日本の化学者にこれら先人の言葉を贈りたい

東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科 教授 伊丹敬之 氏
伊丹敬之 氏
(いたみ ひろゆき)

伊丹敬之(いたみ ひろゆき)氏のプロフィール
愛知県豊橋市生まれ。1967年一橋大学商学部卒、69年一橋大学商学研究科修士課程修了、72年米カーネギーメロン大学経営大学院卒、PhD。一橋大学商学部助教授、教授、商学部長などを経て、2004年一橋大学COEプログラム・日本企業センター長。08年から現職。秘湯橋大学名誉教授。「本田宗一郎」(ミネルバ書房・日本評伝選)「エセ理詰め経営の嘘」( 日本経済新聞出版社)、「経営の力学 決断のための実感経営論」(東洋経済新報社)「経営戦略の論理」(日本経済新聞出版社)など著書多数。

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